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第26話 変わらないもの
それから、ひと月ほどがあっという間に過ぎ去った。
一度長官に呼ばれて、この先管理課への異動を見据えて業務内容を変えていくことを打診され、
事件をきっかけに管理課に世話になったことが、リュノのキャリアの幅を広げることになった皮肉に苦笑いされた。
「もう一度確認しますが、……交渉はお断りになって良いのですよ」
管理官は、交渉前の最後の面談としてリュノを部屋に呼び出し、念押しのように番うことの決意を聞いた。
「——問題ありません。あの時も、別に何かされたわけではないですし、
……番い候補の方は、何か怖いことをするような方ではないと思っています」
そもそも、リュノが魔力を見える時点で、リュノがルベルのことに気がついていることなど、管理官にはバレていそうだったけれど、
管理官はそのことを問いただしも、確認もしなかった。
あくまで、リュノの知りうる情報で、番うかどうかをリュノが決める。
そのことを尊重しているように、感じられた。
七月の半ば。
騎士団がすっかりと夏を迎えたその日、
リュノは、顔を隠したままのルベルと、部屋で向かい合って座っていた。
「アルバ、……元気に、していましたか」
二人の間だけの名前。
柔らかなルベルの声で呼ばれると、それだけで、とても大切なもののように思える。
「はい。……ソルは?」
問い返すと、ルベルはしばらくこちらを見て、顔を俯けた。
一つ息を吐いて、魔力を揺らめかせてから、口を開く。
「……はい。」
もちろん……。
ただの、リュノとルベルだった時のように、
なんでもない話をして、そのくだらなさに笑えるような、
そんな気やすさを期待していたわけではなかったけれど。
ルベルから少し目線を外して、窓の外を見る。
ちょっと強めに鼻から息を吸って、まばたきをした。
「じゃあ、よかった。……はじめましょう」
そう言って腰を上げれば、ルベルの魔力は、ぴったりと体の表面を覆ったあと、重たく床を這うように流れ落ちた。
寝台を隠す衝立の前で足を止めて、背後を振り返る。
まだソファに腰掛けたままのルベルは、少し俯いたまま、先ほどの姿勢を変えていなかった。
「——やめますか?」
意地のようになって決意した番いの交渉だった。
今になって、気が変わることもありうる。
ルベルが言い出しやすいように、もう一度、声をかけた。
「やめましょうか?」
「アルバ」
ルベルが、静かな声でリュノを呼んだ。
「はじめる前に、一度、抱きしめてもいいですか」
「……ええ、——どうぞ……?」
なぜそんなことをしたいのかがわからなくて、
でも、断る理由など、リュノにはなかった。
ルベルはゆっくりと立ち上がり、リュノの目の前までやってきた。
そっと持ち上げられた腕が、リュノの背中に回されて、
恐る恐る抱き込まれた腕の中、少しだけ、ルベルに近づいてみる。
ルベルの胸が、息を吸って大きく膨らみ、それから、ゆっくりとしぼんでいった。
「何も、——変わったことは、ありませんでしたか」
変わったことは、あった。
自分の迂闊さゆえに、拐かされて、売られそうになり、
そこを、あなたに助けてもらった。
そんなことを口にすることはできなくて。
小さく首を振って応えた。
ルベルの腕に力がこもって、まるで、ルベルはしがみつくような強さでリュノを抱きすくめた。
何か、恐れていることがあるのなら、落ち着かせてあげたくて。
そっと、その背中に腕を回して、ぽんぽんと背中を叩く。
それから、リュノもルベルに聞いてみることにした。
「——ソルは、……なにか、変わったことは?」
問いかけた言葉に、ルベルの頭が下がってきて、リュノの頭に頬をすり寄せられた。
「何も。……ああ、いや。——今日、俺。誕生日です」
そうだった。
ルベルは、夏生まれ。
もう一度背中をぽんぽんとたたいて、それから、少し顔を上向ける。
「ソル。——俺に、何かしてほしいことはありますか?」
なにか。
ルベルの、お祝いになることをできたらいいなと、
そう、思った。
だけど、より一層リュノを強く抱きしめたルベルは、
小さな声で、うめくようにこぼした。
「——俺の願いは。……三ヶ月前、聞いてくれた時から、何も変わってない……」
その言葉は、リュノを頭から刺し貫いて、体を震わせた。
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