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第4話 歩幅を合わせて
「良かった、長官殿が話の通じる方で」
夕方にリュノを迎えにきたルベルは、昨日見たのと同じ、騎士らしくない砕けた恰好で執務室を訪れた。
ルベルはそのまま長官と先輩に丁寧に礼を言い、ヒルデ先輩からは、リュノを決して危ない目に合わせないことを誓わされていた。
制服のローブを置いたリュノは、そうしてやっと長官と先輩に見送られて執務室を出たところだった。
「……すみませんでした……。なんだか、お手間をおかけして」
隣を歩くルベルの顔を見上げると、ルベルはカラッとした笑顔で首を傾げた。
「なんにも手間なんてないよ。騎士でもない人に現場に来てもらうために、お互いやるべきことをやっただけだよ」
「そういうものですか?」
どう考えても少しばかり過保護だったように思えて首をひねると、階段の前でルベルはリュノに手を差し伸べた。
「お姫様扱いしたいわけじゃないけど、僕らにはこういうことのできる人もいるからさ」
促されて手を取ると、あっさり、ひょい、とルベルはリュノを肩に担ぎ上げた。
慌てたリュノの体を、ルベルの魔力が薄く覆う。
「——っえ!」
「いくよ、口閉じててね」
ふわり
「————————!!!」
不意に訪れた浮遊感と、落下する体。
身体中の血が怯えて冷え切ったような感覚に、リュノな言葉もなくルベルの首にしがみついた。
すぐに、軽い衝撃が体をおそい、ルベルがリュノごと体をかがめてその衝撃を逃す。
体を覆っていた魔力はすぐに霧散し、そのままリュノは床に下ろされた。
「わ、……わわ」
「おっと。ごめん、大丈夫?」
膝がかくかくとゆれてうまく立てなくて、近くの支えにすがりつくと、それはルベルの腕だった。
リュノを抱えて階段をあっさりと飛び降りた男にすがりつきながら、むかむかっとした気持ちが湧き起こってくる。
「大丈夫なわけ、ない!」
そんなことを聞くくらいなら、最初からやらなきゃいいのに!
「うん、そうだね。ごめんね」
あっさりとした謝罪に思わず顔を上げると、ルベルは少し困ったように眉を下げて言葉を続けた。
「ま、だからさ。書記官殿の言うことももっともかなって。
もしもリュノを抱えて逃げることがあったら、俺また同じことすると思うし」
「——あ、……うん」
言われた言葉に思わず頷くと、ルベルはリュノの肩を支えて小さく笑った。
「でも、急にやるのはダメだよな。——ごめんね」
「……う、うーん……」
ずるい。
こんなふうに謝られたら許すしかないのに。
こっちの方が大人げなく思えてしまうから。
それで、はたと気がついた。
「——あ、年齢!」
「え?」
思わず声を上げてしまったけど、もう自分の大人気なさを痛感したあとだったので、リュノの方が一つ歳が上であることをしぶしぶと告げた。
ルベルは「へえ」と相槌を打って、それから何事もなかったかのように街へとリュノを誘った。
ルベルは、人ごみの中を歩けばリュノをそれとなくかばい、屈託のない笑顔でリュノの誕生日を尋ねた。
「もうじきだよ。五月のあたま」
「ふうん。じゃあ、少しの間リュノの方が二つお兄さんだ」
その言葉に少し唇をすぼめて押し黙ると、ルベルはひょいとリュノの顔を覗き込んできた。
「俺の誕生日は夏のはじめなんだ。だから母ちゃんが夏 って名前にしたの。リュナスは、雪?」
「あ、——え?よく知ってるね。古い言葉だよ」
今はもう東の限られた地域に住む人々しか使っていない、古い言葉。
リュノの村はその人々と交流があったけれど、そうでなければほとんど知る人のない言葉だ。
「親父の仕事の関係で、いろんな言葉の本があったよ。ほとんど読んだことないけど」
「ええ、もったいない」
リュノの言葉に、ルベルはヘラッと笑って肩をすくめた。
「絵本ならなんとかなっても、専門書とかは無理だよ」
「はは、確かに」
そんな、なんでもない話をしながら、飲み屋の集まるエリアへと足を運ぶ。
ルベルは少しずつリュノと距離を縮め、リュノもその距離を受け入れた。
「じゃあ、ルベルは夏が好き?」
「んー。まあ、それなりに?リュノは?」
たった一人、長時間酒場に張り付くのは目立つから。
リュノに依頼されたのは、ルベルの連れの役。
それから、ルベルの示す人の、魔力の流れを見ること。
見えたものをそっと教えるのに、リュノはなんの技術も習っていないから、
距離が近くても不自然にならないよう、恋人役として同行を依頼されていた。
「うん、好きだよ。夏の太陽はあったかくて柔らかくて」
「ええ?!めちゃくちゃ暑いじゃん!」
その言葉に声を上げて笑うと、ルベルも肩を揺らして笑う。
そうして飲み屋街に足を踏み入れる頃。
ルベルがそっとリュノの耳元に顔を寄せた。
「ね、肩抱いてもいい?」
「——ん」
足の運びはそのままに、眼鏡を外して、少しだけルベルの方へ体を寄せる。
ルベルの手は、少しだけ遠慮がちにリュノの肩に乗った。
「外すの?」
「うん。執務室じゃないし。それに、見 え た 方がいい。——でしょ?」
ルベルの顔を見上げると、歩みを進めるたびに二人の間に隙間ができたりなくなったりする。
それで、リュノはもっとルベルに体を寄せて、ルベルの足の運びに自分も合わせてみた。
「——え、リュノ?」
「もう少し歩幅狭くできる?ちょっと合わせて歩くの難しい」
ルベルの肩口に頭を寄せたまま、少し顔を見上げて言うと、ルベルは小さく二回頷いて、歩くスピードを落としてくれた。
「——恋人なら、優しくしてね」
「ん——。うん……」
その日は、リュノも足を踏み入れたことのあるバーを訪れ、二人でしばらくの間酒を飲んだ。
とはいえルベルは仕事中なので、酒は一杯だけ。
それでは店主に申し訳なくて、リュノは普段通りに酒を楽しみ、それから店内の雰囲気を楽しんだ。
一人じゃない来店は初めてで、
——正直、ルベルからの依頼がなければ、誰かとどうでもいい話をして時間を潰すことの楽しさを、知ることはなかったんだろうと、思った。
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