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《第2話》アンハッピーエンド症候群③
「うわ……」
風呂場の脱衣所も兼ねている洗面所の鏡を見て、思わず声がでた。
体中に痕をつけられたことはわかっていたし、その数が多いこともわかっていたはずだったが、鏡で改めて目の当たりにすると、予想以上に生々しかったのだ。
白い肌だから、余計に目立つのである。
(チカちゃんは、なんでこんなことしたんだろ)
最後はバックで突かれながら、背中にたくさんキスをされた。思い出して、また顔が熱くなりそうになる。
顔だけじゃない。下腹部の内側もジンと疼いて、真白は慌てて鏡から視線をそらし、シャワーで体を流しにいった。
今日はゴムを使われたから、後始末はそんなに大変じゃない。しかし腕も脚も重く、完全に流し終わるまでには時間がかかった。
「シロ? ご飯用意できたぞ。大丈夫か?」
脱衣所で体を拭こうとしたところで、ちょうど千夏が様子を見に来た。
千夏は適当に自分の体を拭いて真白を風呂場に送り出したあと、夕飯の支度をしていたのである。
「あー、うん。ごめん。大丈夫。ちょっとぼんやりしてただけ」
濡れたままの肢体を、さっと千夏の視線がすべるように確認する。
「拭いてやる。タオル貸せ」
「……ありがと」
恋人のように甘ったるい言葉をかけてくるでもなく、情人のように露骨な欲情を向けてくるでもなく、子供の世話でも焼くような千夏の態度は、昔とさほど変わらないように見えた。
「……悪い。やりすぎたな。消えるまで人前で脱ぐなよ」
しばらく無言で丁寧に拭かれていたが、最後にもう一度頭を拭かれるところで、千夏が申し訳なさそうに口を開いた。
「脱がないよ。そんな予定もないし」
「外に出る時は、ハイネックを着ろ」
「ハイネックの服なんて、いま持ってたかな……?」
「なければマフラーでいいから」
「さすがに暑いよ」
今週は気温が下がるという予報が出ているが、今は四月だ。マフラーをするほどではない。
「じゃあ、オレの春用のストールを貸してやる」
「……別に見せつけたっていいのに」
小声でぼそぼそと呟くと、千夏の呆れたような視線が向けられた。
「おまえな、今はメディアから遠ざかってるとはいえ、元は有名人なんだから気をつけろよ。そうでなくても、顔が整ってて目立つんだから、変なやつに目をつけられたら危ないだろ」
少々強引にシャツを頭にかぶせられて着せられる。
「……相手がチカちゃんだってバレたら困る?」
「そりゃあな。当たり前だろ」
「……もしオレが女の子だったら、堂々と交際宣言してくれた?」
下着は自分で履いた。
「…………」
「そういえばチカちゃん、恋人っぽい人は今まで何人かいたけど、一度も熱愛報道されたことないよね。付き合ってんのかと思ったらいつの間にかただの仕事仲間に戻ってるし、綺麗に遊ぶのが得意なんだね。うちのお父さんと違って」
最後の一言は余計だったかもしれない。
ものすごく嫌そうな顔をされて、真白は口に出したことを後悔した。
真白の着替えが終わっても、二人は脱衣所で向かい合っていた。
「……ごめん。褒めてるつもりだったんだけど……不快にさせたんなら、もう言わないよ」
真白が先に脱衣所を出て行こうとしたが、腕を掴んで止められる。
「あんまり……ガキに言うことでもないと思って言ってなかったけど、ちゃんと付き合ってたやつは一人もいない。たいがいは向こうからしつこく誘われて、役作りのためになるかと思って何度か個人的に会ってたりしただけだ。オレは基本的に、興味がないことには時間を使いたくないタイプだし、ほとんどは、公演期間が終わったら自然に関係も切れてた」
「ガキって……」
真白は苦笑してしまう。
「あの時はおまえ、中学生だか高校生だっただろ」
「そうだね……」
確かに千夏からすればガキだっただろう。世間的には、大人の世界を知るには早すぎる子供だ。
だけど、子供でも、恋はとっくに知っていた。子供なりに傷ついていた。
「……もし、オレよりも才能に溢れてて、オレよりも魅力的な役者がチカちゃんに迫ったりしたら、オレは捨てられたりすんのかな?」
「……は?」
真白が独り言のように小さい声で吐き出した言葉を聞いた千夏の反応には、明らかな怒気が含まれていた。
自己防衛本能により、真白は耳を塞ぎたくなる。
「ごめん! 今の、聞かなかったことにして!」
笑顔でごまかして千夏の腕を振り払い、脱衣所を出て行く。
「待てよ。話を……」
「いいよ、もう。それよりお腹すいたし。そういえば夕飯、結局何にしたの?」
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