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Episode04 深淵の鳥籠【R18】

― 魔王side ― その後も、地獄のような痛みは終わらなかった。 身体はとうに限界を超え、遠退きかける意識を激痛が無慈悲に引き戻す。 眠りに落ちることを許されず、乾いた喉を潤すことすら億劫だった。 そうして、終わりの見えない責苦だけが幾夜も積み重なっていく。 地獄という言葉でさえ、生ぬるく思えるほどの時間だった。 「……もう……やだ……いたい……痛いよ、オルフェ……」 嗚咽に震える胸郭は、それだけで激痛を齎した。 昏迷に陥る意識の中で、縋りつくように伸ばした手を、オルフェは必ず握り返してくれた。 この手がなければ、とうに生きることを諦めていただろう。 「あと少しだ。もうすぐ、魔痕が完成する。お前の耐え忍ぶ姿を、神は確と見ている」 「ほ……んと……?――ッあ、っく……うぅ……ッ」 「賞賛に値する忍耐だ。常人ならばとうに心折れている。やはり、神の選びし者は違う」 素晴らしい。特別だ、と。 彼の言葉のひとつひとつが、紙に落としたインクのように、胸の裡に染み渡る。落ちた傍からじわりじわりと拡がっていく闇色が、心に静かな安寧を齎した。 そっと、乾いた唇に宛がわれるものがある。それは、オルフェの唇だった。 柔らかな感触を感じる間もなく、蕩けるように甘い果実の味が、口内に広がった。 「……ん……」 細い喉骨が上下する。 齎された蜜は、あまりに甘美な毒だった。 緩やかに流し込まれる栄養を、生きることを諦めていない身体は貪欲なまでに求めた。 何度も何度も繰り返される、魔王の器という尊き命をこの世に繋ぎ止めるための救済の行為。 そしてそれは、固く閉じていた心をも緩め、解し、絡み取っていく。 金の彩が近づくたび、漏れる吐息が頬を掠めるたびに、回した腕はさらなる毒を求めるように、彼の身体を引き寄せていた。 「……オルフェ……もっと……」 この身は、闇に生かされている。闇なくしては、生きられない。 苦痛に打ちひしがれる身体と心は、気がつけば彼という存在に強く縋りついていた。 きっともう、複雑に絡みついた糸を解くことなどできはしない。 もう二度と、元には戻らない。 昏い悦びが湧き上がるのを、魔王はこのとき確かに感じていた。           ※ オルフェの言葉の通り、ある日を境に日に日に身体の痛みは治まっていき、ひと月もすれば殆ど痛まなくなっていた。 胸元を見下ろせば、魔剣に裂かれた皮膚の痕が、紋様のように浮かび上がっている。 これを『魔痕』と呼ぶのだと、愛おしそうにその痕を指先でなぞりながら、オルフェは教えてくれた。 夜の帳が下りつつある外を、未だ不完全な魔王はぼんやりと眺めていた。 暮明の空を、帰路につく鳥たちが飛び立っていく。 かつて、晴れ渡る空を思わせる瞳が、大空を羽ばたく翼を映し煌めいていたこともあった。 窓枠に縁取られたその光景は、何処か違う世界のもののように思える。 昏闇に沈んだ瞳は、もう空の色を映さなかった。 「何か食べたいものはあるか?」 いつものように魔痕に触れながら、オルフェは言った。 彼は、ずっと優しかった。常にこの身を気遣い、労わってくれる。 向けられた問いに、ひとつの約束が思い出された。 つい最近の事であるはずなのに、もう随分と遠い日のように思えた。 ふわふわで、少し甘めの味付けが好きだと、そう言っていたことを思い返す。 「……何も」 ベッドに身を横たえて、寝具に潜る。 頭まで隠れてしまった姿を見つめ、オルフェは「そうか」とだけ答えた。 そうして身体を癒すだけの、同じ景色を繰り返す日々が過ぎていく。 