6 / 17
第6話 友達の距離
「乾杯ー!」
「乾杯。おつかれ」
ルベルが嬉しそうに掲げたジョッキに、リュノもグラスを合わせた。
ルベルと初めて会ったバー、奥まったところのテーブル席に二人座る。
先日ルベルが取り押さえたのは、最近発生していた若い女性の失踪事件に関わる人物だった。
酒のグラスに薬を入れて、酩酊状態になったところを介抱するフリで連れ去る手口だったらしい。
「リュノがいてくれてよかった。ナンパして女の子お持ち帰りしてる奴を全員しょっぴくわけにもいかないからさあ」
「あははっ、そんなことしたら店主に叩き出されるよ」
ホントだよ、と言いながらルベルがジョッキをあおる。
この日は仕事ではなくて、関係者を一人引っ張れたことのお祝いだから、ルベルもちゃんと酒を飲めた。
「ごめんね、だいぶ夜付き合ってもらっちゃって」
「いいよ。——なんか、こういうのあんまりなかったから、俺楽しかったし」
知り合いの少ない王都で、この後の夜のことを考えずにのんびりできる相手と食事を楽しむ。
そんなことは、これまでリュノがしたことのない経験だった。
「こういうの?」
ルベルの言葉に、少し笑ってまたグラスに口をつけた。
グラスを置いて、その水面を眺める。
「友達と飯食って、酒飲んで。——みたいな」
「ああ」
ひょいと、視界にルベルの顔が入り込んできた。
「俺、友達にしてくれた?」
ルベルの楽しそうな目に、ひゅっと息を吸い込む音が鳴った。
何を言うべきか迷って、それから目をそらして口を開く。
「——じゃなくてもいいけど!」
「えっ、待って、友達にしてよ。リュノと喋るの楽しいよ俺」
「ふははっ」
リュノも、ルベルと喋るのは楽しかった。
「——え、そんな勉強してる暇なかったんじゃない?」
話をしている間に、ルベルに魔法適正試験を受ける予定があることを聞いて、試験日程から残りの日数を数え直した。
「んー、試験の前だけ勉強したり練習するわけじゃないから、問題ないよ。
でも、試験の日に試験受けられなかったらまた一年待たなきゃだから、本当にリュノには感謝してるんだ」
「あー……。確かに……」
現役騎士の魔法適正試験は、騎士錬成院の試験と共に行われるらしくて、各科目年に一度しか行われない。
だから、仕事に追われて受験できなければ、認定を受けるためにはまた一年待つことになる。
「役に立ったみたいでよかった。試験頑張ってね」
「ん、ありがとう。でもなんか、趣味みたいなものなんだけどね」
「趣味?」
リュノが首を傾げると、ルベルは眉を下げて笑う。
「魔法はさ、使えれば使ったらいいんだよ。
んー……、例えば俺、前リュノを抱えて階段を飛び降りたじゃん?」
「あー……、うん」
飛び降りた時のぞわりとした感覚を思い出して思わずしかめ面になると、ルベルが苦笑いしながらリュノの眉間をつついた。
「ごめんって。……あれさ、重力魔法使ってるけど、俺、重力魔法はまだ試験受けてないんだよね」
「え、——あ、なるほど」
使えれば使ったらいい。
ものすごく腑に落ちて、思わず首を縦に振っていた。
「俺はさ、見習いから騎士になったから。なんかこう、これ出来ますよっていう証明書みたいなのがあるのって安心するんだよね」
空になったジョッキを掲げて店員を呼びながらルベルがぼやく。
リュノにも、その気持ちはわからないでもなかった。
「わかる。……俺も、騎士団でどれだけ働いたかってのが、俺の証明書みたいなもんだもん」
根菜の酢漬けをつまんで、口の中でぽりぽりと噛み砕く。
甘酸っぱい味が口の中に広がって、食事の脂っこさをすっきりとさせてくれた。
「——でも、リュノはこのまま書記官を目指すんじゃないの?」
ルベルの言葉に、うっすらと笑いが込み上げた。
「……まさかぁ」
グラスを傾けて、口の中をリセットする。
泡立つエールは軽やかに喉の奥を滑り落ちて、今のリュノには少し物足りなく思えた。
「——ルベル、俺も葡萄酒欲しいな」
「ん?いいよ、一緒に頼むね。でも飲みすぎたらダメだからね」
お互い、深く踏み込まない、でも、お互いの領分を尊重する。こんな間柄での言葉のやり取り。
こんなにも、気楽で、楽しいものだとは、思ってもいなかった。
だから——。
「……あー……。」
次の朝。
安らかな寝息をたてるルベルの腕の中、生まれたままの姿で眠る自分を見つけた時に、昨日の自分を責めることは、できなかった。
「リュノ……?まだ早いよ……」
「……うん」
ぽやんとしたルベルの声に、少し眉を寄せる。
——ああ。
せっかくできた友達だと、思ったのに。
ともだちにシェアしよう!

