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《第3話》アクスタと恋はできません②
まだ明るいうちから風呂に入るというのは妙な気分だった。
旅行先で、温泉に入った時の感覚に似ている。気分がふわふわする。
「十万円の現金渡されるよりも風呂でえっちしてほしいとか、おまえの価値観はどうなってるんだ?」
「あんなゴミ同然のガラクタに十万円の価値を見出すチカちゃんの方がどうかしてるよ」
お風呂でえっちをしてほしい。それが、真白が要求したわがままだった。
すぐに思いついたのが、それしかなかったのである。
「ガラクタとか言うなよ。あれも、おまえががんばってた成果だろ」
まじめな意見をしてくるわりに、お湯を張ったバスタブの中の手は、尻をいやらしく撫で回している。
真白は今、バスタブの中で向かい合う格好で千夏の膝の上に座らされていた。
「そんなにあれ、気に入ったんだ……?」
「ああ。ステージ衣装を着ているシロはいいな」
そういえば、あのアクリルスタンドとタペストリーに使われた写真の衣装は、初舞台の時の王子役の白い衣装にどことなく似ているかもしれない。
「ステージ衣装を着ているオレと、何も着てない目の前のオレ、どっちが魅力的……?」
我ながら子供じみた質問だとは思ったが、なんとなく浮気されているような気分になって、意地悪く聞いてしまう。
「どっちも魅力的に決まってるだろ。くだらないことを聞くな」
予想通り、思いきり呆れたように言い返されてしまった。
そうは言うけど、生身のオレとステージのオレに対するテンションが違いすぎる、とモヤモヤしていたら、いきなり尻の奥の窄まりに指先が触れてきた。
「ア……ッ」
「やわらかいな。お湯のせいか?」
「今朝もしたせいだよ……!」
今は午後三時すぎぐらいだ。
昼間から風呂でふしだらなことをしていることに後ろめたさを覚えたが、よく考えたら、日がすっかり昇ったあとの明るいベッドの上でもしていた。
完全に寝ぼけて、千夏の枕を抱きしめて愛を囁いていたら、先に起きてベッドを抜け出していた千夏がいつの間にか戻ってきていて、いきなりのしかかられたのだ。
「昨日の夜もしたしな……?」
笑いまじりの声が囁いてきて、熱い舌が耳朶を這う。
思い出したら、体の奥がゾクゾクと疼いてきた。
「……これ、お湯入ってないか? 大丈夫か?」
中指を挿入されながら聞かれる。
「ん……少し入ってる気がする……変な感じ……」
一緒に暮らしはじめて一ヶ月。セックスした回数は、もう数えきれないくらい。
でも、お湯の中でするのはこれがはじめてだった。
前に、終わったあとに中に出されたものをお風呂で掻き出してもらった時、もう一度挿れてほしくなってきて、せがんだことがあったが、あの時は断られて、体を綺麗にされたらすぐに寝かしつけられた。
だから一度、お風呂でしてみたかったのだ。
「嫌だったら言えよ」
「いやじゃないよ……きもちいい……」
中をまさぐってくる指は、相変わらず丁寧だった。
そんなに丁寧にほぐさなくてもすぐにはいりそうだけど、千夏はいつも準備に余念がない。
真白としてはもどかしいけど、中をまさぐられながら首筋に何度もキスをされるのは気持ちいいので、そのまま身を任せていた。
「一応言うけど、お湯の中で射精したら掃除とかもろもろ大変だから、出そうだったら先に言えよ」
「ん……気をつける……」
「いい子だな」
甘やかす口調で言われて、耳の中まで気持ちよくなる。
以前の千夏だったら、セックスの最中だろうがなかろうが、そんな甘い言葉は口にしなかった。
渡米前にセックスした時は……どんなだったっけ。
――ああ、そうだ。もっと苦しそうな……なにかとても悪いことをしているような、気まずそうな顔をしながら、それでも肉体の興奮にはあらがえずに、歪んだ表情でオレを抱いていたんだった。
思い出したら、胸が苦しくなってきた。
「チカちゃん……もういいよ……いれて……」
忘れちゃいけない。でも、今だけは記憶を上書きしたくて、か細い声でねだった。
「シロ……どうした?」
表情の変化を読み取った千夏が、優しく頬に触れてくる。
「……指だけでいっちゃいそうだから、はやく……」
「そんなにお湯の中、気持ちいいか?」
「お湯じゃなくて、チカちゃんの指が気持ちいいんだよ」
指が抜かれると、喪失感で体が勝手に震えたが、すぐにもっと熱くて硬いものを宛がわれる。
