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Episode After 裏側の約束
― 魔剣×ノア ―
「オルフェ。僕は、ルイに僕を殺させたくない」
その眼差しは、もう魔王のものではなかった。
魔王のものであるはずの金の瞳には、ノアという個人の強い意思が宿っていた。
「……それが、お前の願いか。お前はあくまでも、勇者を想い続けるのだな」
オルフェの心が、軋むように痛んだ。
だが同時に、理解する。
神のシステムを止める唯一の方法を実行すれば、魔王の完全体であるノアは神の元へ召され、不完全な勇者は人としてこの世に残されるということを。
神核の間へ至るには、魔剣である自らも消えることとなる。
それ即ち、ノアと同じ場所へ辿り着けるということだ。
その場所に、あの勇者は存在できない。
ノアの心を搔き乱すあの勇者がいなければ、ノアは自分だけのものになる。
ノアをその腕に掻き抱きながら、オルフェは歪んだ歓喜を瞳に宿して囁く。
「……いいだろう、ノア。その願い、叶えてやろう。神核を穿てば、システムは崩壊する。魔王であるお前と、魔剣である私は、光のなかに融けて消える。……だが、あの勇者は違う」
オルフェの長い指が、ノアの涙を拭う。
その眼差しは、声音は、恐ろしいほどに甘い。
「あれはまだ完全体に一歩及ばない。システムを壊せば、あの男は『人』として現世に弾かれ、生き残る。――お前の望み通り、あれがお前を殺して罪を背負うことはなくなる」
「ルイは、助かるの……?」
勇者を想い、瞳に宿る光。
それを視たくはなくて、オルフェはノアの首筋に顔を埋め、その白く柔らかい肌に深く牙を立てた。
痛みに息を詰めるノアを気配だけで感じ取りながら、その耳元に唇を寄せる。
「助かる。その代わり、あの男はもう二度と、お前に触れることはできない。消失の先で形を失い、闇の中で私と共に融けて混ざり合っても良いのなら……。あの男のいない永遠の中で、私だけのものになってくれるのなら――」
「……うん。オルフェとなら、怖くないよ」
その決断は、自らに対する愛などではないことを知っていた。
あの男を想うが故の、自己犠牲であることも。
――それでも。
「ノア。私はお前を独りにしない。ずっと、お前と共に在ろう」
「……ありがとう、オルフェ」
孤独に震えていた細い身体を、もう独りにはしたくない。
オルフェは昏く歪んだ慈愛を腕の中の命に注ぎ、その温もりを腕の中に囲い込んだ。
※
― 聖剣×ノア ―
「……ルイには、言わないで」
ノアは、ラグエルと向き合っていた。
神核に触れれば、完全体であるノアは消えてしまうこと。
ルイアスだけが、この世に残されてしまうこと。
それを、ルイアスに伏せろと言う。
それは彼にとって、あまりに残酷な結末を招くことになると知りながら。
「何故だ」
ラグエルは知っていた。
ルイアスがノアを取り戻すため、その一心で前へと進んできたことを
ノアを救いたいと願い、それが叶わぬなら共に消える覚悟も厭わないことを。
だからこそ、彼に「生きて欲しい」と思ってしまう自らの願いを呑み込もうとしていた。
きっとそれは、ルイアスの願いとはかけ離れているだろうから。
「言ったら、ルイは絶対に僕と一緒に消えようとする」
「それがお前の望みではないのか」
「違う」
ルイアスのものよりもさらに神の色に近い瞳が、真っ直ぐにラグエルを見る。
「僕は、ルイに生きて欲しい」
同じなのか。お前もまた、浅ましくそう願ってしまうのか。
「私は聖剣だ。勇者に嘘を吐くことは許されない」
「分かってる
「ならば何故」
「貴方もルイが大切でしょう
「……当然だ
「ルイは、僕がいなくてもきっと生きていける」
その言葉に、ラグエルは思わず声を荒げた。
「……っ……お前は、あいつがどれだけお前のことを……!」
「でもね。僕がいる限り、ルイは死ぬことを選ぶんだよ」
ノアの眼差しが、切なく歪んだ。
浮かびそうになる涙を、必死に堪えているような眸をしていた。
「分かるでしょう、ルイを近くで見てきた貴方になら」
「それは……」
分かっていた。
真実を知ったとき、ルイアスが選ぶであろう道など、解りきっている。
戻りたい場所があると言っていた。
だからこそ、諦めないとも。
ルイアスが真実を知れば、彼は必ずノアの元へ行く。
「ノアだけが消える」事実を知った瞬間、ルイアスは絶対にこの方法を選ばなくなる。
選ばなければ、神の描いた台本通りノアを殺すしかなくなる。
あるいは、完全体になって共に消えようとするだろう。
ルイアスにとっては、愛する者と共に消えた方が幸せなのかもしれなかった。
それを、彼が望むだろうことも解っていた。
初めて触れた彼の手。
震えながら、それでも誰かを救おうとした手の温もり。
あの温もりを、失いたくはないと願ってしまった。
聖剣としてではなく、一人の存在として願う。
彼に「生きて欲しい」と。
「お前は、それでいいのか」
「……出来るなら、戻りたかったよ。でも、それはもう叶わないから」
「ルイアスと共に行きたくはないのか」
「僕は、ルイを縛りたくない。僕のために、ルイの未来を奪いたくない。生きられる可能性を、失くしたくない」
「……ルイアスは、お前を救いたいと言っていた」
「うん」
「お前の救いは、そこにあるのか」
「うん。そうだよ」
――ならば。
「その救いは、ルイアスの望みにも繋がるのかもしれないな」
「そうだといいな」
「――分かった。お前の望みを聞き届けよう」
ルイアスが愛したノアという個人の意思を、尊重しよう。
それが、ルイアスの願いを叶えることにもなるのなら。
「ありがとう。ラグエル」
ノアは花開くように微笑んだ。
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