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Episode17 遺跡の苗床【R18】

ノアはオルフェに手を引かれ、異形たちが蠢く地下遺跡の最深部を再び訪れた。 床一面には裂けた殻が無残に口を開けたまま積み重なり、その内側には乾ききらぬ体液が鈍く光っている。 かつて卵だったそれらは、すべて殻を破り終えていた。 卵に代わって今は、巨大な繭が無数に壁へ癒着している。 生きた臓器のように脈打つそれは、次なる何かを孕んでいるようだった。 遺跡の中はしんと静まり返っていた。 湿っぽい地面を歩く二つの靴音だけが、高い天井に反響する。 闇の奥から、時折何かが這うような音が響いた。 視線を巡らせても、姿はない。ただ、闇の中で幾つもの気配が蠢いているのは分かった。 いずれも、息を潜めてこちらを窺っている。どれも人のものではないことは、明らかだった。 澱んだ空気が、肺の腑を満たした。不思議と、不快ではなかった。 生々しい粘液の匂いが、甘く鼻につく。 熟れ過ぎた果実が腐り始める、その寸前のような甘い香りは、何故かひどく懐かしく感じられた。 「もう、卵はみんな孵ったんだね」 「あぁ。生まれるべきものはすべて生まれた。お前の力だ、ノア」 「僕は何もしてないよ」 「お前は息をしているだけでいい」 オルフェはいつも、そんなふうに言う。 魔王という存在は、生きているだけで良いらしかった。 甘やかされているばかりでは気が引けて、何か出来ることはないかと尋ねても、オルフェが自分に何かを求めることはしない。 ノアはそれが、少し寂しくもあった。 「……と言いたいところだが、今日はお前に頼みがあって来た」 「僕にできること?」 「魔王であるお前にしかできないことだ」 ノアは、金の瞳を煌めかせてオルフェを見た。 自分の力が必要とされている。それだけで、遺跡を進む足取りは軽くなった。 やがて辿り着いた場所で、ノアは目の前の壁面を見上げた。 否。 壁ではない。 壁面そのものが巨大な肉壁のように脈打っている。 それは巨大な生物の内臓を、そのまま岩盤へ埋め込んだような異形だった。 その深紅の肉塊から、大蛇ほどもある蔦が何本も伸びている。 それらは意思を持つかのようにゆっくりと身をくねらせ、互いに絡み合い、獲物を探すように虚空を探っていた。 初めて目にしたはずの異形だった。 それなのに、恐ろしいとは思わなかった。 むしろ、どこか懐かしいものを見るような心地さえあった。 オルフェが気遣うように、ノアの肩を抱く。 「怯える必要はない。こいつはお前を傷つけない」 オルフェが手を伸ばすと、一本の蔦が伸びてきた。 蔦の先端が、オルフェの手に擦り寄っているようにも見える。 「こいつはこの地で生まれたすべての魔物たちに、養分を供給する役割を担っている」 「……養分?……栄養、ってこと?」 「そうだ。こいつは植物に擬態し、世界中へ根を伸ばしている。各地に散らばる闇の魔力を集め、ここで分配しているんだ。魔物たちが成長してこの地を巣立っていく、その日までな」 ノアもまた、躊躇いがちに手を伸ばしてみた。 手のひらに触れたそれは、人肌のような温もりを帯びていた。 滑ったそれが、ゆっくりと脈打ち、まるでこちらの鼓動に応えるように震えた。 ぞわり、と肌が粟立つ。それは、嫌悪ではなかった。 言い知れぬ胸のざわめきは、昏い悦びにも似ていた。 「……僕は、何をすればいいの?」 「魔力と生気を供給してやって欲しい。