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《第3話》アクスタと恋はできません⑤
「シロ……昨日のこと、その……覚えてるか?」
翌朝。目を覚ますなり、すでに身支度を終えた千夏にいきなり聞かれて、真白は面食らう。
「……オレはお酒飲んでないから、普通に覚えてるけど」
「そうだよな……」
ベッドの端に腰掛けたチカは気まずそうな雰囲気だ。
この様子では、千夏の方もしっかり記憶がありそうだ。
「チカちゃん、二日酔いとか大丈夫?」
真白はゆっくりと体を起こしながら聞いた。
「それは大丈夫だ。そこまで飲んでないしな」
「ふーん。そこまで飲んでないのにあんななっちゃうんだ」
肩を掴んで、真白からキスをする。
「もっと飲ませたら、どこまで激しく抱いてくれるんだろうね」
「もう、飲んでる時はしない」
「えー、今度、家で一緒に飲もうよ、って誘おうかと思ってたのにぃ」
「……そういえばおまえ、もう酒が飲める年になったんだな」
わりと本気で言われて、真白はきょとんとする。
「今さら!?」
真白は今、二十一だ。酒を飲める年齢になったのは、一年以上前の話である。
でもそういえば、二十歳になった時に千夏は日本にいなかったし、連絡を取り合ってすらいなかった。
正確には、真白が千夏からの連絡を無視していたのだが。
「よく考えたらオレ、チカちゃんに成人のお祝いもしてもらってない……」
というか、昔から千夏は真白の誕生日には興味がなかった。舞台の出演祝いで花は贈ってくるのに、誕生日プレゼントをもらったことは、十八歳の時に真白から頼んで抱いてもらった、あれ一回きりだ。
「あー……悪かったよ。今度なんかお祝いしてやるから」
「じゃあ、成人式用の袴を二人分借りてくるから、チカちゃんも一緒に袴着て写真撮って」
「なんでだよ。……まぁ、おもしろそうだからいいけど」
ちらりと時計を確認してから、千夏が立ち上がる。
「悪い。そろそろ行かなきゃいけない。あと、今日は泊まりだから、帰るのは明日の午前中になると思う」
「旅番組の収録だっけ?」
「そうそう。箱根行ってくる」
「箱根かぁ。いいなー。オレも行きたい」
真白も手で寝癖を軽く直しながら立ち上がった。
「来るか? 一緒に」
「へ?」
軽口にしてはやけにマジな顔を千夏がしていたので、真白は驚いた。
「あと十分ぐらいで支度できるなら待ってやる」
どうやら本気らしい。
「いやいや、マネージャーでもなければ付き人でもないオレがついていったらおかしいでしょ。オレが言ったのは、チカちゃんと個人的に二人で行きたいって話」
「ふーん、そうか」
玄関に行くと、すでに泊まり用のキャリーケースが用意してあった。
「どこに行きたいんだ。大涌谷とか?」
「まぁそのへん定番だよねー。あとは、芦ノ湖でアヒルボートを一緒にこぎたい」
「オレがアヒルボートに乗ってたら、明らかに場違いな絵面になりそうだぞ」
「いいじゃん。プライベートなんだから。絶対楽しいって」
「まぁ、そのうちな」
靴を履いた千夏が、ぽん、と真白の頭を撫でてくる。
「いい子で留守番してろよ。夜に知らない人がきても玄関あけるなよ」
「小学生じゃないんだから、いちいち言われなくてもわかってるよ」
「そうか」
にやりと千夏は口端をつり上げた。
「悪いな。今夜は相手してやれなくて」
子供扱いされているかと思ったら次はこれだ。
「……だから、別にほんとに毎日じゃなくていいってば」
「へぇ?」
意味ありげな笑みとともにキスされる。
「歌のデータ送るの忘れるなよ」
「はいはい。これからちょっと走ってくるから、戻ったら送るよ」
「ちゃんと走ってるのか。偉いな」
「筋トレだってやってるし、ダンスの方の課題もあとでやる。偉いでしょ? もっと褒めてくれてもいいよ」
「えらいえらい」
だいぶ適当な言い方だったが、頭をなでなでされたのが嬉しかったのでいいことにする。
「いってらっしゃい」
「ああ。写真、あとで投稿しとくから、時間あったら見とけよ」
「ん」
――写真?
疑問には思ったものの、これ以上引き留めるのは悪いと思って聞きそびれた言葉の意味は、その日の夕方頃には判明することとなった。
芦ノ湖らしき景色をバックに、例のアクリルスタンドがメインになっている写真が千夏のSNSに投稿されていた。
それから、本格的な天そばの横にさりげなくアクリルスタンドが添えられている写真も。
「…………」
箱根に一緒に行きたいとは言ったけど、そういうことじゃない。
非常に複雑な心境になった真白はスマートフォンの画面を見てはテーブルの上に画面を伏せてを繰り返し、悶々としていると、メッセージアプリの方から通知がくる。
送り主は千夏で、午前中に送った歌のデータについての感想メッセージだった。
おおむね褒められているが、『ここをもっとこうした方が』等の細かいアドバイスも長文でついている。
ロケで忙しいはずなのに、マメなことだ。
ついでに、筋トレメニューについての指示もあった。
ものすごく真面目な内容に、『あのアクスタの写真はどういうことなの』と問いただす気をそがれた真白は、おとなしく筋トレをすることにした。
まぁ、アクスタ写真については、昨夜すでにいろいろ意見してるし、真白も容認するようなことを言ってしまったあとだ。
千夏はもともと、日常的に写真を撮る趣味もないし、すぐに飽きるだろう。
そう考えて、千夏が飽きるまでなにも言わないことにした。
しかし、千夏による推し活写真の投稿は、それから毎日続けられることとなった。
その間に投稿を見たファン、あるいは興味本位で眺めにきた物好きが勝手に真白のことを調べはじめて、過去のインタビューで千夏が真白について語っている記事のスクショまで出回りはじめた始末だ。
真白がまだ子役をやっていた時の写真も出回っていて、『懐かしいなぁ』とつい思ってしまう。
それはいいのだが、一緒に住んでいる真白本人の現在の写真を一枚も撮っていないのに、あんまりいい思い出が残っていないアイドル時代のアクスタの写真だけが増えていって千夏の写真フォルダを埋め尽くしているというのは、どういうことだろう。
最初の投稿から一週間が経過した頃、真白はとうとう我慢の限界を迎えた。
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