昨日という日をなぞるだけの今日は、しかし不思議と退屈ではなかった。 宿から一歩も出ることを許さない代わりに、オルフェはずっと傍にいてくれた。 外では連日、遠くで神殿の鐘の音が鳴り響いていた。 あれほど厳かに聞こえたその音は、今では不快な雑音のように胸をざわめかせる。 理由は分からない。 だが胸の奥に巣食う何かが、その音を拒絶していた。 「勇者が生まれた。いつか、お前を殺しに来る」 不協和音を聞きながら、神殿のある方角を見据えるオルフェの横顔は、静かだった。 「僕は、殺されちゃうの?」 「世界はお前の死を望むだろう。だが私は、お前を生かすためにここにいる。そのために生まれ、そのために在る。そして共に、やらねばならないことがある」 「僕に、できるかな?」 「できる。共にならば、必ず」 オルフェは変わらず、遠くの空を見据えていた。 魔王はその掛け替えのない横顔を、食い入るように見つめ続けた。 それからまた幾日か経ち、外も静けさを取り戻してきた頃には、すっかり身体も癒えていた。 「契約を結びたい」 オルフェの言葉に、いよいよその日が来たかと思った。 その腕(かいな)で包み込むようにこの命を育んでくれた闇を、この身は求めはじめていたはずだった。 それなのに。 「……良いか?」 「――あ……、やだ……っ……」 間際になると、この身に入り込もうとする熱を、心が拒む。 毎夜に渡り、もう幾度もそれを繰り返していた。 そのたび、オルフェはそれ以上進めようとはせず、静かに離れていった。 「……っ……ごめん……」 「謝ることはない。数百年待ったのだ。あと暫く待つくらい、どうということはない」 オルフェは決して、責めるようなことを言わなかった。 ただ静かにそこに在って、すべてを受け止めてくれる。 指先まで精巧に造られたような手に、緩やかに髪を撫でられる。 オルフェの手で撫でられると、胸の裡で固く絡まっていた糸が、少しずつほどけていく心地がした。 「私の手が怖ければ、想い人を思い浮かべても良い。……いるのだろう、そういう相手が」 「……違う。……そういうんじゃ、ない」 眩い笑顔と、真っ直ぐな眼差しが脳裏に浮かんだ。 向けられる瞳は、澄みきった夜の色をしていた。 惹かれてやまないその彩を思い浮かべながら、自身を慰めたこともある。 そんな自分が堪らなく穢れているような気がして、秘めた思いを決して悟られないようにしていた。 「もしいたとしても……オルフェに悪いよ、それは」 「私は構わない」 「……そういうもの?」 「お前が救われるのならば、私はそれで良い」 真っ直ぐな眼差しは、脳裏に浮かぶものに似ていた。思い出すと胸の奥がぎゅっと苦しくなる色を、目前の金の彩が上塗っていく。どんな色をしていたか、思い出せなくなりそうで怖かった。 「……ヘンなの」 「変か?」 「ヘンだよ」 少しだけ、気持ちが楽になった。 ふと笑みが零れた。笑ったのは、いつぶりだったろう。 こんな自分を認め、求めてくれるのであれば。 思うより早く、指はオルフェの服を掴んでいた。 「……いいよ。もう、大丈夫」 その指を掬うように、握られる。少しだけ震えていたことを、きっと悟られた。 確かな力に、逃れられない。もう、逃れようとも思わなかった。 この手を捉えて離さない温もりに、いつまでも縋っていたいと、そう思った。 至近に迫る金の瞳に、そっと瞼を落とす。 瞼の裏には、いつまでもその彩が残っていた。 唇に、柔らかな感触が宛がわれる。ほんの僅かに触れるだけの口づけ。 そっと瞼を上げる。まだすぐ目の前に、オルフェのきれいな顔があった。 つくりものみたいに整った唇が、再び口を塞いでくる。今度は重ねられるだけのそれではなくて、軽く啄んだり、食んだりしてくる。 