魔物たちの強化には魔王の力を注ぐのが最も効率がいいからな」 「そう、なんだ……」 「歴代の魔王たちも皆、そうしてきた。お前にも頼みたい」 その声音は穏やかだった。だが、その穏やかさの奥に、ごく僅かな躊躇いが滲んでいた。 オルフェの眼差しが、静かに瞬いた。 言葉とは裏腹に、その眼差しは、微かな翳を落としている。 じっと、その眼を見つめ返す。返答を躊躇っていた訳ではない。その眼差しに差す翳の理由を、考えていた。 しかしオルフェはそうは思わなかったのだろう。 節のない大きな手が、ノアの頭をやんわりと撫でた。 「大丈夫か?」 「う、ん……ちょっと、こわい……かな……」 本当は、怖くなどなかった。 そう答えるのが、人間らしい気がした。 ノアは、オルフェの優しい体温に甘えた。 怖くはなかったが、小さな嘘を吐いてしまった。 「心配するな。私が傍にいる」 「……うん。……痛い?」 「いや。痛みはない」 そう言って大蔦の魔物を見上げたオルフェの横顔に、ノアは息を呑んだ。 黄金の双眸は、今しがたノアに向けられていたものと同一の人物のものとは思えぬほどに、鋭かった。 それは、殺気にも近い――苛烈な怒りを孕んでいるように、ノアには見えた。 歴代の魔王を同じようにここへ案内してきたはずの魔剣が、どうして味方であるはずの異形にそのような眼を向けるのか。 その理由を、ノアが知る筈もなかった。 「……オルフェ?どうしたの?」 「何でもない」 オルフェは目を伏せ、小さく息を吐いた。 ノアに戻された視線は、いつもと同じように穏やかだった。 そうして再び、オルフェは魔物を仰ぎ見る。 「……気持ちよく受け入れさせろ」 低く、地を這うような声音は、絶対的な上位者のそれだった。 「傷一つでも残してみろ」 魔物は魔剣の圧倒的な圧に怯んだように、蔦を震わせる。 「――根元から斬る」 無数に蠢いていた蔦が、一斉に動きを止める。 まるで叱責を受けた子どものように、ゆっくりと身を縮めた。 「オルフェ、そんな言い方をしたら可哀想だよ。……僕なら、大丈夫。痛くても、我慢できるよ」 おいで、と。手を伸ばした魔王の声を合図に、無数の細い触手がその足元へと這い寄った。 「――っ……、」 ひんやりとした、濡れた植物の感触が足首から這い上がる。 衣服の隙間から滑り込んできた幾本もの触手は、ノアの白い肌の上を滑らかに這い回った。 魔物の目的は、破壊ではない。 この場に生息する魔物たちのため、この苗床の管理者として、魔王から効率よく生気を吸い上げることだった。 幾本もの蔦は、獲物を締め上げるようではなく、若木へ巻き付く蔓のように、そっとノアの身体へ絡みついた。 触手の表面から分泌される体液が、ノアの肌を濡らす。 含まれる微弱な魔性の毒が、神経をじわりと鈍らせる。 その代わりに、身体の奥では熱にも似た魔力がゆっくりと巡り始めた。 「は、ぁ……っ」 蔦に絡みつかれたノアの身体が、優美な曲線を描いて弓なりに反った。 開かれた唇から零れるのは、自身の意志では制御しきれない高く乱れた艶声だ。 太腿を、腰裏を、鎖骨を這う触手が、衣服の下でノアの熱を奪っていく。 その甘美な侵食が齎すものは、痛みとは違った。 ただ、肌を吸うように纏わりつく触手が、魔王の体内を巡る魔力と生気を吸い上げていく。 太い蔦が脈打つたびに、悍ましくも揺るぎない悦楽が、ノアの脳髄を痺れさせた。 身体の芯を甘く蕩かされるような、抗えない恍惚に、ノアは身を震わせる。 生きるための力が、自分という器から少しずつ流れ出していく。 喪失にも似た感覚だった。 