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《第3話》アクスタと恋はできません⑦

 翌日は天気がよかったので、動物園に連れていってもらった。ホワイトタイガーが見たかったのだ。  園内で売っているホワイトタイガー焼きという、たい焼き風の人気フードを一緒に食べているツーショット写真を撮って、明日にでも投稿しようという話になった。  途中で千夏がアクスタを出しそうになったこともあったが、それは真白が阻止した。  真白のまわりで異変が起こりはじめたのは、大満足で動物園デートを終えた次の日のことだった。  登録されていない番号から、電話が何件も入っていた。  怖かったので電話には一切出なかったが、留守電のメッセージを聞くと、芸能事務所の担当者を名乗る人物の声が入っていた。  メールやメッセージアプリには、ここ数年まったく連絡を取っていなかった古い知り合い数人から、連絡が入っていた。 『写真見たよ』という内容がほとんどで、もしやと思って千夏のアカウントを見れば、今朝投稿したツーショット写真が、そこそこの数字でバズっていた。 「なんで……?」  SNSのトレンドのページには、自分の名前がある。意味がわからない。  千夏に連絡しようか迷っていたら、向こうから電話がかかってきた。 『真白、おまえのところに芸能関係者から連絡がきても、ひとまず今日のところは無視しろ』  いきなりそう言われて、真白は面食らう。 「どういうこと?」 『帰ったら直接話すから、言う通りにしろ。……あー、でも、早く帰れなかったら悪い。できるだけ、起きて待っててくれ』 「それは別にいいけど……」  電話口の向こうから、スタッフの声がする。千夏は忙しいらしく、用件だけ伝えるとすぐに電話は切れてしまった。  千夏が帰ってきたのは、夜の十一時すぎのことだった。 「スキャンダルになってるわけじゃ、ないんだよね……?」  過去に二度、スキャンダルに巻き込まれたことのある真白は、なんとなく怖くて、あれからスマートフォンは開いていない。 「違う。最新版の宮部真白のビジュがよすぎて話題になってるだけだ」 「は……?」  なにを言われているのか、とっさに真白は理解ができなかった。 「だから、何度も聞いただろ。『ほんとにこの写真、投稿してもいいのか?』って」  疲れた様子でソファに座った千夏はやれやれという顔をしているが、予想通りと言わんばかりの雰囲気でもある。 「世間から忘れられかけていた元有名人が、いつの間にか大人に成長してて、さらには、前にメディアに出ていた頃よりもビジュアルの完成度が上がってることが衆目に晒されれば、そりゃあ注目を浴びるだろ」  確かに昨日はデートということもあって、服も髪もカメラ写りも、かなり気合が入っていた自覚はある。 「…………しかも、隣に写ってるのが佐渡千夏だから、余計に注目集めやすかったってこと?」 「そういうこと。ついでにオレは最近、舞台の宣伝絡みで、メディアへの露出増えてたしな」  多分、真白単体での写真ならここまで注目を集めなかっただろう。  本人に自覚があるのかどうか微妙なところだが、千夏だって、数年前よりも確実にビジュアルの完成度が上がっている。  まぁつまり、自意識過剰な言い方になるかもしれないが、客観的な言葉を使うなら、並んでいると絵になるというやつだと思う。 「コメント欄見たか? 『まさかの本人降臨』って騒がれてたぜ」 「はは……」  知名度のある俳優がなぜか突然推し活を始めて、オタクみたいな状態になっているのに好奇の目が集まっているところに、ある日突然、その推し本人とのツーショット写真が投稿されたという意外性が組み合わさって、ネット民の暇つぶしのネタにされてしまったわけか。  いろいろ重なった結果ということなら仕方ない。  突発的に思わぬことが話題になるのは、最近のSNSではよくあることだった。 「オレは別にいいんだけど、チカちゃんに迷惑かかってない? 大丈夫?」 「迷惑ってわけじゃないけど、オレのところに、真白に関する問い合わせが何件かきた。『いま、彼は芸能活動してるの? 連絡先教えてくれない?』とかそんな感じだ。