26 / 29
Episode25 落日の逢瀬【R18】
― 勇者side ―
窓の外では、世界のすべてを洗い流す勢いで、冷たい雨が絶え間なく降りしきっていた。
戦場のすぐ近くに見つけた宿屋の一室は、薄暗く静まり返っていて、かつて二人がすれ違い、拒絶し合ったあの夜の記憶を彷彿とさせた。
しかしあの時と決定的に違うのは、求め続けた温もりが、ルイアスの腕の中に納まっているということだった。
「……冷たいな。まだ震えてる」
ルイアスはベッドの上で、ノアの細い身体を抱き締めていた。
その白く冷え切った指先を、己の手で包み込んで温める。
「寒くねぇ?」
「うん。平気だよ」
ノアの白い肌には、魔王の証である金の紋様が、今も痛々しく刻まれている。
身体の中から刻み込まれた、消えない紋様。
本来ならば、忌むべきものなのだろう。
魔王である証は、世界を脅かす存在である証だった。
けれど、ルイアスにはそうは思えなかった。
忌まわしき魔痕であっても、ノアの身体に刻まれたものであるならば、それはノアが生きてきた証なのだ。
その魔痕をまるで慈しむかのように、そっと唇を寄せる。
「……痛かったよな。……傍にいられなくて、ごめんな」
眉根を寄せて呟くルイアスの胸元へ、ノアの細い指が伸びる。
そうしてルイアスの肌に刻まれた聖痕に、その指先で触れてきた。
「ルイも、痛かった?」
「うん。めちゃくちゃ痛かった」
「じゃあ、おそろい。……僕たち、頑張ったよね」
ノアの笑顔が今にも泣き出しそうなものに見えて、ルイアスもまた、目頭が熱くなった。
繊細な飴細工に触れるように、指先はノアの肌に触れる。その指先を追って、すべてを慈しむように唇を降らせるたび、ノアの蜂蜜のような瞳は潤み、揺れた。
「ルイ……っ……」
ノアの口から漏れ出る吐息は、切なく、甘い。
時折、あっ、と唇から零れ落ちる声が、ルイアスの中の昏い情を堪らなく刺激した。
熟れすぎた果実のような香りは、もうしなかった。代わりに冷たい雨の匂いと、ルイアスがよく知る幼馴染の仄かに甘い香りだけがそこにある。
ずっと求めて止まなかった温もりが、腕の中にある。触れるたび、愛しさが湧き上がってくる。
失われたと思っていた時間は、まだこの手の中に残っているようだった。
気づけば、ノアは泣いていた。ルイアスは愛撫していた手を止めて、慌てて身を起こす。
「ノア?どうした?」
「……っ……ごめん……ごめんね、ルイ……」
声を殺し、小さな嗚咽だけを漏らして涙を流すノアを見るルイアスもまた、泣きそうな顔になった。
ノアが涙する理由は分からなかったが、謝る必要などどこにもないことだけは確かだった。
「何で、謝るんだよ。お前が謝ることなんて、何もないだろ」
「……だって。……だって僕はもう、きれいじゃないから。ルイにこんなふうに優しくされる資格なんてないのに……っ……」
顔を覆ってしまったノアの両手。ルイアスはその手首を掴んで、顔の横で縫い止めた。
「資格って、何。やめろよ、自分のことそんなふうに言うの」
昔からそうだった。ノアはいつだってきらきらと眩しいくせに、その眩しさに自分では気がついていなかった。
周りを静かに照らしながら、それでも人より沈んだ場所にいると信じて疑わないノアを、高いところに引き上げてやりたいと、ルイアスは自らを高める努力をしてきた。そうすれば、いつの日かこの手で引き上げてやれると思ったからだ。
「汚れてるからって何だよ。汚れてないきれいだとかって、俺は言ってやらねぇから」
「ルイ……」
「だってそんなの、どうだっていい。汚れていようがいまいが、関係ない。ノアがノアなら、俺はそれだけでいいんだ」
「……っ……」
視界に映る、こちらを真っ直ぐに見上げてくる瞳が、大きく歪んだ。ノアの涙の所為なのか、或いは自分の涙の所為なのかも、もう分からなかった。
泣きじゃくるノアの頬に、一粒の雫が落ちた。温かなそれはノアの肌を伝い、金糸のようなノアの髪を濡らした。
「ノア。俺はずっと、お前とこういうことしたいって思ってた。今だって、お前のこと、滅茶苦茶にしてやりたいって思ってる」
「……ルイ……」
「どう?そんなふうに思う俺って、汚れてるよな。こんな俺がお前に触れる資格なんてないんだよ」
「……っ……そんなことない……!んぅ、っ……!」
思わず声を荒げたノアの唇を、覆うように奪う。
深く、激しく、その吐息すらも呑み込むような口づけを、ノアは瞼を落として受け入れてくれた。
皮膚よりも薄い粘膜と粘膜から混ざり合う体温は、その境界を曖昧にして、口の中から蕩けてしまいそうな錯覚に陥った。
頭の芯が痺れるような心地良さは、きっとこうした行為でしか得ることのできない悦びだった。
名残惜しむように銀糸を引かせながら、互いの唇が離れる。吐息を分け与える距離で、金の双眸を見つめた。
細かな金糸を紡いだような虹彩の美しさは、神の創り給うた傑作なのかもしれない。
けれどルイアスは知っていた。この瞳が金色に染まる前、澄み渡る青空の彩をしていた頃から、ノアの瞳は今と変わらず、誰のものよりもずっと美しかったことを。
「分かってくれたか?そんなふうに言われるの、いい気持ちしないだろ」