へんな気持ちになって、呼吸が自ずと荒くなる。酸素を求めて開いた唇のあわいから、熱く滑ったものが入ってきた。 「……んぅ……」 戸惑うように引いた舌を、掬われ、絡められ、引き出される。はじめての経験に、どうしていいか分からない。ただされるがままになっていると、舌を弄んでいたそれが、歯列をなぞり、上顎を舐め上げた。口内の粘膜のすべてを舐めるように彷徨う熱の塊に、頭の芯がじんと痺れてくる。口の中から、蕩けていくようだった。思考が白くなっていって、何も考えられなくなっていく。 口付けに夢中になっている間、オルフェの手が、指が、肌の上をゆっくりと滑る。優しく触れてくるてのひらが下腹部に辿り着いたとき、自然と腰が浮いた。理由は分からない。ただ自分の意思を通さずに動く身体が、ほかの誰かのものになってしまったような不思議な感覚だった。 「……っふ……」 舌が、唇が、離れていった。濡れたオルフェの唇から、視線が外せない。奥に覗く紅い舌が、ひどく魅惑的だった。あの舌が、自分の中を舐っていた。そう思うだけで、ぞくぞくと甘い痺れが背を走った。 オルフェは小さな小瓶を取り出すと、それを傾げた。オルフェのてのひらに、とろりと落ちる透明な粘液。ふわりと鼻腔を擽ったのは、甘い花の香りだった。 「……それ。なに?」 「香油だ」 「……いい香り……」 「そうか。気に入ったなら良かった」 オルフェは香油に濡れたてのひらを、擦り合わせた。くちゅ、と滑った水音が室内に落ちる。 てのひらが、先ほどと同じように肌を撫でた。同じようでいて、全然違った。ぬるぬるとした感触が、胸元、腹部、そして大腿へと移っていく。 「ん……くすぐったいよ、オルフェ」 「じきに気持ちよくなる」 シーツの上に横たわる身の全身を、オルフェの大きな手が撫でていく。爪先、指の間まで丁寧に、香油を塗り拡げていく。時々香油が足され、そのたびに花の香りが強くなった。肌が寝室の灯りを吸って、ぬらぬらと光っている。なんだかいけないことをされているようで、思わず視線を逸らした。 「どうした?恥ずかしいのか」 「う、ん……ちょっと……」 「恥じることはない。お前は美しいのだから」 「もう……よけいに、恥ずかしい……」 気づけば部屋の中には、噎せ返るほどの甘い香りが満ちていた。 オルフェが指を動かすたびに、肌の上に香油の波紋が広がっていく。 てのひらが、胸の飾を掠めた。ぴくんと、身体が跳ねる。くすぐったさに羞恥が混じると、次第に別の熱を帯びていくことを知った。吐く息が、熱くなる。 「悦くなってきたか?」 「……ん……っ、……わかん、ない……」 再び、胸の突起に触れられた。今度は明確に、その場所だけを刺激される。指の腹で押しつぶされたり、つままれたり、指先で弾かれたりする。はじめはくすぐったいだけだった。けれど少しずつ、言い知れぬ感覚が、身体の下の方から湧き上がってくる。 胸元にあったオルフェの手が、腹部、腰のラインを辿って、中心へと辿り着いた。しかし一番触れて欲しい場所を掠めるようにして、手は後方へと滑っていく。またも腰が揺れてしまうのを、止められない。 とろとろとした香油が、さらに降ってきた。後ろに、宛がわれたものがある。何度か上下に擦り上げたそれが、たっぷりと油をまといながら滑り込んでくる。つぷ、と小さな水音が立った。僅かな異物感はあるものの、痛みはない。 「痛かったら言え」 「う、ん……へいき……」 オルフェの指は、優しかった。少しの痛みも齎さない。優し過ぎて、じれったい。 長い指がナカの壁をゆるりと擦り上げていく。とある部分を掠めたときに、喉で小さく息が詰まった。 些細な呼吸の変化に気づいたのか、オルフェがふと笑みを零す。 