しかし、いつもよりもすんなり入らない。
「あ、ん……なんで、ぇ……っ」
「悪い。水圧で揺れて……ちょっと待ってろ」
両手で腰を掴まれ固定されて、勢いよく腰を落とされる。
「ふ、ぁぁあ……っ、ん……っ」
一気に奥まで串刺しにされて、凄まじい快感が走り抜ける。とっさに自ら根元を押さえていなければ、射精してしまったかもしれない。
「やばい……きもちいい……どうしよ……」
「いったん抜くか?」
「いま抜かれたら泣く……」
「…………」
奥まで咥え込んだまま、ゆらゆらと揺らされはじめた。
それに合わせてバスタブのお湯まで揺れて、不思議な感じだった。
「お湯が入った気がする……やっぱり難しいな」
「チカちゃん、お風呂でえっちしたことってある……?」
荒い息を吐きながら、真白は問いかけた。
「ないよ」
「ふふ……よかった」
「おまえも……ないよな?」
真白は答えるかわりに、中をぎゅっと締めつけた。お湯の揺れに慣れてきて、それぐらいの余裕はできたのである。
「こら。いきなりやめろよ」
千夏が軽く睨んでくる。
触れた肌越しに、千夏もドキドキしているのが伝わってきた。
「……怒らないから、正直に言え」
「マットの上でローションプレイをやらされたことならあるけど」
「……やっぱ聞かなきゃよかった」
ほら、そういう顔をするから、言わない方がいいと思ったのだ。
「ごめんね、『いい子』で待ってられなくて」
「いや……わかってる。おまえの気持ちにちゃんと応えなかったオレが悪い」
頭を撫でられ、頬を撫でられ、そのまま引き寄せられてキスをされる。
二人の体が揺れるのに合わせて、お湯もちゃぷちゃぷと音を立てる。
その音を聞きながら、真白はふとあることを思い出した。
「そういえば……あの社長、この間いきなり退任したみたいだけど、チカちゃん、なにか知ってる?」
以前、真白を愛人として囲っていた飲料メーカーの社長の話だ。ニュースでたまたま見て知ったのだが、ニュースでは社長が交代したと簡単に報道されていただけで、それ以上の詳しい情報は得られなかった。
「ああ……逃げたんだろう」
「逃げた?」
「三日前に日本を出国したのは確認済みだ。行き先は……マレーシアだったかな。当分の間、日本には戻ってこないんじゃないのか?」
「……なんで?」
予想以上の情報を千夏が知っていたことに、真白は驚いた。
「日本にいたら、警察に捕まるかヤクザに殺されるかの二択だから」
胸を舐めてくる舌は熱くて甘いのに、同じ口から淡々と紡がれる言葉は、なかなか物騒だった。
「……なんで?」
「悪いが、守秘義務があるから言えない」
「……チカちゃん、なにかしたの?」
「個人的にいろいろ調査して、然るべきところに情報を流しただけだ。別にオレが犯罪に関与したわけじゃないから心配するな」
「ん……っ」
乳首を強く吸われて、思わず体がびくりと跳ねる。
「なんで、そんなこと……」
もっと詳しく聞きたいのに、気持ちよすぎて、声が揺れる。
「今まで芝居で演じてきた、数々の極悪人の悪知恵が役に立ったな」
千夏は笑っているが、真白はつられて笑う気にはなれなかった。
凶悪と狂気の演技が似合うというだけで、佐渡千夏の本質は、真面目な善人であることはよくわかっている。
だというのに、色っぽく笑う目の奥に暗い炎がチラチラと揺れているようにも見えた。
「こわ……」
「はは、とんでもない男に捕まったかもしれないぞ、おまえ」
「……かもね」
それでもいいけど。とは口には出さずに、キスで伝える。
舌を絡めて、唾液を交換し合う。
全身がお湯で濡れているからか、いつもよりも、肌の密着度が上がっている気がする。
乾いた肌とも、汗ばんだ肌とも違う。くっつきやすいのにすべりがよくて、気持ちいい。
愛しいもののかたちを確かめるように手をすべらせて、千夏の上半身をなぞっていた。
二十八歳になった千夏は『もうあんまり若くない』とよく口にするが、肌の張りは健在で、衰えているようには見えない。
むしろ、渡米前よりも明らかに体つきが逞しくなっている。
前はこんなに、わかりやすく腹筋が割れてはいなかったはずだ。
千夏はアメリカでの修行の成果に対して満足がいっていないようだが、確実に成長している。
体つきだけじゃない。声の表現力も、以前よりも豊かになった。スタジオでお遊び程度の練習を一緒にしているだけでわかる。劇場で歌ったら、どんなに美しく響くだろう。
(かっこいいなぁ)
この人が自分のものだなんて、何度抱かれても、いまだに信じられない気分になる。