「うん……ごめん……」
「だから謝るなって。怒ってるわけじゃねぇから。でも、次自分を悪く言ったら怒る」
「うん……ごめ――……ありがとう、ルイ」
ごめんと言いかけた口を慌てて噤むノアに、ルイアスは笑った。
その小さな変化が、何より嬉しかった。
いつも自分を責め続けてきたノアが、少しでも自分を許せるようになればいい。
ルイアスはそれだけを願っていた。
「…ノア。痛かったら言えよ」
ルイアスはノアの滑らかな肌の上に手のひらを過らせつつ、秘められた蕾を舌先で解し、そしてその内側にも愛撫を広げていく。
少しずつ、繊細な絹織物を優しく指で解きほぐすように触れ続けたなら、緊張で強張っていたその場所が、やがてはこのあと受け入れるものを焦がれるかのように、柔らかな回廊へと変わっていった。
「あっ」
指先の刺激に応じて、ノアの細い身体がぴくんと跳ねる。そのさまが可愛くてぐりぐりと中から押しやると、全身をびくびくと震わせた。
与える刺激に対してどこまでも素直な反応を見せてくるノアの耳元で、囁きを落とす。
「……可愛い、ノア」
「んっ……」
耳に掛かる吐息にすら、その身体は敏感に反応する。
潤んだ瞳で見つめられて、ルイアスはもう我慢ができなくなった。
「……ノア。いい?」
聞いた途端、熱い内壁がきゅうっと指に絡みついてくる。
今からこの中に自分が入るのかと思うと、それだけで下腹部が灼えるように疼いた。
ノアが小さく頷くのを確認して、白い大腿の間に自身の身を滑り込ませる。
掴んだ両脚を押し上げたなら、淡く桃色に色づいた窄まりが露わとなった。
待ち侘びるかにヒクつくその場所へ滾る自身を宛がって、ゆっくりと体重を沈めていく。
「――あ……っ……あぁっ」
隘路が開かれ、確かな質量を呑み込んでいく。
すべてが中の熱に包み込まれたとき、信じられないくらいの官能が呼び起こされて、静かな痺れが下から上へと駆け上がった。
「……痛くねぇ?」
「う、ん……きもち、い……」
肌と肌が擦れ合い、粘膜が絡み合う。互いの体温を溶かし合うような濃厚な情愛の交わりは、これ以上とないほどに心を満たしてくれた。
ノアそのものを思わせる愛らしい中心が、ぴんとその存在を主張して、先端から蜜を零して震えていた。
ルイアスはそれをそっと握り込んだ。ゆっくりと扱いてやりながら、腰を揺らめかせ始める。最初は緩慢だった動きが、次第に激しいものとなっていく。
それは優しくしてやりたいと訴える理性とは裏腹に、ひどく余裕のない抽挿だった。
「んっ、あ、あ、あっ」
ノアはルイアスの背中に細い腕を回し、まるで今この瞬間だけが世界のすべてであるかのように、強く、きつく縋り付いてきた。
結合のたびに弾けるひそやかな潮奏が、退廃的な色香を孕んで室内に響き渡る。
「……ルイ……るい……ッ」
「……っ……ノア……!」
互いの動きが、余裕のないものとなっていく。
ノアはその身を激しく揺さぶられながら、ルイアスの頭をくしゃくしゃに掻き抱いた。
まるで世界に二人きりとなったような、濃密で苛烈な時間が過ぎていく。
「だめっ、も、でちゃ……あ、あっ、ぁ――……ッ!」
ノアの身体が大きく弓なりに撓むと同時、腹部に熱い奔流が散った。
息をすることさえ忘れ、逃げ場のない絶頂に肢体を痙攣させながら、熟れた回廊が幾重にも質量を締め上げてくる。
「っく……――ッ!」
内側から爆ぜるような疼きが奔流となって押し寄せ、最後は粘膜の収縮に促されるように、ルイアスもまたノアの中で果てた。
やがて嵐が去り、二人は乱れたシーツの中で、互いの心臓の音を聞きながら横たわっていた。
「明日、神核を壊したらさ」
ルイアスは、ノアの濡れた前髪をそっと払いのけ、微笑みかけた。
「オムレツ、作ってくれよ。マザーも待ってるって」
ノアは胸元に埋めていた顔をゆっくりと上げ、ルイアスの金の瞳を真っ直ぐに見つめた。
逸らさない。
瞬きすら惜しむように、その眼差しを瞳に焼き付けるように、ノアはルイアスを見つめ返した。
「うん、約束」
ルイが浮かべた花を綻ばせたようなその微笑みは、ルイアスが何よりも焦がれて止まないものであり、ずっと取り戻したいと願い続けたそれだった。
それなのに、こんなにも胸が締め付けられるのは何故なのか。
真っ直ぐに見つめてくるその眼差しに、心の底から安堵しているはずであるのに、胸の裡を言い知れぬ澱(おり)が這っている。
「一緒に帰ろう、ノア」
「……うん」
ルイアスは胸に立ち込めるものを振り払うように、ノアを強く抱き締めた。
何も心配することはない。
ノアの温もりは確かにこの腕の中にある。ノアの瞳は、真っ直ぐに見つめ返してくれる。
心地の良い充足感と疲労感を覚えながら、ルイアスは幾らもしないうちに深い眠りへと落ちていった。
雨はなおも降り続いていた。
ノアの金の瞳は、深淵の向こうにある未来を見つめていた。
その眼から、堰を切ったように涙が溢れ出すのを、既に夢の中にあるルイアスは知る由もなかった。
「……ごめんね、ルイ」
ノアは眠る幼馴染の頬に、音も立てずにそっと唇を寄せた。
枕元に横たわる二振りの剣は、暗闇の中で、静かに降り注ぐ雨の音を聞いていた。
ともだちにシェアしよう!