指が増やされた。圧迫感が強くなる。 中で指が蠢くたびに、くちゅくちゅと淫らな音が立った。あまりの羞恥に、耳を塞ぎたくなる。 オルフェの指先は、何度も何度も粘膜を擦り上げた。しかし一番触れて欲しい場所は、すぐそばを掠めていくだけだった。乞うように視線を向けたなら、金の瞳がじっとこちらを見ていた。吸い込まれそうになる彩だ。 「私と、此処で繋がる。心の準備は良いか?」 「……っ……ん」 こくりと、小さく頷いた。あれだけ怖かったものが、今は欲しくてたまらない。引き抜かれる指すらも、名残惜しくてヒクついてしまう。身体の主導権を何かに奪われてしまったような気がした。 大きな気配が、うしろに控えた。太い先端が、香油をその身に纏わせるように、入り口を行ったり来たりする。それだけで、呼吸が弾んだ。 そして。 「っう、うぅッ……あ、あッ」 ぬぷり、と。 ひどく淫猥な音を立てて、大きな熱が入ってきた。十分に解された隘路は、溢れんばかりの潤滑の油を得て、何の抵抗もなくその質量を呑み込んでいく。 待ち望んだ熱塊をようやく得られた身体は、びくびくと悦びに打ち震えた。 オルフェの大切な部分が、ゆっくりと、少しずつ。これ以上となく慎重に埋められていく。 身体の奥深くまで届いて、ぴたりと止まった。痛みはない。ないが、大きな圧迫感がある。 「……痛くはないか?」 「んっ……いたく、ない……けど、ちょっと、つらい……」 「慣れるまで、こうしていよう」 「……う、ん……」 深く繋がり合ったまま、オルフェの手が肌を滑った。香油に塗れた体躯を、そのかたちを確かめるように撫でていく。気を散らそうとしてくれているのだろう。その手は、慈愛に満ちていた。 不意に、涙が出そうになる。 「……どうした?」 「ううん。……っふ、くすぐったい」 オルフェの双眸が、穏やかに細められた。 そうして、緩やかな抽挿がはじまる。粘膜が擦れるたび、くちゅり、と粘り気を感じさせる音が奏でられ、聴覚からも羞恥を掻き立てられる。 「あっ、ん、あ……!」 「可愛い声で啼く」 「……っ……ん、んんっ」 「顔を隠すな。もっと見せてくれ」 涙がぽろぽろと、止め処なく溢れ出る。恥ずかしさに顔を覆うと、その手を優しく退けられた。手首を掴まれ、顔の横で縫い止められる。 可愛い、綺麗だと、耳元で低く甘く囁き落とされて、その声に鼓膜の奥がじんと痺れた。脳が、どろどろと融かされていく。 羞恥が掻き消され、理性も失われ、ただあられもない声を上げることしかできなくなっていった。 「あ、あ、あっ……ま、って…まって、お、るふぇ……ヘン、に、なっちゃ、う……!」 「大丈夫だ。ただ、身を委ねていればいい」 「あ、あっ、だめ……も、だめ……っ、あ、あぁッ――……!!」 ありとあらゆる神経の先端まで、凄まじい悦楽が電撃のように駆け巡る。 身体の内側から壊されて、壊れたそばから違うものに創り変えられていくような衝撃だった。 涙の零れ続ける目を見開いたまま、びくびくと震える躰を、オルフェは深く抱き留める。 黄金に蠢く魔痕に、そっと唇を寄せられた。温かなその感触と、肌を擽る微かな吐息。 涙で滲む視界の中。ゆっくりと瞬いたオルフェの、長い睫毛の奥から覗く彩――それが、意識を失う前に見た最後の色だった。 頭の中すべてが、その彩に塗り潰される。 意識が深淵へと堕ちていく。 静かに、ゆっくりと、水の中に沈むように。 誰の手も届きはしない暗闇は、狂おしいほどに心地良かった。 その夜――魔王と魔剣の契約が、人知れず結ばれた。 音のすべてが闇に融け、静寂に吞み込まれた夜だった。

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