十年以上前から好きだったけど、どんどんカッコよくなっている。
「……シロ? 大丈夫か?」
千夏に抱きついて喘ぎながら、いつのまにか頭がぼんやりしてきたらしい。
急に動きが止まったかと思うと顔を覗き込まれて、体だけでなく思考もとろとろになっていたことに気づかされる。
「顔が赤い……おまえ、やっぱりのぼせたんだろ」
「だいじょうぶだよぉ。きもちよすぎて、ぼんやりしてただけ」
普通に喋ったつもりだけど、舌が上手く回らない。やっぱりあんまり大丈夫じゃないかもしれない。
「……いっかい抜くぞ」
「え、やだ」
「ちゃんと最後までしてやるから……立てるか?」
手を貸してもらって、ようやく立つことができた。
よく考えたら、こんな緩慢な動きではさぞ刺激が足りなかったことだろう。
「ごめん……あれじゃイけないよね」
「いや、あれはあれでよかったよ。でも……せっかくだから、もっと風呂ならではの楽しみ方をした方がいいだろ」
洗い場の壁にもたれかかる格好で背後から抱きしめられて、真白はその意味を理解した。
目の前には、縦長の鏡がある。全身丸見えだ。
「……チカちゃんのえっち」
「こういうの、期待してたんじゃないのか?」
官能的な声で耳元に囁かれて、背後から再び挿入される。
すっかりととろけた後孔は、難なく雄を受け止めることができた。
むしろ、お湯の感覚がなくなった分、千夏自身の体温が生々しく伝わってきてやばい。
「は、ぅ……だめ、いっ……ちゃ……ぁ……」
すでにそれなりの時間、挿入されていたというのもあって、限界はあっけなく訪れた。
イく時に思いきり中を締め上げてしまったせいで、千夏も低い呻き声をあげる。
吐き出した白濁は鏡を汚し、そこに映る二人の姿をよりいっそう淫らに演出する。
「これだと、後ろからでもシロの顔がよく見えていいな」
千夏はかろうじてこらえた様子なので、まだ達していない。昂ぶっている時特有の、ギラギラした眼差しが鏡越しの真白に向けられている。
「髪が濡れてるチカちゃん、めちゃくちゃセクシーでそそるね……」
見られるのは恥ずかしいけど、それ以上に真白は真白で、鏡に映るいとしい男の姿に興奮していた。
「このまま続けても大丈夫そうか?」
「もちろん……。奥、めちゃくちゃ突いて……あぁぁ……っ」
言い終わるやいなや、腰を激しく打ちつけられる。
硬くて太いもので弱いところを容赦なく擦りあげられて、余韻に浸る暇もなかった。
「ん……はぁ、はっ、ん……あ、ぅ……」
「……風呂場だと、声が響いてやばいな」
呟く千夏の声も、熱で掠れている。
「あぁ、ん……っ! チ、カちゃ、ん……オレの声、すき……?」
いったん息をついた千夏は腰を軽く引いて、今度は浅いところをゆるゆると刺激してきた。
「好きに決まってんだろ」
「歌ってるときじゃないオレの声も……?」
「……やらしく喘いでる時の声なんて、おまえの声聴くだけでイきそうになるぜ?」
肩口をゆるく吸いながら、色っぽく囁いてくる千夏の声も相当やばいと思う。
「イってもいいよ……何度でも犯して……んっ」
抜けるギリギリのところから、一気に最奥まで貫かれる。
「や、あぁ、あ……それ、だめ……っ」
「おまえの方がまたイきそうになってるじゃん」
「だっ……て、きもち、よすぎて、むり……」
真白の陰茎は透明な蜜をたらたらとこぼしている。そんなところまで鏡にしっかりと映っていていたたまれない。
濡れそぼった屹立を千夏の手が掴んで、しごいてくる。
「ひゃ、んッ……! チカ、ちゃ……」
「かわいいな、真白」
耳元で囁かれたのが決定打になった。
「ふぁ……、ん……んんんっ」
軽くだが、また達してしまった。
白濁が、千夏の手を汚す。
「…………チカちゃ、ぁ……っ!」
さすがにペースが速すぎる。千夏をイかせるまで体力がもつのか心配になってきた。
振り返って睨むと、なだめるようなやわらかなキスをちゅっとされる。
「ああ、おまえは、『かわいい』って言われるよりも『好き』って言われる方が好きなんだったな」
「……~~~っ!」
「ほら、拗ねるなよ。だっこしてやるからこっち向け」
また抜かれて、体勢を変えられる。
だっこといっても、そんな可愛いものではなかった。
今度は背中を壁に押しつけられて、千夏の両腕で足を抱え上げられる。俗にいう駅弁というやつだ。
両足が浮いている不安定な姿勢だが、過酷な舞台演劇の現場で鍛え上げられた逞しい肉体は、難なく支えてくれている。
