16 / 17
第16話 断るなんて、できない
長い沈黙の後。
少し姿勢を変える気配があって。
ゆっくりと顔を上げると、ルベルは、その魔力をざわざわとざわめかせていて。
小さく言った。
「進めましょう」
「——え……」
言われた言葉を一瞬理解できずに固まっていると、
ルベルは、机に置かれた確認票を手に取った。
「確認を進めましょう。——お互いの交友関係と、性嗜好の確認票です」
「——す、進めるって……」
言葉を遮って言うと、ルベルはこちらを見て、それからまた確認票に目線を落とした。
「あなたは誰が相手でも番うそうだし。
……俺は誰が相手でも嫌だけれど。
あなたみたいな人がいることを知って、他の誰かと番うならいいやって、無視できるほど無神経な人間でもありません」
「俺みたいなって、……どういうことですか」
ルベルは、リュノのことはわかっていないはずだ。
今までのこの短いやり取りで、リュノの何がわかったというのか。
「……知っている人に。騎士団に恩義を感じていて、自分のできることで、団のためになることなら、決して断らなさそうな人がいます」
「…………」
ルベルの言葉に、押し黙る。
「あなたも。——あなたが、ウルラになりたいわけじゃなさそうだ。
……あなたがその身を差し出すことが、団のために、——国のためになると知っているから、相手が誰であってもいいのでしょう」
ルベルの言葉は、リュノを詰っているように聞こえた。
「なら、俺もそうします。俺は、ディッカーになりたいわけじゃないけれど、俺が、この身を差し出すことが、国のためになるなら。
相手を選ぶこともないし、嫌がる理由もない」
「そんな——。そんな、自棄みたいに選ばないでください」
「あなたは」
ルベルが、自分をいたぶっているように聞こえて思わず声を上げると、ルベルの静かな目がリュノを刺し貫いた。
「あなたは、自棄でしたか?」
自分が、
……どうだったか。
「俺、は。——別に……自棄とか」
自棄になってそう決めたわけではない。
はっとして、口をつぐんだ。
そうではない。
ここにいるのはリュノではなくて、ルベルの、ルベルと初めて会ったばかりの、ウルラだ。
「俺は、そんな風に思ってこの番いを引き受けたわけじゃありません。
——ウルラに。なりたかったから」
「そう」
ルベルの魔力がまたざわざわとして、少し、重たく沈んだ色をしていた。
「だから、団のためとか、国のためとか。——考えてなんていません。
そんな風に思っているわけじゃありません」
「じゃあ、断りますか」
——断るなんて。
できない。
「確認をはじめましょう。恋人や配偶者の有無、——過去と、現在。……性的嗜好と、経験の、有無」
落ち着いたルベルの声が、確認票を読み上げる。
「俺からいきますね。恋人は、何人かと付き合ったことはありますが、今はいません。——振られてしまいました。
性的嗜好は、あまり気にしていません。いいなと思えば、性別はあまり関係ないから。これまでに男性も、——一人」
あなたは?
促されて、眉をひそめる。
受け身の同性愛者であることは、伏せておかなければならない。
ウルラになる人は、番う時のセックスでその体に魔力の道をつける。
肛門の、奥。
魔力の道は、ディッカー以外が触れることのできない場所になるから、
その先の人生で、ウルラが他の人に触れさせることのない場所に作るものなのだ。
受け身の同性愛者の場合、そこに道ができれば、この先の人生、もう他の誰かとセックスすることはできない。
だから、ウルラになる上で、受け身の同性愛者は、除外されるのだ。
手のひらを組み合わせる。
両手の親指を、お互いに強く押し当てて息をつく。
「恋人は、いません。性的嗜好は、俺も、気にしません。後ろの経験はありますが、別にそうじゃなければだめなわけでもありません」
ずっと用意していた答え。
できるだけ嘘は少なく。
この先、もうセックスできなくなることは、もう気にしていないし、
誰ともセックスしなくなるのであれば、後ろが使えなくなることも、別にダメでもなんでもない。
「……本当に……?」
「え……」
ルベルの声が低くて。
なんと返せばいいかわからなかった。
「後ろの経験があるって。
それは、好きではなければ、あまりしないものではないのですか」
「どう……ですかね。俺は、他の方のことはあまり……」
ルベルの魔力が、重たく床の上に沈んでいた。
ともだちにシェアしよう!

