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《第4話》宮部家の父と母⑤

「シロが寝てる間に恭司さんといろいろ話したけど、別れた奥さんに相当未練あるな、あれ」  ベッド以外は空っぽの棚と古いダンボールのいくつかが無造作に置いてあるだけの殺風景な部屋で、寝っ転がりながら千夏と話をした。  もともとは真白が使っていた部屋だ。 「おまえに興味がなさそうな態度を取ってたっていうのは、おまえの顔があんまりにも母親に似てるから、おまえを見ると思い出してつらかったからなんじゃないのか?」 「えー、でもお父さん、今は新しい恋人とラブラブだったはずだよ」 「先週フラれたって言ってたぞ」 「……」 「昔、三股交際だかの浮気してたのも、紗英子さんの気を引くためだったらしい」 「お父さんが、お母さんがいないとダメなタイプだったのは知ってるけどさぁ……それにしたって、やっていいことと悪いことがあるでしょ」 「ちなみに、浮気相手を妊娠させたって話、お腹の子供は別の男との間にできた子供で、慰謝料目当ての嘘だったらしい。中絶を迫ったっていうのは、週刊誌がでっち上げた作り話だったとか」  真白はため息をついた。  どこまでが真実かはわからないが、父の言っていることが真実だったとしても、それを息子に釈明しないあたりが、父らしい不器用さだと思った。 「バカだね。大事なものを手放しちゃってからそんなこと言っても、もう遅いのに」  母はいま海外で、とっくに新しい人生を歩み始めている。いくら父の方が母に未練があったとしても、二度と戻ってくることはないだろう。そういう人だ。  しかし、呆れたように言い放ってから、真白はハッと我に返る。 「お、オレは絶対! もう二度と、チカちゃん以外の男と関係持ったりしないから! チカちゃんはいなくならないでね!」  自暴自棄になったら流されやすくなるのは、自分も父と一緒だ。他人事だと思って呆れている場合ではない。  わざわざ体を起こして強い口調で宣言した真白に、千夏はくすっと笑い声をこぼした。  やわらかな笑みの次の浮かんだのは、美しい悪の匂いのする、艶めいた笑みだった。 「大丈夫だ。万が一、おまえに手を出すやつがいたら、オレが社会的に破滅させてやるから。おまえは一生、オレのものだ」  芝居がかった台詞と口調から、半分ぐらいは演技であることが伝わってきたが、あながち冗談ではなさそうなところが怖い。 「チカちゃんってほんと……『極上の悪』が似合う役者だよね」  いつだったか、雑誌の煽り文句で、千夏の役がそう表現されていたのを思い出した。 「たまには、青臭い正義感を抱くバカな若者とかを演じてみたいけどな」  今度は完全に冗談だとわかったので、真白は笑いながら再び千夏の隣に寝っ転がる。 「青臭い正義感を暴走させて人を殺す役なら、初舞台の時にやってたよね」 「確かに」  千夏もおかしそうに笑うと、足元の毛布が引っ張り上げられた。  枕元に置いてあったリモコンで電気が消されて、部屋は薄闇に包まれる。  もっとたくさん喋りたい気分だったが、だんだん、心地よい睡魔がのしかかってきた。  それでも、このまま眠ってしまうのはもったいないような気がして、脚を千夏に絡める。 「ねぇ、しないの?」 「しねーよ」  腕が回されてきてゆるく抱きしめられるが、千夏はきっぱりと言いきった。 「この部屋、防音だよ。昔はこの部屋で、歌の稽古とかやってたりしたから」  スカートの裾というのは、こんなに簡単にめくれてしまうものなんだと思うほどに、真白の脚は、ちょっと動いただけで素肌が剥き出しになっていた。 「だーめ」  おでこにちゅっとされて、あやすように拒まれる。 「オレの前ではどんなに悪い子でもかまわないが、お父さんの前では、ちゃんと『いい子』でいたいんだろ?」 「…………」  大人ってずるい、と真白は思った。いや、自分ももうとっくに大人の部類のはずなんだけど。 「じゃあかわりに、百回くらいキスして」 「百回数える前に我慢できなくなるからダメだ」 「それくらい、我慢できるよ!」 「いや、オレが我慢できなくなる」  目を合わせたら、わりと本気っぽい物欲しそうな眼差しがじっと真白を見つめていた。  真白はくすっと笑いだす。 「もー、しょうがないなー、チカちゃんはー」  ぎゅっと強くしがみついて、千夏の胸に顔を埋めた。 「そうだな。オレが悪い。だからもう、おとなしく寝ろ」 「はーい」  たまにはこうして、ただひっつき合って眠るのも心地いいと思えた。  もうそろそろ、初夏と呼んで差し支えのない季節に差し掛かる。  くっついていると、じんわりと汗がにじんできそうだったが、離れる気にはならなかった。  真夏になってもくっついて眠りたいと思えるぐらい幸せな気持ちに包まれながら、眠りに落ちた。

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