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Episode19 魔物の襲来【R18】
― 勇者side ―
空は、魔物の瘴気に侵されていた。
光を失った地上は、夜と見紛うほどの闇に沈んでいた。
黒く低い雲が渦巻く闇の下、大地を埋め尽くす異形が一斉に咆哮を上げる。
牙を剥く獣、翼を裂く異形、腐肉を引きずる死した魔物など、ありとあらゆる無数の魔物たちが、地を鳴らして押し寄せてきていた。
「前列、耐えろ!弓兵、魔法兵――放てぇッ!」
騎士団長の怒号が戦場に響く。
放たれた無数の矢は雨となって降り注ぎ、魔法が魔物たちの群れの一部を焼く。
しかし、魔物の進軍は止まらない。
倒れた同胞を踏み越え、その後ろからさらに無数の影が押し寄せてくる。
「止まらん……!」
騎士団の後方には、城下町がある。
轟音とともに上がる土埃の勢いに、騎士たちの顔から血の気が引いた――その瞬間。
「――悪い、遅くなった!」
一筋の光が、戦場を駆け抜けた。光はあっという間に防衛ラインを通り過ぎ、魔物の群れへと辿り着く。
白銀の剣閃が、闇を切り裂いた。
次の瞬間、先頭にいた魔獣の巨体が斜めに滑り落ち、噴き上がった鮮血が、大地を紅く染めた。
群れを率いる立場を失い、魔物たちの足が止まる。
「何とか間に合ったな……ったく、神殿の奴らって何であぁもうるせぇんだよ」
押し寄せる魔物の群れを見据える瞳は漆黒をしていながら、見る角度によっては金色に耀いていた。
「ようやく外に出られたんだ。いっちょ暴れてやるとしますか。――分かってるって、無茶はしねぇよ」
ルイアスは、前を見据えた。
魔物の数は、数百――否、それ以上。
普通の人間ならば、絶望する光景だった。
ルイアスは、口角を上げた。
手に握る聖剣の切っ先を、魔物の群れへと向ける。
「このくらい余裕だな、ラグエル」
返事を待つより早く、地を蹴った。
驚くほど、身体が軽い。
それは、もはや人の動きではなかった。
一歩で数間を駆け、振るわれた聖剣が眩い軌跡を描く。
光が、戦場を駆け巡る。
白い軌跡が魔物を断ち、夜が明けに融けるように、次々に闇の魔力が霧散していく。
迫る鉤爪を身を捻って躱し、振り返りざまにその首を刎ねる。
その勢いのまま、ひらりと跳躍する。巨体の頭上をゆうに越え、真上から脳天を貫いた。
その巨体を盾代わりにして、次の魔物を薙ぎ払う。
光は、戦場を舞う蝶のようだった。
誰も、その縦横無尽な剣筋を目で追うことはできない。
「勇者様……!」
「勇者様に続け!」
崩れかけていた前線に、再び雄叫びが上がる。
恐怖の消えたその声を背で聞きながら、ルイアスは前を見渡した。
一気に押し寄せてきたように思われた魔物の群れだが、よく見ると小さな群れを成していた。
魔物のくせに、奇妙な統率が取れている。
ルイアスは各群れの中心にいる魔物を見極め、次々と斬り伏せていった。
指揮を失った魔物たちは、次第に動きを乱していく。
やがて最後の一体が、白銀の斬撃によって崩れ落ちた。
血に濡れた剣を、一度だけ払う。
「よし、終わり!」
その何気ない一言に、誰からともなく歓声が上がる。
先ほどまで魔物の咆哮が鳴り響いていた地に、地鳴りのような歓呼が響き渡った。
荒野に吹き抜けた風に乗って、ふと果実の熟れたような甘い香りが鼻腔を掠めた。よく知る気配が、香りに重なる。
ルイアスは跳ねるようにして振り返った。
「――ノア……?」
視線の先には、低い雲が広がるばかりだった。
気がつけば、雲の合間から光の筋が射し込んでいた。