おまえに仕事依頼したいやつがけっこういるみたいだぞ」 「まじ……?」  青天の霹靂もいいところだ。  今日、真白のところに直接きた連絡も、もしかしてそういうことなんだろうか。 「おまえ、今はどこの事務所にも所属してないってことで間違いないんだよな?」 「うん。シエルが解散になったあとにもうほんとに引退するつもりで、契約解除しちゃってたから」 「今日、うちの社長に話をつけてきた。おまえ、うちの事務所で面倒見ることになったから、手続きのために、明日、一緒に事務所にこい」  決定事項だとばかりにさらっと言われて、真白は息を呑む。 「……なんで?」 「今後のことを考えて、おまえに仕事を頼みたいやつに向けた、正式な連絡先があった方がいいだろ」 「それはわかるけど、なんでチカちゃんの事務所?」 「うちの事務所はそんなに大きいとこじゃないが、社長がオレの親族で……オレの父親の従兄弟だから、信頼できるし、おまえのこれまでの事情を考慮した上で柔軟に対応してもらえると思う」  事務所選びは大事だ。この業界には、あやしい事務所がたくさんあるし、大手は大手で面倒なこともあるので、信頼できるところがあるなら何よりだ。  しかし、復帰を視野に考えていたとはいえ、今すぐどうこうとまでは考えていなかった真白は、快諾することなどできなかった。  返答できずに黙り込んでいると、なだめるように千夏が頭を撫でてきた。 「すぐに仕事を受けてもらおうとまでは考えていない。あくまでも、変なやつらに目をつけられないために、所属を明確にしておいた方がいいだろ、という話だ」 「……うん、そっか。そういうことなら……わかるけど……」 「あと、おまえの父親にも電話で話つけといた」 「……ごめん。なんて?」  考え込んでいるところにさらにびっくりする話をされて、真白は目を白黒させる。 「今後、真白が芸能活動に復帰する場合、その仕事に一切口出ししないことと、金銭的要求を行わないことを約束してもらった。あと、もう二度と、宮部恭司の個人的なスキャンダルで真白には迷惑をかけないように念押ししておいた」 「なんでそこまで……」 「必要なことだろ。引退したとはいえ、あのおっさんはいまだに業界の一部の人間に顔がきくからな。電話で了承はもらったが、念のため今度、事務所の顧問弁護士を連れて誓約書を書かせにいく予定だ」 「…………」  事務所のことも父親のことも、今日一日で、段取りをつけてしまったというのか。信じられない。 「そういうのさ、普通、オレ本人に確認してからやるべきじゃない……?」 「もちろん、強制するつもりはない。でも、おまえの面倒を見ると決めた以上、オレもそれなりの対応をさせてもらう」  恋人としての甘ったるい情ではない。仕事と向き合う時の、真剣でまっすぐな眼差しをしていた。 「…………」 「今度はどんなスキャンダルに巻き込まれそうになっても絶対に守るから、うちの事務所に来い」  だから、プロポーズみたいな口調でそれを言うのはずるい。  どんなに強引でも勝手でも、そんな熱のこもった声で言われれば、反論の余地などないに決まっている。 「……わかったよ! 全部、チカちゃんに任せる!」  ようやく決断を下した真白に、千夏はほっとした表情を見せると、おいでとばかりに腕を広げてくる。 「安心しろ。オレほど、おまえの才能を愛している男は他にいない。絶対に、その才能を生かせる場所を用意してやる」  睦言なんてものじゃない。確信めいた言葉だった。  抱きしめられながら、真白は苦笑する。 「いいんだけどなんか、嵌められた気分」 「だから言っただろ。オレに捕まったら厄介だぞ、って」 「ほんとだね」  笑いながらキスを交わした。  彼が執着しているのは、真白個人ではなく、真白の才能なのではないか。  そんなことで悩んでいた時期もあったけど、今となっては、どっちも同じか、という気分になってきた。  こんなにも心を焦がしてくれる存在は、千夏以外、いない。  彼と一緒にいれば、初舞台の時のような、まだ見たことのない景色が見られそうな気がして、ドキドキしてきた。    第3話・END

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