「ひ、ぁ……ッ、ふか、ぁ……」
さっきまでと全然角度が違う。
全体重を預けているので、一番深いところまで突き刺さっている感じがする。
「……こんなこと、二年前のおまえにはとてもできなかったな」
感慨深そうに呟く千夏の息も荒く、限界が近づいているのが伝わってきた。
今でもだいぶ子供扱いされていると思うが、少しは大人として認められているということだろうか。
しかし、言葉の意味を問い返すだけの余裕は今の真白にはない。
「チカ、ちゃん……千夏……すき……」
バランスを崩さないようにしがみついて、喘ぎながらも、途切れ途切れに、愛の言葉をうわごとのように繰り返した。
「好き……だいすき……」
返事を期待したわけではなかった。ただ、言葉にしたかったというだけの、本能的なものだった。
返事を求める代わりに、キスを求めた。
舌を絡ませて、くちゅくちゅといやらしい音を立てさせる。
いまこの瞬間に死んでもいい、と思えるぐらいの幸福感に全身が包まれた。
うっすらと目を開いたら、千夏もこちらを見ていた。
欲に濡れた瞳だ。でもそれ以上に、愛しいという感情が伝わってくる眼差しだった。
その視線をいま、自分が独占しているのかと思うと、ゾクゾクとした興奮がつま先から頭のてっぺんまで駆け抜ける。
見つめ合ったまま、目線だけで愛を交わして、そのまま二人してのぼりつめた。
「あぁ、う……んっ、はっ、う……ン――ッ」
ドクン、と堰を切った欲望が肉襞を隅々まで満たして、濡らしていく感触があった。
余韻がすべて落ち着くまで、しばらくお互いに、すがりつくようにくっつきあっていた。
さすがに限界を迎えてくったりと力が抜けた真白の体を、千夏がそっと床におろす。
「……満足そうな顔しやがって」
大事そうに体を扱ってくれたわりに、ふにふにと頬をつまんでくる手は少し意地悪だ。
「……うん、すごく満足」
バスルームの窓から差し込む光は、まだ眩しいくらいだ。
贅沢な午後である。
「体、流してやるけど、服着るまで起きてられそうか?」
「寝ないよ。だいじょうぶ。そこまで体力ないわけじゃないから」
と言いつつも、真白の声はすでに眠そうであった。
何気なく自分の下半身を見下ろしたら、股の間から、少しずつそそがれた精液がこぼれだしているのが見えた。
「ふふ……チカちゃん、オレのナカにいっぱい出したね。チカちゃんもまだ若いじゃん」
ほんの気まぐれで、真白は自ら、雄をさんざん咥え込んだ後孔に指を突っ込んだ。
「オレがオンナノコだったら、妊娠しちゃいそーな量だね」
「…………」
憮然とした眼差しが真白をじっと見つめてくる。
「あ、またその気になった?」
「おまえはやっぱり一度寝た方がいいと思う」
しかし誘いはあっさりかわされて、頭からお湯をかけられた。
「えー、やだぁ。いま寝たら、夕飯までに起きれなくなっちゃう。今夜は一緒にお好み焼き作ろうって約束したよね?」
濡れた髪を掻き上げながら真白は文句を言った。
「わかったわかった。とりあえず綺麗にしてやるから、おとなしくしてろ」
下半身をいじっていた指は引き剥がされて、かわりに千夏の指が侵入してくる。
「あ、ン……」
つい色っぽい声が漏れてしまったのは、完全に条件反射だった。
「……おまえこそ、またその気になるなよ」
「あと一回ぐらいならここでしてもいいけど」
「風邪ひくからダメだ。指先ももうふやけてるだろ。そろそろ服を着ろ」
「じゃあ、なにもしなくていいから、最後にお湯につかろうよ。だっこされてお湯につかってのんびりしたい。あ、正面からじゃなくて背中から抱きしめてもらう感じで」
「…………」
「わがままで手がかかるやつだと思ってる?」
「……オレにそんなことされて喜ぶところは可愛いと思ってるよ」
「……っ!?」
シャワーヘッドが床に置かれて、今度は片手で両頬をまとめてむにむにされた。
「……いちいち照れるなよ。……ちゃんと好きだから、いい加減慣れろ」
「無理。今すぐキスして」
「…………」
だいたい、『可愛い』は最近たまに言ってくれるようになったけど、慣れるほど『好き』とは言われていない。
頬を掴んでいた手が首の後ろに回されて、ぐいと引き寄せられる。
こういう時は律儀に応えてくれるところは、本当に好きだ。
「チカちゃん、好き」
――ああ、また、オレが『好き』と口にした回数の方が増えちゃった。
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