闇の気配が、次第に薄くなっていく。
やがて青空を取り戻した世界で、陽の光に溶かされるように、音もなく消えていった。
※
大理石の玉座の間は、厳かな静寂に包まれていた。
赤い絨毯の両脇には騎士団と貴族たちが整然と並び、その最奥に据えられた玉座には国王が静かに腰掛けている。
名を呼ばれたルイアスは、一歩前へ進み出た。
作法は、教育係から何度も叩き込まれた。
王の御前では、玉座の十歩手前で止まること。
右膝をつき、頭を垂れること。
許しを得るまで顔を上げないこと。
その所作は、主の前で忠誠を誓う騎士のそれだ。
当然、初めての経験だ。
国王との謁見も、王城へ足を踏み入れることも、すべてが初めてだった。
習った通りに片膝をつき、深く頭を垂れた。
磨き上げられた床に映る自分の顔は、まるで自分のものではないようだった。
ついこの間まで、こんな場所とは無縁の生活を送っていたのに――気づけば、奥歯を噛み締めていた。
大理石に映り込む他人のような顔を眺めながら、王様も見た目だけなら案外普通のおっさんなんだな、などと不敬極まりないことを考える。
今日の夕飯は何だろ。肉が食いたいな、と。そこまで考えたところで、脳裏にラグエルの呆れた声が響いた。
ほどなくして、重厚な声が玉座の間へ響いた。
「勇者ルイアス。その働き、誠に見事であった。汝の武勲に報いるべく、王国最高位戦功勲章を授ける」
顔を上げるタイミングも完璧だった。
すぐ目の前に、王の姿がある。その顔は、絵画の中で見たことがあった。
金属の触れ合う小さな音をさせ、王自らの手でその胸元へ勲章が叙勲された。
聖剣を象った勲章には、王家の紋章と神殿の紋章が刻まれている。
続いて、王の侍従が一枚の羊皮紙を読み上げた。
騎士爵の叙爵。
王都に屋敷一つ。
黄金貨数百枚。
それらに加え、王国直属勇者としてのあらゆる特権が与えられる。
ルイアスは、まるで自分に向けられた話ではないかのように、それを聞いていた。
黄金貨一枚が、銀貨百枚。ギルドの上級依頼をこなしても、精々銀貨数十枚だ。
ルイアスの金銭感覚とは、大きくかけ離れた額だった。
金の使い道などない。
そんなルイアスの脳裏に真っ先に浮かんだのは、あの古びた孤児院だった。
屋根、雨漏りしてたんだよな、と考える。
壁にもひびが入っていたっけ。
訪ねた際に取り敢えずは応急処置をしておいたが、孤児院にはきちんと直す金銭的余裕などなかった。
子どもたちに食事の大半を分け与えていたマザー。
決して裕福な食事ではなかったが、記憶にあるのは仲間と過ごす温かな食卓の光景だ。
マザーを中心に取り囲んだ輪の中で、ノアもまた笑っていた。
マザーの優しさがあったからこそ、自分たちはここまで成長できた。
あそこなら、この金にも意味がある。
全部、寄付しよう。
マザーも。そしてノアも、きっと喜ぶ。
そう決めると、不思議なくらい気持ちは軽くなった。
「其方には、この世の安寧のため、魔王を打ち倒す使命がある。……何でも望むものをひとつ、与えよう。其方は何を望む」
魔王――ノア。
望むものなど、ただひとつより他はない。
「……望むものなど、ございません」
ルイアスは王の眼を真っ直ぐに見据えた。
そして、誰もが勇者に望む答えを口にした。
「国の安寧こそ、何よりの褒賞にございます」
歓声が上がる。
世界中が、勇者の活躍を祝っていた。
※
事後の気怠い余韻の中で、ルイアスは見慣れた天蓋を仰いでいた。
大きな屋敷を拝領したが、魔王を倒すまでは神殿からは出られないらしかった。
