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《第1話》代わりがきかない運命に捕まったのは果たしてどちらなのか④
ニューヨークは四月でも寒かったから、つい、布団をかけすぎてしまったかもしれない。
目が覚めたら暑かった。
いや、暑いのは隣に誰かくっついているせいだ、と寝ぼけながら気づいて、次に、股間のあたりに妙な違和感があるのに気づく。
「……シロ、なにしてる?」
「あ、チカちゃん。起きた」
とっくに目を覚ましていた様子の、真白の明るい声が耳元で響く。
そうだ。予備の布団を干していないから、一緒にベッドに寝てもいいぞと言い出したのは、千夏だった。
「チカちゃん、明け方ぐらいからずっと、硬いやつをオレの腰にめっちゃ擦りつけてくるから、誘われてるのかと思って」
「…………それは朝勃ちだ。擦りつけたのは……すまん、寝ぼけてただけだ。……他意はない」
懐かしい夢を見た。
といっても、初舞台の初日の夢だ。決して、いかがわしい夢を見たわけではない。
「えー、溜まってるんじゃないの?」
いやらしいというよりは無邪気にからかう口調で言いながら、真白が股間を撫でていた手にぎゅっと力をこめる。
「……っ! おい、ばか、やめろ……!」
「金髪美女じゃなかったとしても、あっちで恋人とか作ってなかったの?」
「遊びに行ったんじゃないんだぞ、オレは!」
「でもほら、息抜きとかさぁ」
誘われることは何度かあった。その中には魅力的な相手も何人かいた。
「…………」
言えない。そのたびにおまえの顔が頭にチラついて、その気になれなかったなんて話。付き合ってもいないのに、重すぎる。
へらへらと笑っていた真白が、急に真顔になる。
「チカちゃんてさぁ……見た目、遊びまくっててもおかしくなさそうな色男なのに、色恋よりも芝居が好きってタイプだよね」
それは他の芝居仲間にも何度か言われたことがある。
思春期の多感な時期にてめーみたいなのに出会ったせいだよ、と言いたくなった。もちろん、言わないけど。
無遠慮に股間に触れていた手が離れる。
ほっとしたのも束の間、体を起こした真白が、ズボンをずり下ろしてきた。
「昨日、迷惑かけたお詫びに、舐めてあげるね」
「やめ……っ」
言い終わる前に、生あたたかいものに包まれる感触があった。
引き剥がそうとした手は、中途半端に空中で握りしめられる。
やめてほしいけどやめてほしくない。男の本能には抗いきれない。
いや、でも、これが真白でなかったら、容赦なく蹴り飛ばしていただろう。
おそるおそる、髪に触れる。
髪の毛はだいぶ傷んでいたけど、頭のかたちは当たり前だが昔のままで、懐かしかった。
それに、熱い舌の感触も。
気づいたら、言い訳ができないくらい昂ぶっていた。
ただ、最後にした時よりも明らかに上手くなっていることに、言いようのない黒い感情がこみ上げてくる。
愛人をしていたと言っていた。
詳しく聞いたところ、相手はアビレス飲料という有名な飲料メーカーの社長だという。確か、真白の父親と同じぐらいの年の男のはずだ。経済系の雑誌で、顔を見た記憶がある。中肉中背の、どちらかというと不細工な男だ。
そいつはおまえに優しくしてくれたのか? どれくらいの回数、抱かれたんだ。ちゃんと気持ちよかったのか? 少しくらい好きな気持ちがあったのか?
