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Episode05 傲慢な飼育【R18】
― 勇者side ―
「おい、さっさとこれを下げろ」
ルイアスは、大理石のテーブルに並んだ豪勢な食事を前に、給仕の神官を睨みつけた。
食べやすく切り分けられた霜降りの肉や、宝石のように鮮やかな果実には、一切手が付けられていなかった。
「ですが、勇者様。最高級の魔獣の肉を、聖水で清めて調理したものです。勇者としてのお身体を維持するためには、この分の魔素と栄養を摂取していただかねば――」
「いらねぇっつってんだろ!耳が付いてねぇのか!?」
ガシャ、と銀のフォークが床に転がり、無機質な金属音を立てる。
神官は怯えたように肩を揺らしたが、その瞳にあるのはルイアスという人間への恐怖ではなく、『神の器』が損なわれることへの焦燥だけだった。
彼らはルイアスを見ていない。
『勇者』という唯一無二の肩書きを見ている。
善意は鋭利だった。
磨き上げられた鑢(やすり)のように、ルイアスの内なる輪郭だけを静かに削り落としていく。
胃の奥が、キリキリと痛む。食欲など湧かなかった。
それでも無理矢理に詰め込んだ豪華な晩餐は、泥のような味がした。
否が応にも思い出されるのは、まだ穏やかな日常の中にあった日々の味だ。
ギルドに寄った帰りに買う、屋台の安い串焼き。肉は硬くて、やたら塩辛く、指に油が垂れるような代物だった。
そして、ノアが器用な手つきで作ってくれた、ふわふわのオムレツ。甘めが好きだと言った自分のために、いつも少しだけ砂糖の配分を多くしてくれていた。
今の食事とどちらが豊かであるのかなど、比べるまでもない。
本当に心満たされる食卓とは如何なるものであるのかを、ルイアスは今になって思い知らされた。
ノアは今、どうしているのだろうか。
約束をすっぽかし、急に姿を消してしまった幼馴染を、優しい彼が心配していないはずはない。
「今日こそは外へ出る。会いたい奴がいるんだ」
ルイアスが立ち上がると、部屋の入り口に佇んでいた純白の神官たちが、一斉に壁のように立ち塞がった。
「なりません、勇者様。本日のスケジュールは、聖剣との同調を高めるための瞑想と、神聖魔術の講義で埋まっております。何より大切な御身、外出は許されません」
「退け。俺が決める。俺の身体だ」
「貴方の身体は、世界のものなのです」
感情の籠もらない、絶対的な意見が立ち塞がる。
『監禁』のように冷たいものでもなく、『保護』のように温かいものでもない。
言うなれば、これは『飼育』だ。
善意と支配が混ざり合った酷く不快な温度の檻が、勇者の身を囲い込む。
望む前に、銀の食器に盛られた贅を尽くした料理が運ばれてくる。
望む前に、花の香りがする湯が張られる。
望む前に、絹の寝衣が用意され、寝具が整えられる。
飢えることはない。
凍えることもない。
傷つくこともない。
生きるためのものは、すべて与えられていた。
ただ、空がないだけだった。
「俺は、勇者じゃない……!」
ルイアスは拳を握りしめ、声を絞り出して吐き捨てた。
「俺は……ルイアスだ!!」
叫びは防音の施された豪奢な部屋の壁に吸い込まれ、虚しく消えた。
外では連日、勇者の誕生を祝って祝賀祭が開かれていた。
神殿の鐘が鳴り響き、祝砲の音が空を裂く。
窓硝子が微かに震えた。
その振動だけが、この部屋がまだ世界と繋がっていることを教えてくれた。
王都は見渡す限り色とりどりの花で埋め尽くされ、通りは多くの人で賑わっている。
ルイアスは窓枠に囲まれたそれを、どこか遠くを見る眼で見下ろしていた。
世界のすべてが、勇者の誕生を祝福している。
そこに勇者個人の思いなど、必要とされてはいなかった。
※
また、夜がやってくる。
夜の訪れが、こんなにも億劫だったことはない。
「無駄な抵抗は、お前の肉体を疲弊させるだけだ」
静寂の帳が降りた寝室に、その『光』は現れた。
陽光をそのまま結晶化させたような白金の髪。深い、冷徹な黄金の瞳。聖剣の化身――ラグエル。
ルイアスはベッドの上で寝具に包まったまま、暗闇の中でも淡い光を放つ彼の姿を睨み据えた。
「また来たのか、化け物」