多少窮屈ではあるが、すべてが揃っている神殿の暮らしは慣れてしまえば悪くはない。
ルイアスは寝返りを打ち、ベッドに座る隣のラグエルのほうを向いた。
火照る肌に、シーツの冷たさが心地良い。
「勲章って、売れるのか?」
落とした呟きに、ラグエルが呆れたように見下ろしてくる。
「売れるわけないだろう。阿呆が」
「だよなぁ」
身を横たえたまま見上げたラグエルの姿は、窓から差し込む月光を背負い、青白い境界線を浮かび上がらせていた。
陽だけでなく、夜の光までをも味方につけたような静謐さに、ルイアスは眩いものを見るように双眸を細めた。
「昼間……ノアの匂いがした」
「……僅かだが、気配があったな。様子を窺っていたのだろう」
ラグエルの長い指が、ルイアスの目元に掛かる黒髪を軽く払う。
ルイアスはラグエルを見つめたまま、ゆっくりと瞬いた。
「勇者の成長を見せつけることになった。魔剣も、焦るはずだ。おそらく今後は、魔物の襲撃も増えるだろう。闇の眷属の力も、統率も、より強いものになる」
「……早く、止めてやらねぇと……ノア……」
「――……」
不意に肩を押され、仰向けにされる。
降ってきた唇を、目を閉じて受け入れた。
脚を開かせてきた手がそのまま肌の上を滑り、後ろを撫で上げてくる。
つい先ほどまで大きな質量でさんざん擦られた蕾は、ぷっくりと腫れてひどく熱を帯びていた。
ヒリつくその場所へ、冷たい感触がつぷりと潜り込んでくる。指で中を掻き回されると、ぐちゅぐちゅと乱れた音を立てた。中に放たれた力の源が外へと溢れ、あわいを伝い落ちていく。思わず、勿体ない、と言いそうになってやめた。
「……どうした?こんなに締め付けて」
ラグエルが意地悪く見下ろしてくる。
わざと中を大きく掻き回し、一度呑み込んだ精液を外へと掻き出していく。
「っあ、ちがっ、待っ……出すな、だすなよ……ッ」
せっかく貰ったモノを中に留めようと、孔は無様にもきゅうきゅうと窄まりラグエルの指を締め付けた。
耳を侵すような淫らな水音をわざと立てられて、ラグエルのものでぐちゃぐちゃになっているであろう穴が否が応にも想起させられる。
「心配しなくても、また中に出してやる」
「んっ……あ、ぁ……ラグ、エル……も、むり……だって……」
己の躰を知り尽くした相手の指は、悦いところをぐりぐりと執拗に責めてくる。
この身体は疲れ切っているはずであるのに、その刺激を浅ましくも悦んで迎え入れた。
ラグエルは身を屈め、ルイアスの胸元でつんと存在を主張している突起へと唇を寄せた。蜜を塗り付けるように舐ってくる舌先は、荒々しい指の動きとは違ってどこまでも優しかった。丹念に、執拗に舐め上げられ、吸い付いてくる柔らかな刺激に、喘ぎ交じりの熱い吐息を抑えられない。
片方をそうやって舐られながら、もう片方は指の腹で押し潰され、人差し指と中指で挟まれたりする。右と左でまるで違う愉悦を与えられ、頭がおかしくなりそうだった。
両手と舌のすべてを使った愛撫は、これ以上とないほど悦い。
「はっ…、あ、んっ、あぁ……っ」
堪らず、ラグエルの頭を掻き抱いた。白金に耀くきれいな髪に指を絡ませ、ぐしゃぐしゃに乱れるのにも構わずに縋りつく。
シーツの上で身悶え、腰をくねらせてよがり狂うその姿は、王の御前で見せた完璧な騎士のそれとは似ても似つかないものだった。
神への忠誠など欠片すら持ち合わせぬ勇者は、甘い嬌声を溢れさせながら、聖剣がその身に齎す官能にただただ酔い痴れていた。
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