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第19話 雨上がり
おじさまは、貴族の家に出入りする商会の筆頭で、自らをレナウトと名乗った。
失礼をした。などと謝られてしまうと、家宰殿の手前、あまり強く断るのも気が引けてしまう。
それでも、魔力の流れはリュノを不躾に取り巻くようなことはなかったし、
貴族との付き合いを見せた上で、何か迂闊なことをしてくるとも思えず、リュノはありがたくその申し出を受けることにした。
「ご自宅までお送りしますよ」
「いえ、——食事をして帰ろうと思っていましたので、市場の前までで十分です」
さすがに、騎士団の所属だと知られるのは嫌で、市場まで送っていただくことにした。
華美でない、簡素な馬車はそれほど乗り心地がいいものではなく、思いがけないところでレナウト氏の堅実さのようなものを感じた。
道中、レナウト氏の扱う諸外国の酒類の話になり、昨年は葡萄酒が大当たりだったことをにこやかに語られた。
リュノに声をかけたバーでは葡萄酒の扱いはなくて、せっかくだから、葡萄酒の飲める店で食事をどうかと誘われた。
にこやかに、もちろん食事だけだとも添えて。
店に着く頃には雨も上がり、夕焼けが濡れた石畳を赤々と照らしていた。
だから。
ほんの一杯だけいただいたはずの葡萄酒に、これほど酩酊してしまうとは、思ってもいなかった。
世界が回って、意識が遠のく瞬間。
ルベルの顔が脳裏をよぎる。
あの晩、ルベルは、なんと言っていたっけ……。
なんとかその顔が、いたずらっぽく笑って言った言葉を思い出そうとしたのに、
思い出せたのはあの夜の、泣きそうな色の瞳だけだった。
それっきり。
リュノの意識はくるくると沈んで、川を流れる葉っぱみたいに、もみくちゃになった。
十三の誕生日を迎える少し前の、春。
村を取り巻く、家畜がのんびり草を喰む草原の向こう。
もうそのころには行動の輪に入れてくれなくなっていた幼馴染たちが、急にリュノをリス捕りに誘ってくれた。
久しぶりに仲間に入れてもらって、ウキウキしながらついて行った先、森の間を流れる川のそばでリュノが用を足していた時に、それは起きた。
始まりは、些細なことだったのかもしれない。
幼馴染の一人に、用を足す手元をひょいと覗き込まれた。
まだ毛も生えていないその場所を見られたくなくて体をよじると、体の大きな別の一人がリュノを羽交い締めにした。
驚いて声を上げた口元を乱暴に塞がれて、振り上げた足が、そこを覗き込んでいた一人の肩を押して、細やかな水の流れる川に突き飛ばしたから。
そいつは川から身を起こしたと思ったら、怒りで顔を赤くして、リュノの下履きを全部むしり取って、川に放り捨てた。
それから、面白がる他の何人かと一緒になってリュノを押さえつけ、まだ子どもらしいそこをつまんだり引っ張ったりして。
でも、何の反応もしないことを嘲笑って、リュノのことを男のなりそこないだとけなした。
川を流れる衣類を不審がってやってきた大人が見つけてくれるまでその時間は続き、
あの時、リュノの心は、滅多刺しに打ちのめされた。
ほんの少し、好きだと思っていた幼馴染すら、あの時、リュノをからかっておもちゃにする輪の中に、混じっていたから。
目を覚ました時に、両足と両腕を何かで縛り付けられていることに気づいて、パニックになることもできなかった。
足掻いて、抵抗して、なんとかまともに見せて生きてきても、
誰かがやろうと思えば、リュノの体の支配権なんて、こんなふうにあっさりと奪われてしまう。
あの時助け出してくれた大人——、たまたま村の近く、国境を訪れた騎士がいなければ、いずれ迎えていた未来を、迎えることになっただけだ。
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