それなのに、その力は地下深くへ染み渡り、この世界そのものを満たしていくようでもあった。 「オル、フェ……、っ、あ……!」 限界まで吸い上げられ、視界が白濁していくような疲弊のなかで、ノアは縋るように目の前の男の名を呼んだ。 オルフェの指先が僅かに動く。だが、それだけだ。 それは、魔王だけが果たせる役目だった。 オルフェは拳を握り締めたまま、黙ってそれを見続けていた。 胸元に刻まれた魔痕が、魔物の胎動と共鳴して応えるかのように、静かな金色に明滅している。 足元から、壁面へ。 壁面から、遺跡の奥深くへ。 魔王から送り出された魔力が、根を伝って地下世界の隅々まで流れていく。 闇の奥では無数の気配がざわめき、繭の表面が呼吸を始めた。 オルフェはそれを、ただじっと見つめていた。 ノアの肌の上を、異形の蔦がのたうち回り、その生気を貪っている情景。 そしてその力が、分け与えられていく光景を。 手を差し伸べることはしない。これが魔王というシステムの役割だからだ。 だが、ノアを見つめるオルフェの金の瞳は、ただ静かなばかりではなかった。 眼差しの中に、今にも蔦を断ち切らんとするかのような鋭さを滲ませる。 そのことに、目の前にいるノアも、そして本人自身も気づいてはいなかった。 強く握り込んだ拳の中の、爪が食い込む痛みにすらも。 「……ん、あ……っ……ぁ……」 太い蔦が、大腿の内側を這った。蔦に絡む分泌液がより一層その量を増やし、ノアの白い脚を伝い落ちていく。 グチュ。 ひどく粘り気のある水音が、立った。 ノアの身体が、びくんと跳ねる。 「あっ……ま、待って……そこは、だめ、っ……!」 閉じようとする両の脚に、触手は絡みついた。 ぐうっと脚を大きく開かせた体勢で、固定される。 オルフェに見せつけるような格好となり、ノアは羞恥に身を捩った。 だが上肢にも絡みついた触手は、すべての動きを封じ込める。 「あ……や、やだ……やだ……っ」 薄い衣服のすぐ下で。 太い触手が、ぬぷぬぷと淫猥な音を立てて、魔王の胎内に潜り込んでいく。 それは、いつも受け入れているモノと同じような太さをしていた。 だがいつものモノとは違うカタチに、ナカの粘膜は驚いたように収縮している。 魔王の身体を傷つけまいと溢れ出る粘液が、著しく粘膜を濡らす。 粘膜からの吸収は皮膚を介するよりも効率が良く、粘液が含む毒素の作用を強くその身に及ぼした。 「あ、あぁッ……だめ、ダメ……ッ……んっ、あ、あ、あっ」 まるで魔王の身体が悦ぶ場所を知っているかのように、触手の先端が敏感な部分を何度も擦り上げていく。 人の生殖行為を真似るかのような抽挿が繰り返されるたび、ずちゅ、ずちゅ、と淫らな水音が遺跡内に響き渡った。 影に蠢く数多の気配が、じっとこちらを窺っている。 いくつもの眼に視姦されているような気にさせられて、ノアはいやいやと首を振った。 「……っ……オルフェ……まだ……?……まだ、なの……っ……?」 オルフェは何も応えない。 ただじっと、身を震わせる魔王の姿を見据えていた。 その眼差しに、ノアの昏い悦楽が刺激される。 冷たい金の瞳で、もっと見て欲しい――そんな欲求が、澱みのように広がっていった。 「あ、あ、あっ」 抽挿に合わせ、啼いてしまうのを止められない。 あられもなく唇を開いて善がっていると、その唇輪を縫って、滑った触手が口内に潜り込んできた。 「んぅっ……!?ん、んん……ッ、……う、ぅ……ッ」 後ろと同じように、触手は出たり入ったりを繰り返す。 喉の奥まで突かれ、思わずえづきそうになる。 