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《第2話》アンハッピーエンド症候群②
生まれつき色白で、小さい頃からよく、真白という名前がよく似合うと言われていた。
でも自分では、肌が白いのはあまり好きじゃない。そのせいで『お人形さんみたいね』と言われることも多かったからだ。
真白という名前もあんまり好きじゃない。色のない空白を意味しているようで、自分の内側の空っぽ具合をそのまま示されているようで、いい名前だとは思えなかった。
でも、千夏に『シロ』と呼ばれるのは好きだ。
最初に呼ばれた時は『犬の名前を呼ぶみたいだね』と笑った記憶がある。
もっとも、千夏にそんなつもりはなくて、確か、『チカちゃん』と女の子みたいにいつも呼ぶことの意趣返しだったはずだ。
そのくだらなさが、心地よかった。
引きこもり生活のせいでますます健康的とは言えなくなった白い皮膚に点々と赤い印がつけられていくのは、想像していた以上に気分のいいものだった。
「千夏」
二の腕の内側にまで丁寧に痕をつけている男の名前を呼んだ。
「どうした?」
珍しく呼び捨てで呼んだ真白に、気分を害した様子はないが、不思議そうな視線が向けられる。
「んーん。チカちゃんの名前、好きだなぁと思って」
千の夏。とてもいい名前だ。灼熱の夏の熱さをすべて凝縮して、それを冷たい鉄の鎧で覆い隠したような彼にぴったりの名前だ。
「……昔は、女っぽい名前だとバカにされるのが嫌で、ちゃん付けで呼ばれるのはもっと嫌だったが、おまえがチカちゃんチカちゃんとしつこく呼んでくるから、慣れてきたな」
「ねぇ、夏を千回経験するためには、千年生きなきゃいけないよね? 千回分の夏が詰まってるってすごいね」
「……舞台だったら、千公演分ですむ」
他愛のない戯れ言を千夏は笑い飛ばすでもなく、静かに告げて、今度は手首の内側に口づけてきた。
「……四年ぐらいあれば千公演ぐらい上演できる?」
「休演日も含めると……まぁ、そんなもんだろ」
同じ作品を千回も上演するようなロングラン公演に千夏は出演したことがないはずだが、千回も同じ夏を経験するというのは、どういう気分だろうか。さすがに気が狂うだろうか。
でも、千夏なら、初日と同じだけの熱量で最後まで駆け抜けるんだろうな、と思う。そういうところが、好きだった。
ぼんやりしている間に指を絡められて、手の甲にも口づけられた。
「綺麗な指だな」
千夏は、真白の体の造形を気に入っているらしい。
ただ、その触れ方は、愛しいものに触れているというよりも、貴重な美術品にでも触れているような時があって、純粋に喜んでいいのかわからなくなる。
カーテンを閉めていない寝室には、夕焼けの光が差し込み始めていた。
「そういえば夕飯、なに食べたい?」
渡米している間に、千夏は自炊する習慣を身につけてきたらしい。千夏の帰りが遅い時は真白が作るけど、今日みたいにオフの日は、千夏が作っていた。
今日の午前中に二人で買い出しに行ったから、冷蔵庫には各種食材が詰まっていたが、具体的に今夜はなにを作ろうかという話まではしていなかった。
「チカちゃん」
「ん?」
「チカちゃんが、食べたい」
「……おまえなぁ」
神聖な儀式でもしているかのようだった千夏の表情に、人間臭さが滲み出る。
「オレは夕飯じゃねーよ」
そんなことを言うくせに、捕食を行う獣の獰猛さで、肩を囓られた。
「……そこは肉が少ないから、食べてもおいしくないと思う。たぶん」
くすくす笑いながら、千夏の顔を軽く押しのけた。
「じゃあどこなら食べてもいいんだ」
「えー……一番肉付きのよさそうなところ?」
「おまえの体、どこも肉付きが薄い気がするけど……ここか?」
片膝を持ち上げられて、内腿に緩く歯が立てられる。
「あっ……」
「確かに美味そうだな」
まだ痕ひとつなかった内腿に、赤い印をつけられる。
「そういえばさ、えろ漫画なんかで、太腿をキスマークまみれにするネタあるけど、ああいうのって、実際にやる人いるの?」
「……一応聞くけど、やられたことはないんだな?」
「オレはないけど、チカちゃんは……?」
「今からやってやるよ」
さっきよりもきわどい部分を吸われる。
「ん、ぁ……」
性器に直接触られているわけではないのに、こんなに気持ちいい。
キスマークが増えていくたび、息が乱れて、体がとろけていく。
「先走り、だらっだらじゃん」
内腿だけでもいくつ痕をつけられたのか数えきれなくなってきた頃、黙って口づけを繰り返していた千夏が口を開いた。
「……うう、ごめん。汚くて」
なんとなくそんな気はしていたけど、今さら恥ずかしくなってきて、掌で隠そうとしたら、先に千夏に手を押しのけられた。
「いい。してやる。あと、全然汚くないから」
大きく開かれた口が自身の一物を咥えるのを、ぼんやり眺めていた。
「ひぅ……あ……ぁっ、ん……」
男らしくて、カッコいい顔だ。その顔が男の欲望を咥えているなんて、不思議な感じで、見惚れるのと同時に、申し訳ない気分になってくる。
千夏は同性愛者ではなかったはずだ。
多分、自分が誘わなければ、一生男を抱くことなどなかっただろう。
「チカ、ちゃ……ん、んん……っ、ぁ……きもちいい……だめ……」
言いたいことがあったのに、言葉にする前に限界がきてしまう。
「でるから……くち、はなして、おねがい……ぁ……」
懇願の声もむなしく、口を離されるどころか喉の奥まで押し込まれる。
先端が圧迫される感じと、熱く湿った咥内で包まれる感触に耐えきれずに、真白はのぼりつめていた。
「ん――ッ」
腰がビクビクと痙攣して、結果的に喉を穿つような格好になってしまう。
気持ちよさと、罪悪感で胸がいっぱいになった。
ピクピクと跳ねる屹立が落ち着きを取り戻し始めてから、千夏はようやく口を離した。
枕元のティッシュを差しだそうとしたけど、指がうまく動かない。
その間に、千夏は濡れた自らの唇を指でぬぐって、その指についた唾液だか精液だかわからない体液まで舐めていた。
相変わらず涼しげな顔をしているので、なにを考えているのかはわからない。ただ、不快そうではないように見える。
「の、飲んだの……?」
「飲んだ」
「なんで」
「飲みたかったから」
「……気持ち悪く、ないの?」
引きつった顔で問いかける真白にかまわず、千夏はさらに、陰茎にまとわりついた残滓まで舐めている。
「おまえの一部を、気持ち悪いと思ったことはない」
ひととおり綺麗にしたあとで千夏は枕元のペットボトルを手にして、残滓ごと水を勢いよく喉に流し込むと、真白の唇に唇を重ねてきた。
「……次はどこに痕をつけてほしい……?」
囁いてくる声は色っぽくて、楽しげだった。
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