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《第3話》アクスタと恋はできません⑥

「アクスタとご飯食べてる写真ばっかりじゃなくて、生身のオレとご飯食べてる写真も投稿してよ!」  夜、千夏が仕事から帰宅するなり、真白は玄関でそう叫んでいた。  千夏はやや面食らっている。  時刻は夜の十時。  今日の夕飯はそれぞれ別々に食べていた。  真白は千夏と夕飯を一緒に食べていないのに、アクスタは千夏がどこへいくにも一緒で、美味しそうなご飯の時間まで千夏と共有している。  自分自身の過去グッズに嫉妬するのもどうかしているとは思うが、悔しくて仕方なかった。  千夏は「ちょっと待ってろ」と言い残して上着と荷物を置きにいってからリビングのソファにやってきた。 「……オレと真白のプライベートのツーショット写真をオレのSNSに投稿していい、って認識で合ってるか?」  ものすごく真面目な顔で、千夏は冷静に切り出してきた。 「……友達、ってことでならいいんじゃないの? ほら、最近の若手俳優の子たちってさ、プライベートで俳優仲間の子と遊びに行ってる写真を普通にSNSに投稿したりしてるし、ツーショット写真ぐらいなら……スキャンダルにはならないんじゃないかなって……」  一番怖いのは、付き合っていることが世間にバレることだが、最近、情報収集目的でいろんな若手俳優を見ていたところ、距離感が異様に近い友人関係も珍しくないことがわかってきた。  一部のファンが勝手な妄想を繰り広げていることもわかったが、それぐらいなら、許容範囲内で仕事には影響がないだろう。 「ふーん……確かにな。じゃあ、宮部真白の名前を出した上で写真を投稿してもいいんだな?」 「ていうかもう、アクスタの写真を連日投稿してる時点で今さらすぎるでしょ。最近オレ、ネットでなんて呼ばれてるか知ってる?」 「なんて呼ばれてるんだ?」 「佐渡千夏の推し」  子役時代はずっと、『宮部恭司の息子』と呼ばれていた。それが今や、『佐渡千夏の推し』である。いちいち父親の名前が出されなくなったのは大変ありがたいことだった。 「はははは! まじか」 「ほんともう、笑っちゃうよねー」  立ったまま喋っていた真白だが、千夏が手招きしてくるので、隣に座る。  すると、すぐに頭が撫でられた。 「まんざら嫌でもなさそうだな」 「そりゃあね。好きな人に推されれば嬉しいに決まってるよ。でもオレさぁ、アイドル時代の自分のことあんまり好きじゃないから、正直複雑」 「へぇ。やっぱり、役者時代の方が性に合ってた感じか?」 「うん……まぁそうだね」  嫌々やっていたわけじゃない。楽しいこともあった。でも、あの頃はずっと息苦しかった気がする。 「アイドルってさぁ、ファンに夢を見せるものじゃん。それは芝居も同じ。でも、オレが演じたいのは『宮部真白』じゃなくて、架空の物語の中にしか存在しない、『架空の誰か』っていうか……」  この気持ちを誰かに伝えるのははじめてのことで、言葉を選ぶのに、時間がかかった。 「いや、架空の存在じゃなくても、歴史上の人物を演じるとかでもいいんだけどさぁ」 「でも、おまえはステージの上じゃなくても……オレ以外の大人の前では昔からいつも、『宮部真白という役』を演じてただろ。アイドルやってる時も、それは同じだったんじゃないのか?」  千夏はさすがによく見ている。真白は自嘲気味に笑った。 「そうだね……オレは『宮部真白っていう役』が昔からずっと嫌いだったから、それを売り物にされるのが納得いかなかったのかも」  幼い頃からずっと、親の名前を知っている大人たちから偏見の目で見られてきた。  バカにされないように、傷つかないように、嫌われないように、相手に合わせて、違う自分を演じ分けてきた。  お世辞と嫉妬が当たり前の世界で生き抜くには、それしかなかった。  よく言えば要領がいい。悪く言えば八方美人。  いっそのこと架空の他人を演じた方が、気が楽だった。 「……オレは、ステージに立っている時の真白が好きだ。もちろん、役者としてステージに立ってる時が一番だけど、アイドルとしてステージに立っているおまえもキラキラしてていいと思ったよ。だから、おまえからもらったアイドル時代のグッズはこれからも大事にする」 「うん……そっか」  千夏の想いまで勝手に否定することはできない。それに、千夏がそう言ってくれるなら、少しだけ、あの頃の自分が好きになれるかもしれないと思った。 「でも、それはそれとして、アクスタの写真ばっかり撮ってないで、生身のオレの写真も撮って」 「わかったよ。明日はオフだから、遊びにつれてってやるよ。そこで写真撮る。それでいいか?」 「うん! どこ連れてってくれるの?」 「おまえの行きたいところでいいよ。あんまり遠くないところ選んでくれるとありがたいけどな」 「えー……じゃあどうしよ。明日まで考えさせてもらっていい?」  行きたいところがありすぎて、真白は即決できなかった。 「いいよ。とりあえずオレは風呂入ってくる」  今日はお風呂の前になにか言われるだろうか、と思いながら黙って見送ろうとしたら、廊下に出る直前で、千夏が思い出したように振り返ってきた。 「そういえば今日、スタッフの女の子が、シエルの握手会で真白と話したことがあるとか話してて、『真白ちゃん、ほんとに可愛いですよね』って言われたんだが、おまえ……握手会なんてやってたのか?」 「ああ……うん。ファーストシングルが出た時にね。記念で握手会やったよ」  アイドルならよくあることだ。 「行きたかった……」  わりと本気で落ち込んでいるトーンで言われて、真白は困惑する。 「チカちゃんが? オレの握手会に? もしその時、チカちゃんが日本にいたら、来てたかもしれないってこと?」 「スケジュールが空いてたら、絶対行ってた」  握手よりも濃厚な触れあいを毎日しているというのに、なにを言っているんだ。真白にはさっぱり理解できない。 「……佐渡千夏が男性アイドルの握手会にきてた、なんてことがバレたら、オレのファンもチカちゃんのファンも、びっくりしちゃうよ」 「絶対バレないよう、変装して行く」  本気の目だ。理解不能すぎてちょっと怖い。 「……じゃあ、ここで握手会ごっこしてあげるよ。ほら、来て」  ダイニングテーブルを握手会のテーブルに見立てて立つ。  自宅で部屋着姿ではなにも気分が盛り上がらないだろうが、こんな茶番のためにわざわざ着替えてくるのもどうかと思ったので、真白はそのまま、即興芝居を始める。 「整理券番号、一番の方~」  女性スタッフを真似た裏声に、千夏は物言いたげな顔をしていたものの、文句を言うでもなく真白の前までやってきた。 「こんにちは! 今日は来てくれてありがとう!」  服装は締まらないものの、完璧なアイドル顔で真白は微笑みかけた。 「あの……いつも応援してます!」  もじもじと恥ずかしそうな演技をしてくる千夏も役者モードだ。  お互いに他人行儀のよそよそしさで手を握り合うという芝居つきだ。  しかしそこから、千夏の顔つきが変わった。 「ずっと大好きです。よかったら、オレと……オレと、共演してください!」  舞台の上で決め台詞を言う時の、完璧なキメ顔だった。 「…………結婚してください、みたいなノリで言うのやめて」  一瞬、ときめきで爆発しそうになった気持ちを返してほしい。  真白は思わず、芝居も忘れてジト目になっていた。

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