「チカちゃん」
声をかけられて、ハッとする。気づいたら、自分の手を甲を噛んでいた。
「……すっごい怖い顔してるけど、怒ってる?」
「怒ってる」
「ごめん……やりすぎた。謝るから、怒んないで」
無神経そうに見える真白だが、実はけっこう頭がよくて、いつも人の顔色を窺っていて、ちゃんと引き際を心得ていることを、千夏は知っている。
明らかにしゅんとした様子で口が離され、代わりに、顔が近づいてきた。
「キスは? キスもだめ? 昨日キスした時、嫌そうな顔してたよね? もうしない方がいい?」
あれは、あの時、真白が言った言葉が許せなかったからだ。キスがどうのとかいう問題ではない。
それに、別にフェラされたことがダメだったわけじゃない、と言いたかったけど、どう言えば、ちゃんと伝わるだろうか。
いや、最初は、フェラもダメだったはずだ。
もういい大人のはずなのにこの心は矛盾だらけで、年下の扱いすらうまくできない。
「なんでオレとキスしたいんだよ。おまえなら、いくらでも相手はいるだろ」
言ってから、ああこの言葉は選択ミスだったな、と思ったが、口に出したあとではもう遅い。
「なんで……って、さすがにわかるよね? はぐらかしてるつもり?」
真白は明らかに傷ついた顔をしたあとで、ギロリと千夏を睨んできた。
「……人肌が恋しいからか?」
絶対違う、と思いつつ、とっさに思い浮かんだ言葉を口にする。
「そういうことに、しといてあげるよ」
さっきのしおらしさとは別人のような荒々しさでキスされる。
舌を絡めて誘い出されて、口の中を舐めてと舌の動きだけでねだられる。
なんでこんなことをしているんだろう、と思いつつも体は勝手に動いていて、久しぶりの熱を堪能していた。
こいつの前ではいつも、理屈よりも情動が先に突き動かされてしまう。芝居でも、肉体的接触でもそうだ。
「……っ、は……」
息継ぎのために口を離した真白が、へにゃりと倒れ込んでくる。
「……もしかして、イッたか?」
腰が明らかに不自然にビクビクしていたし、なにやら湿った気配がする。
「……キスだけでイかされるとか、久しぶりなんだけど……」
潤んだ瞳は気持ちよさそうだが、悔しそうだった。
「へぇ。前にキスだけでイかされたのはいつだよ」
「その時の相手もチカちゃんだったんだけど……覚えてるよね!?」
意地悪く言ってやったら怒られた。
「ふーん。すけべオヤジにはそこまでのテクはなかったのか」
冷めた顔で言い捨てたら、今度は困惑される。
「……もしかしてチカちゃん、オレが他の男の愛人やってたって話、気にしてる?」
「そりゃあな……相手が、オレよりも顔がよくて歌もダンスも演技も上手い役者だったら『しょうがないよな、惚れたんだな』と納得するが、あの、商売で金を稼ぐこと以外取り柄がなさそうなおっさんじゃあな……」
「待って、その比較対象、なに!? 顔はともかく、歌とダンスと演技は関係ないよね!?」
「おおいにあるだろ」
「芝居バカ」
「うるせぇ。今さらだろ」
「……じゃあなに? オレが、チカちゃんよりも格上の俳優を愛人として捕まえられたら、『よかったな、いい男が見つかって』って喜んでくれるんだ?」
想像してみた。
……いや、余計にムカつくかもしれない。
本心はモロに表情に表れてしまったらしく、真白は、はーっと盛大なため息をつく。
「……下の服、気持ち悪いから、脱いでもいい?」
「ああ……」
もちろん早く拭いた方がいいことはわかっていたから、頷いた。
しかし下着ごとズボンを脱ぎ捨てたあとも真白は千夏の上からどくことはなく、腹の上に跨がったまま、ごそごそとなにかやっている。
「おい……なにしてる?」
シャツの裾が邪魔で、直接は見えない。
なんとなく予想はついたが、『まさか』という思いがあったし、止めようとしたらキスで動きを封じられた。
