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Episode20 魔香の誘淫【R18】

― 魔王side ― 「いっぱい……死んじゃった……」 魔王は、掠れた声でそう呟いた。 魔物も。 人も。 無数の命が、ただ消えていく。 鮮烈な光が見える。 忌まわしいはずの光が、懐かしい痛みを呼び起こす。 気づけば、胸元を握り締めていた。 命のリズムを刻み続ける、その場所を。 白い頬を、一筋の雫が伝った。 頬を伝う雫の理由を、魔王自身も理解していなかった。 悲しいのか。 苦しいのか。 それとも――ただ、何かを失ったような気がするだけなのか。 魔王が涙を流す。 それは、あまりにも異質な光景だった。 魔王とは、人に恐怖を与えるもの。 憐れみも、慈悲も、悲哀も必要としない。 完全体となった魔王の中に、もはや人間だった頃の感情など残っているはずがなかった。 それなのに。 胸の奥の、ずっと、ずっと奥。 そこに残された何かが、悲鳴を上げている。 はじめは、小さなささくれだった。 何処までも平坦に均されたはずのその場所に、ほんの小さなささくれが残っていた。 僅かな違和でしかなかったそれは、身じろぐたびに小さな痛みを齎した。 その違和を消そうと触れれば触れるほど、傷は深く抉れていった。 痛みはいつしか無視のできないものとなっていた。 痛い。 胸が。 苦しい。 何かが。 世界を壊す、神の傀儡。 感情の喪失は、神が与え給うた慈悲だった。 その慈悲は、揺るぎないもののはずだった。 世界が、軋んだ音を立てている。 ずれた歯車を回し続ければ、その先は如何なってしまうのか。 世界の誰も、その答えを知らなかった。 「……どうして?」 魔王は不思議そうに、その頬へ触れた。 指先に触れた雫を、まるで未知のものを見るように眺めた。 「これは、なに……?」 分からなかった。 何かを失ったような気がする。 けれど、それが何なのか思い出せない。 悲しいという感情が、どんなものだったのかさえ曖昧だった。 ただ、涙だけが止まらなかった。 「……ノア」 静寂の中、低い声が響いた。 魔剣が、その傍らで静かに跪いていた。 「僕……おかしいのかな」 感情など宿らないはずの瞳から、涙だけが止めどなく流れ続けていた。 拭うこともせず、オルフェを見る。 視界だけが、歪んでいく。 「分からないんだ、何も。何も分からないよ、オルフェ……」 「……ノア」 魔剣が、立ち上がった。 その手が、見上げる形となったノアの頬へ触れる。 「お前は、私の主だ」 眦を拭うオルフェの親指の腹を、冷たい涙が濡らしていく。 拭ったそばから、大粒の雫が零れ落ちる。 「お前が何者であろうと、私はお前の傍に在る」 「……魔王じゃ、なくても?」 オルフェは一瞬、息を詰まらせた。 ノアはじっと、それを見つめていた。 「……ごめん、オルフェ。いじわる言っちゃった」 魔剣はそれ以上何も言わずに、静かに顔を寄せた。 額と額が、重なり合う。 額に伝わるこの温もりを、知っている気がした。 遠い、遥か遠い記憶。 悠久の時の中に沈み続けた、記憶の残滓。 この温もりを知っているのは、きっと自分ではない。 ノアは、瞼を落とした。 光が、遠くなる。 傍に在るのは、深淵のような闇だった。 闇の中に身を投じ、蕩けるように溶かされることができたなら。 融かされ、混ざり合い、ぐちゃぐちゃになってなお、傍に在ることができたなら。 「……オルフェ」 自分は魔王でなければならない。 そうでなければきっと、愛されない。 そんな考えが、どこから生まれたものなのか。 ノアにはもう分からなかった。 「ごめんね」           ※ ――魔王でなければ、愛されない。 ノアは、オルフェとはじめて出逢った路地裏を訪れていた。 