構わずに、触手はノアの口内で粘液を撒き散らした。 喉の奥に注ぎ込まれたそれを、身体は反射的に飲み込んだ。ごくり、と細い喉骨が上下する。 生暖かい液体は、ほのかに苦味があり、それでいて喉に絡みつくように甘かった。 嚥下したのを確認したかのように、触手は口内から去っていく。呑み込みきれなかった分泌液が、口角を伝い落ちた。 激しく咳込んで、生理的な涙が浮かんだ。 乱れる呼吸を整える間もなく、胎内に入った触手の蠢きが激しくなる。 「あっ、あ、っあ、ッ――そこ、そこ……ッ」 頭の中が真っ白に弾けるほどの悦楽が、その身を襲った。 喉の奥から続く身体の中の粘膜が、焼けつくように熱かった。 一番悦い場所を一番悦い角度で突き上げられて、激し過ぎる快楽に、全身がびくびくとおかしなくらいに痙攣した。 明確な射精を齎さない絶頂が、波のように押し寄せる。波なら引いていくが、この快楽は一向に引いてはくれなかった。 「あぁぁッ……いい……いい、そこ……っ、あ、あぁぁッ!!」 びくんびくんと不規則に痙攣する身体は、前に勃ち上がるモノから濃い白濁を幾度も溢れさせた。勢いよく溢れ出ることのないそれは、先端からどぷりと少しずつ漏れ出すように、溢れ続ける。 本来の精の吐き出し方とは掛け離れた絶頂は、快楽をゆうに越えて拷問にも等しかった。 苗床はそれを待ち望んでいたかのように、猛るノア自身に絡みつき、白濁を舐め取るように吸い取っていく。 吸引の刺激が、さらにノアの身を激しく震わせた。 しかしそれも暫くすると、もう溢れさせるものはなくなったのだろう。力なく萎れた先端から、透明な液体を零すだけになった。 「あ……っ……も、……むり……おる、ふぇ……しんじゃ、う……」 引くことを知らない苛烈な波に、呼吸は乱れきり、目の焦点が合わなくなっていく。 壊れたように痙攣する身体は、いっそ痛々しいほどだった。 「――止めろ」 空気が震え、音が消えた。 冷たく低いオルフェの声に、苗床はぴたりとその動きを止める。 ノアの荒々しい呼吸と、高らかな嬌声、そして淫らな水音のみが響いていた空間に、静寂が訪れた。 やがて滑った音を立てながら、太い触手がナカから這い出していく。 「っは……あ、あ……」 ノアの精を吸い尽くした魔物の胎内は、満足げに大きく脈打っていた。 なおも不規則に痙攣し続けるノアの身体を、蔦は包み込むように抱いて、オルフェへと差し出した。 「……お、る、ふぇ……」 「……頑張ったな、ノア。皆に代わって、礼を言う」 両手を伸ばしたノアの身を、オルフェはその腕に確りと抱き留める。 オルフェの逞しい腕(かいな)に包まりながら、ノアはその胸元に擦り寄った。 「……疲れ、ちゃった……も……帰り、た、い……」 「あぁ、帰ろう」 嗚咽が漏れ、涙が溢れた。 濡れそぼる目元に、オルフェの唇が降ってくる。 どこまでも優しく自分を包み込んでくれる体温と、鼓膜を心地よく震わせる声音に、次第に震えが治まっていく。 すべての身を委ね、少しずつ凪いでいく呼吸を繰り返しながら、魔王はそっとその瞼を落とした。 だが、心は満たされない。身体に篭る熱も、一向に引かなかった。 帰ったら、この温もりに甘やかされよう。 オルフェの胸元に縋りながら、持て余す欲を秘めた身体が零す吐息は、ひどく熱を帯びていた。 深淵は満たされた。 あとは、その実りを世界へ放つだけだった。 魔王の力を得た魔物たちが、この温床を巣立っていく日は近い。

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