「お願い。少しの時間でいいから、好きにさせて。あとでいっぱい怒ってもいいから。……嫌いになってもいいから」
懇願の眼差しで言われて、千夏は『まさか』の予感が当たったことを悟る。
「おまえ……」
放置されたままだったわりに勢いの衰えていない陰茎をおもむろに掴まれる。
どこに宛がわれたのかは、見なくてもわかった。
「ん……」
角度が悪かったのか、真白が上半身だけ起こして、位置を調整し直す。
「は、はは……」
笑える状況ではないのに、渇いた笑いが口からこぼれた。
逆レイプっていうんだっけ、こういうの。
しかし、先端を押し込んだあとは、先に進まなかった。
「真白、痛い」
「ん……オレも痛い」
「なにやってるんだよ、ばか」
「チカちゃんとえっちしたいんだよ。わかんないの?」
「ちゃんと慣らしてないんじゃ、はいらないだろ」
「慣らしたよ。……これぐらい強引に突っ込まれても平気だったこと、あるんだけどなぁ。やっぱりチカちゃんのでかいから、難しいのかな……」
いつ、誰とした時の話をしてるんだよ。
「もうやめろ。……こういうことをするのはもうやめよう」
多分、最初から間違えていた。
十八歳の誕生日プレゼントは、別のものにすればよかったのだ。
「そんなこと言うくせに、なんでガチガチのままなの?」
「そりゃあな……」
「なにがいけなかったの?」
ぎこちなく触れあう熱は、ちゃんと繋がりあうこともできないまま、相手に痛みを与えることしかできない。
それなのに、お互いに熱が引かないあたりが、どうしようもなくばかばかしく思えた。
「オレが、男だったのがいけなかった? 宮部恭司の息子だったのがいけなかった? 役者をやめたのがいけなかった? ……なにが違えば、チカちゃんに……」
途切れた言葉はいつまでも続きが紡がれないまま、かわりに涙がこぼれ落ちて、千夏の頬を濡らした。
その涙をぬぐった細い指先が千夏の頬をすべって、そのまま首を撫でてくる。
もう片方の手も首にかけられた。
首を絞められるような格好だが、白い手に千夏の呼吸を止めるだけの力はなく、ゆるく喉を圧迫してくるだけだ。
「……懐かしいな、真白」
真白が最後に出演した舞台で、千夏が真白を絞め殺すシーンがあった。
立場は逆だが、同じような格好だ。
皮肉なことに、最初の舞台でも最後の舞台でも、千夏は真白を殺す役だったのだ。
思い出して、千夏は笑った。
「……オレさ、死んじゃいたい、って本気で思ったこと、今まで何度かあるけど、そのたびに、舞台の上でチカちゃんに殺された時のこと思い出したよ」
「へぇ」
「死ぬならチカちゃんに殺されたいな、と思って、死ねなかった」
「そりゃあ、役者冥利に尽きるな」
「チカちゃんのものにしてくれないなら、殺してくれる?」
痩せた頬に触れる。冷たい涙が、頬を濡らしていた。
「すごいなおまえ。作家の才能もあるかもしれないぞ」
「オレが言ってるのは、芝居の台詞じゃなくて……」
反論しようとする唇を掌でやんわりと塞いで、千夏は上半身を起こす。
「わかったから、いっかい抜け」
「やだ。最後までする」
「怪我させたくないから、頼むからどいてくれ」
子供のように駄々をこねる真白をキスでなだめると、物言いたげな眼差しのまま押し黙った。
「……本当に嫌いになってもいいのか?」
「……やだ。ほんとはやだ。嫌いにならないで」
ダメ押しの言葉に、涙声で言い返して、しぶしぶ真白は従った。
隣に転がった真白は、枕に顔を埋めて肩を震わせ始めた。
「シロ」
脅し文句にしてもさすがに言い過ぎたと反省した千夏は、懐かしいあだ名で呼んで、頭を撫でる。
「仰向けになれよ。……オレがしてやるから」
「……なにを?」
か細い声が、かろうじて返ってくる。
「さっきおまえがやろうとしたことだよ」
頬よりもさらに冷え切った足を掴んで、親指の先を口に含む。栄養不足からか、爪は欠けていた。