「私は常にお前の傍にいる。お前がありとあらゆるものを拒み、一向に成長しないために短時間しかこの姿を保てないだけだ」
すべてを見られていると思うと、背筋にうら寒いものが走った。
寝具を握る手に、自ずと力が篭る。圧倒的な力を前に、身を護るものが寝具一枚というのが何とも物悲しい。
ルイアスは唇を引き結んだ。
檻の中の獣が唸る代わりに、奥歯だけが静かに軋んだ。
「お前の肉体の栄養状態は今のところ良好だが、食事の摂取量が足りていない。勇者にとって、健やかな身体は命綱に等しい。もっと食うようにしろ。睡眠時間は概ね計算通りに確保されている。だが、神聖魔術の出力が未だ理想値に達していない」
ラグエルは、ルイアスの激しい敵意に怒ることも、嘲笑うこともしない。
ただ農夫が家畜の成長具合を確認するような、淡々とした説明が降ってくる。
「始めよう」
ラグエルの手が、事務的な所作でルイアスの身体へと伸びてくる。
温度を感じない彼の言動が、何よりも忌まわしかった。「お前のため」だ「世界のため」だと言われても、何一つ心には響かない。
「触んな!!」
ルイアスは渾身の力を込めて、ラグエルの美しい顔面目掛けて拳を振るった。男としての矜持が、それだけは許さなかった。
だが、振るった拳はラグエルの顔に命中する直前、硬質な光の壁に阻まれた。鈍い音を立て、拳は弾かれる。
その手首を、ラグエルの手がすかさず掴んだ。そのままいとも容易く、ベッドへと縫い付けられてしまう。
「っ……、離せ……っ!」
「抵抗するな。出力の調整に余計な負荷がかかる」
ルイアスは決して華奢なほうではない。寧ろ冒険者として、そこそこの実力を誇るくらいには、精悍な体つきをしていた。
だが人としては逞しい部類に入る力も、神の力を前にしては、羽毛ほどの重さも持たないように組み敷かれてしまうのだ。
身に纏うシャツを捲り上げて、ラグエルの冷たい指先が滑り込んでくる。それは愛撫と呼ぶにはあまりにも冷淡なものだった。
ラグエルの冷たい指先はただ『聖痕』を刺激し、光を強制的に流し込まんとする。あくまでも効率的に行おうとする作業じみた手つきに、ルイアスはその眉根に深く皺を刻んだ。
「あ、……く、ぁ……っ!」
ルイアスの胸元に刻まれた聖痕が、ラグエルの魔力に共鳴して、熱を帯び始める。
全身の身の毛がよだつような不快感。しかしそれとは裏腹に、昏く湧き上がってくる言葉にし得ぬ感覚は、決して不快なものではなかった。
「ん……っ…、あ…ッ」
甘い痺れが、頭の先から足の爪先にまで走る。神の力によって強制的に引き出されるそれは、背徳の愉悦に他ならなかった。
ルイアスは全身を不規則に震わせながら、唇を噛み締める。口内に、鉄錆の味が広がった。
「……っ……お前の、……言う通りになんか……絶対ならねぇ……」
「お前は世界のものだ。私はそれを完成させる」
この光の化け物は「世界のために生きろ」と宣う。
向けられるのは、飼葉を拒む馬を見るような眼だった。
「ナニをおっ勃てている。ここをこんなにしておいて、偉そうな口を叩くな」
「っは……う、るせぇよ……生理的、反応だろ……これは……」
「口は生意気だが、躰は素直なようだな」
「……っ……あ、あぁッ……」
滾る熱が、後ろから捻じ込まれる。
初めの頃はあれほど固く閉じていた蕾は、今は待ち望んでいたかのように、齎されるものを咥え込んで離さない。
ルイアスの意思とは関係なく、隘路は悦びにヒクついていた。
幾度も繰り返されるこの行為は、『勇者』を創り上げるための傲慢な管理に他ならない。
そこに、『個』への愛などは微塵もなかった。
後ろを突き上げられながら、充血した自身を荒々しく扱かれる。
先端から止め処なく溢れ出す蜜が、ラグエルの手の動きに合わせて全体に塗り拡げられ、くちゅくちゅと卑猥な水音を立てた。
「うっ、んっ、あ、ああぁ……ッ……!」
激しい光の奔流がルイアスの胎内を駆け巡り、やがて意識が白濁していく。
涙で滲む視界の向こうで、こちらを見下ろすラグエルの金の瞳だけが揺れていた。
光に塗り潰されていく意識の淵で、ルイアスはただ、脳裏に浮かぶ幼馴染の背中へと手を伸ばした。
その手は遠く及ばずに、指先は虚しく空を切った。
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