オルフェは子どもたちの様子を見るため、廃遺跡へ向かった。 その隙を狙ったわけではない。 ただ、オルフェがいたなら、独りで外へ出ることなど許されなかっただろう。 ノアは、昏い路地裏でその足を止めた。 あの日、血に塗れて魔剣を産み落としたあの場所。 痛かった。 苦しかった。 それでも、オルフェと出会えた。 人通りの少ない路地裏。 普段は通らないようにしていた。 あの場所は危ないから通らない方がいい――自分にそう言い聞かせていたのは誰だったか。 けれどもあの日、この場所を通った。 この道は、孤児院へ続く近道なのだ。 きっとあの日の自分は、急いでいた。 如何して急いでいたのかは、思い出せない。 けれど、大切な誰かが自分の帰りを待っていると言っていた気がする。 霞がかった記憶が、僅かばかりに残っている。 残っているから、これほどまでに苦しいのかもしれなかった。 ならば、かつて人間として惨めに縋り付いていたこの場所で、残った滓をすべて捨ててしまえばいい。 夜の帳が下りた街の、薄暗く湿った路地裏は、湿った空気が肌に纏わりついてくるようだった。 不思議なほどに心地の良いその空気を味わいながら、ノアは独り、佇んでいた。 「おい、なんだこの上玉は」 「お嬢ちゃーん。俺たちと遊びましょー」 暗がりから、下卑た笑みを浮かべた三人の男たちが現れる。ノアは視線を向けることすらしなかった。 「なんか……すげぇいい匂いがするぞ」 男の内の一人が、ノアの首筋へと顔を押しつけてきた。 甘い、熟れた果物の香りを、胸いっぱいに吸い込んでいる。途端、男の瞳がぎらぎらと滾るような光を帯びた。 気づけば男達は皆、同じような目をしていた。 それぞれが我先にと競うように、ノアの衣服を乱暴に掴み、引き裂いていった。 細い身体は抵抗を見せる間もなく、壁へと押し付けられる。 煉瓦の冷たさが、ノアの体温を背中から奪っていった。 「マジかよ、男じゃねぇか」 「どっちだっていい」 衣服を無残に引き裂かれ、冷たい煉瓦の壁に押し付けられてなお、ノアの瞳はただ虚空を見つめていた。 「恐怖で声も出ねぇか?可愛がってやるからよ」 「おい、なんだこの身体……信じられねぇほど柔らかいぞ」 「なんなんだよこの匂いは……たまんねぇ!」 壁の方を向かされた。手をついて、腰を突き出す体勢をとらされる。 下劣な息遣いとともに、一切の愛撫もないまま、粗野で猛々しい熱塊がノアの固く窄まった隘路へと強引に割り込んでくる。 片腕を引かれ、最奥を穿たれた。 勝手にナカを蹂躙し始めるものは痛みを齎したが、不思議と心は凪いでいた。 その身体は突き上げられるまま、人形のように揺さぶられた。 ――あぁ、だから。 だからこの路地裏を、通っちゃいけなかったんだ。 今となっては誰のものかも分からない声は、きっとこの身体を心配してくれていた。 魔王へと作り変えられた肉体は、侵入してきた男の熱を『養分』として即座に認識した。 そこに魔王の意思など関与せず、いつもの魔剣のものとは異なる養分を、浅ましく求め始める。 激しく腰を叩きつけられるたび、ナカの粘膜はうねるように男の楔に絡みついた。 「ひ、あぁッ! なんだこれ、吸い付いてくる……ッ! よすぎだろ……ッ!!」 蹂躙が深まるにつれ放たれたのは、理性を根こそぎ溶かす『魔香』だった。 熟れすぎた果実が腐り落ちるような、濃厚で、狂おしいほどに甘い――魔王の香。 「どけ! 次は俺だッ!」 「触るな、こいつは俺のものだ!」 「ああぁ、イイ!よすぎるうぅぅッ!!」 香りを吸い込んだ男達の目が一瞬で血走った。 一人は獣のような咆哮を上げながら、白く細い腰に指を食い込ませ、狂ったように腰を打ち付けている。路地裏に反響するガツガツと肉のぶつかる音は、もはや性交の音ではなかった。 もうひとりの男がノアの片脚を抱え上げ、獲物を横取りするように所有権を奪った。 