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第21話 助けて
レナウトは扉を開けて廊下の人物と言葉を交わすと、そのまま部屋を出て行った。
少しの間じっとして、誰の気配もないことを確認し、それからそっと頭を上げる。
窓のカーテンは開けられており、外は真っ暗だった。
街の喧騒なども聞こえず、市街地からは少し離れた場所だと察せられる。
ここで大声をあげても、外にいる誰かに気づいてもらえることは期待できそうにない。
レナウトの私室なのか、寝台に長椅子、チェストと飾り棚、サイドテーブルがあるだけの、物の多くない部屋。
ただ、飾り棚の中にはいくつかゴブレットが並び、商品として酒を主に扱う商人の私室らしさが感じとれた。
腕を縛る縄がくくりつけられた寝台のヘッドボードを掴んで、脚を引き寄せる。
脚を縛る縄の結び目はくるぶしのほうにあって、なんとか自由のきく指先に、結び目を触れさせるのはかなり体勢がきつい。
「くっ……そ」
レナウトがそれほど長くリュノを放っておいてくれるとは思えなかった。
今の一人きりの時間をなんとかうまく使わないと、レナウトはリュノの体を好きにして、それからあっさりと変態じじいかどこかの店にリュノを売り飛ばすだろう。
ふくらはぎを腕に引っかけて、なんとか足を腕の上に持ちあげる。
それでも、結び目の表面をなぞるくらいしかできなくて、冷や汗がにじんできた。
「くそ……、背中つりそう……」
酒に何か混ぜられていたのか、普段より指先には力が入らないし、おかしな体勢を続けていて背中が悲鳴を上げているし。
身体中汗がにじんて脚が滑って、結び目に触れることすら難しくなっていて。
焦りしかなかったから。
まったく、異変に気がつけていなかった。
「くさ……っ、何、これ」
ふと気付くと、煙たいにおいが部屋に充満していて、心なしか室内の温度が上がっている気がした。
遠くから人々の怒号が聞こえて、遠くで家鳴りのような音がしている。
最悪の、想像をした。
——火事だ。
「嘘、……だろ。まじかよ」
脚を下ろして、寝台にくくりつけられた縄を掴んで引っ張る。
寝台の縁はミシリとも言わず、腕を縛る縄だけがぎちりと締め上がった。
「——っ!」
意識すると、どんどん室内の温度があがってきたように感じる。
煙たい空気に息苦しさも覚えて、はじめて、本当にマズいと感じた。
「だ、……誰、か。——誰か!助けて!——誰か!動けないんだ!」
レナウトにどうこうされる恐怖よりも、今、命の危険が迫っていた。
「誰か!」
声を張りあげるために吸い込んだ空気が、煙たくて喉の奥をいたぶった。
咽せて、言葉にならなくて、でも、声を上げるしかできない。
「誰か、助けて……!」
こんなふうに、見も知らないどこかで、火事に巻き込まれて命を落とす未来なんて、想像したこともなかった。
「誰か……」
ルベルのことを傷つけたまま、嘘で塗り固めた番いの関係を持って、まだのほほんと生きていけると、思っていた。
「——あ……、ルベル……っ」
こんなふうに死んでしまうなら。
もっと、ルベルのことを見ておきたかった。
あの優しい魔力の色を見ているだけでも、幸せだったのに。
煙たさで、目から涙が止まらなくて、もう、十分に声が出せなかった。
家鳴りのような音は近づいてきて、火が、もうそばまで回っていることを感じた。
助からないだろう。
——だけど。
最後まで、諦めてなんて、やるもんか。
息を吸い込んで、咳込みながら、声を上げる。
「……げほっ、だ、誰か!……たすけて……!」
ひときわ大きな音がして、
部屋の扉が弾けるように開いた。
吹き込む熱風。
転がり込んできた黒い影。
その後を追いかけるように這い広がる炎。
「——リュノ……!!」
途端に、体の周りが清涼な空気に包まれて、
それから、力強い腕に包み込まれた。
「縄……、なんてことを……!」
目の前、取り出した短剣でリュノの腕の縄を切り落としている、
ルベルがいた。
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