「……ちょ、ちょっと待って、なに……?」
なにをされたのかすぐに理解できなかったらしい真白が、あわてて顔を上げる。
「ん?」
その時千夏は、ちょうどくるぶしの骨の出っ張りに舌を這わせていたところだった。
青ざめていた頬にさぁっと朱が差すのが見てとれた。
くるぶしからふくらはぎ、膝の裏から内腿へとゆっくりと指先をすべらせていくと、いとも簡単に真白の体をひっくり返すことに成功した。
「……さっき、『こういうことをするのはもうやめよう』って言ってなかった……?」
「やめられるんなら、とっくにやめてる。……おまえだってそうなんだろ?」
また、矛盾だらけだ。
いつも、こいつを前にすると、何かが狂わされる。理屈では説明がつかない情動に支配されて、自分でもどうにもならない。
「……オレのカラダ、もうあんまり綺麗じゃないよ。もし……」
「そうだったとしても、最初に汚したのはオレだ」
言いかけた言葉にかぶせるように言い放って、内腿をゆるく噛む。
「……っ」
綺麗じゃないと言うが、色白の肌には染みひとつないし、出来物も、怪我のあともない。
陰茎はいくらか成長したようだが、色は淡いままだ。
「や、やめ……」
後孔の中が見えるように指で広げたら、さっき乱暴に開こうとしたせいで入り口が少し赤く腫れていたが、中は可愛らしいピンク色をしていた。
「綺麗じゃねぇか」
呟いてから、舌を押し込む。
「あ、うそ……や、あぁぁ……っ」
湿ったやわらかな媚肉が舌を柔らかく締めつけてくる。
「やだ……まって、舐めるなら、ちゃんと洗ったあとに……」
いろいろ言ってくるのを無視して唾液をたっぷり塗り込んで、襞のひとつひとつを丁寧に伸ばしていく。
腰はずっと小刻みに震えていた。
陰茎を掴むと、「ひゃ、ぅ……っ」と高い声があがる。
大丈夫そうだ。萎えてない。むしろ新たな蜜をこぼしている。
軽くしごいてやっただけで、くちゅりといやらしい音がした。
「ひ、ぁ……チカちゃ、なんで、ぇ……」
「おまえをこれから抱くためだよ」
いったん舌を抜いて呼吸を整えてから言った。
舌のかわりに指を挿入して、陰茎の先端を舐めてやる。
「いきなり突っ込んだら、あぶないだろ。もっと自分を大事にしろ」
「う……」
震える指先が頬に触れてくる。
キスしてほしそうな顔をしていたので、親指で口元を拭ってから、キスをした。
「……キスしながらナカいじられるのと、前を舐められながらナカいじられるの、どっちがいい……?」
「キス、して……。チカちゃんといっぱいキスしたい……チカちゃんの顔、ずっと近くで見てたい……」
「オレの顔なんて見てもそんなにおもしろくないだろ」
「……自分がとんでもなく顔が整ってること、わかってないわけじゃないよね?」
「オレより顔が整ってるやつはこれまでたくさん見てきただろ」
幼い頃から芸能人に囲まれて育ってきた真白は、相当目が肥えているはずだ。
「オレはチカちゃんの顔が一番カッコいいと思ってるよ」
「はは……」
リップサービスだとしても、可愛いことを言ってくれる。
「そういえばおまえは、見ない間に顔立ちが大人びたな」
もうちょっと食べて肉付きがよくなれば国宝級のスターにも負けないぐらいの美形になるだろう、と思うのは、身内の欲目ではないはずだ。
「えっ……前の方が可愛かった、って意味だよね?」
褒めたつもりだったのに、真白はなぜか顔を引きつらせている。
「綺麗になった、って言ってるんだよ」
耳元で囁いて、さっきよりも甘いキスをする。
首に腕が回されてきて、少し痛いくらい強く引き寄せられる。
キスしながらの方が、圧倒的にナカの反応がよくて、最初は硬かったのが嘘のように、あっという間にとろけていく。
わかりやすすぎて、可愛かった。
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