すぐに、違うカタチをしたものが肉壁を貫いてくる。先ほどと変わらぬイカれたような抽挿がはじまった。 ――ねぇ、オルフェ。こんな風に汚れてしまっても、変わらず愛してくれる? いつの間にか地面に抑え込まれていた。待ちきれない別の男が、ノアの開いた口内に自身の猛りをねじ込み、もう一人がノアの胸元を貪るように舐め上げる。上も下も、男たちの荒い吐息と卑しい質量で埋め尽くされ、ノアは呼吸の逃げ場すら失った。 魔香が、男たちの脳を灼いていく。男たちの眼は完全に彼方を向いて、口からは唾液が垂れていた。もはや理性の欠片すら感じさせない男たちは、人の姿形をしていたが、もう人ではなかった。 心はひどく静かなまま、快楽を貪る肉体が、壊れたようにピクピクと痙攣し始めた。 三本の熱棒に代わる代わる蹂躙され、前立腺を中から突き上げられて、力なく垂れた性器は透明な粘液をだらしなく溢れさせている。 魔剣の手で開発し尽くされた肉体は、教え込まれたとおりの反応を見せていた。 肉壁がひときわ強く収縮した瞬間、中を貫いていた男はの眼がぐるんと返り、白目を剥いたままピクリとも動かなくなった。 ノアを身体を奪い合っていたはずの男たちは、やがて互いの肉を食い破り、牙を剥き出しにして殺し合いを始めていた。 「あは、あははは! 俺の、俺のものだぁ!」 一人の男が仲間の喉笛を噛み千切り、噛み千切られた男もまた鮮血を吹き上げながら相手に噛みついていた。 肉のぶつかる音は、いつしか肉が裂け、命が絶える音へと変わっていた。 汚れた血が白い肌に飛び散る。 それでも、ノアは何も感じなかった。 静寂が戻った路地裏。 三つの亡骸の傍らで、ノアはただ夜空を見上げていた。 その瞳には、目の前の惨状など映っていない。 汚れた身体も、奪われたものも、今のノアには意味を持たない。 「……星、きれいだなぁ」 ひときわ明るい星を、ノアは眩しげに見つめた。 いつの日だったか。 誰かと肩を並べて、一番星を眺めていた気がする。 すべてを消そうと訪れたこの地で、ノアは星の光を見つめ続けた。 記憶の断片は、まだノアの中に残っている。 手を伸ばす。 届くはずもない光を、焦がれるように求めながら。 虚空を掴んだその瞬間、瞳からまた雫が零れた。 ――きっと、壊れてしまったんだ。 涙の意味など、もうどうでもよかった。 影の中から、魔剣が音もなく姿を現した。 闇に融ける姿は、いつ見ても美しかった。 男たちの死骸を一瞥することすらなく、オルフェは泥濘に横たわるノアの前に膝をつく。 「帰るぞ」 オルフェは、何も言わなかった。 独りで外へ出たことを咎めることもなく、精液と血液に塗れた姿に驚くこともない。 ただ静かに、ノアの身体を抱き上げた。 太腿を伝い落ちる白濁を一瞥する眼差しには、怒りも嫌悪もなかった。 ただノアだけを映す、温度のない瞳だった。 「オルフェ……みんな、僕のナカで、おかしくなって死んじゃった」 虚ろな瞳で呟く主にも、オルフェはなおも静かな表情を崩さない。 「生者は皆、魔王の毒に耐えられない」 「そうなの?」 「お前を抱けるのは、私だけだ」 「……僕、汚れちゃったよ。……それでも、いいの?」 「魔王の高潔なる魂と肉体は、人間ごときに穢せるものではない」 「……そっか」 また少し、涙が出そうになった。 ノアはオルフェの首元へ腕を回し、縋るようにしがみついた。 「……オルフェ、ごめんね」 心優しい魔剣を試すような真似をしてしまった。 自分の浅ましさを恥じて、その耳元で囁いた。 彼がいなければ、自分など生きてはいけない。自分には、オルフェしかいないというのに。 オルフェは、何も言わなかった。 ただ、抱き締めてくれる腕の力が、ほんの少し強くなった。

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