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《第5話》愛しのカレイドスコープ①

「じゃあさ、誰でもいいから、絶対他の人に口外しないって約束でセックスしてくれる男を紹介してくれない?」  いつのまにか派手な金色に染められていた髪。  まだ十八歳になったばかりだというのにやけに大人びた表情。  数年前に声変わりしたのはとっくに認識していたはずだけど、冷めた口調で投げやりに吐き出された声が真白のものだとは思えなくて、千夏は耳を疑う。 「……今度出演するドラマかなんかの台詞か?」  困惑したまま千夏が問いかけると、淡い色素をした大きな瞳が、キッと睨んできた。 「違うよ。プライベートで、男とセックスしたいって言ってんの!」  宮部真白、十八歳。  身内のスキャンダルによって彼が芸能界から疎遠になってから約二年。  最近は仕事で顔を合わせる機会がなくなっていたが、ある日突然、『相談があるんだけど会えない?』と千夏のところに連絡がきたのは、昨日のことだった。  長らく仕事を休んでいた真白だが、今年に入ってからアイドルデビューを目指す育成プログラムに参加していると聞いた。だからてっきり、仕事についての相談かと思って『明日ならあいてる』と自宅に呼んだのだが、真白が言い出したのは、まったく別のことだった。 「チカちゃん、オレ、昨日誕生日だったんだよ。何歳になったかわかる?」 「えーと…………十八歳だったか?」 「誕生日プレゼントほしいんだけど、くれない?」 「なにが欲しいんだ?」 「セックスしてほしい」 「は?」 「チカちゃんに抱いてほしい」 「無理だろ。バカな冗談はやめろ」  ――最初は、そんな会話からはじまった。  そして出てきたのが、冒頭の発言である。 「おまえは……その……ゲイなのか?」  千夏は、人の性癖をどうこういうつもりはないし、偏見はない。  芸能関係者には、特殊な性的嗜好を持っている人間が多い。これまで出演してきた作品の演出家や共演者の中にも、同性愛者はいた。  しかし、真白が同性愛者だというのは、頭の中でいまいちうまく結びつかなくて、混乱していた。 「今まで、オレが好みの女の子について話してたことある?」 「……ないな」  同年代の可愛い女の子を前にしてもフラットに対応していたし、年上の女優に色目を使われた時はさり気なく避けていた。  でも、好みの男の話だって聞いたことがないし、男に迫られそうになった時も迷惑そうにしていたはずだ。  宮部真白は、虚構を愛している。  だからこそ、それが彼自身の芝居の奥行きに反映されている。  それはわかるが、彼が虚構ではなく現実の存在に心を奪われているところは、見たことがない。 「ただの興味本位なのか、それともちゃんとした理由があるのか言え。悩んでることがあるなら聞く」  ソファに座っていた千夏は、隣に座るよう真白に促したが、真白は真っ正面に突っ立ったまま、感情の読めない顔でじっと千夏を見下ろしていた。 「……役作りのためだよ、って言ったら納得してくれる?」 「同性愛者の役を演じる予定があるってことか? いや、そもそもおまえ、次の仕事の予定、決まったのか?」 「……ないよ。そんなの。お芝居の仕事する予定はこれっぽっちもない」 「なんだ……」  一瞬、期待してしまった。  ガッカリしたのが伝わってしまったのか、真白が首を傾ける。  そして、おもむろに千夏の肩に手をかけたかと思うと、屈み込む格好で顔を近づけてきた。 「この間のチカちゃんの舞台、観に行ったよ。すごい色っぽい悪役だったね」 「なんだよ。来てたんなら、楽屋に顔出せよ」 「行こうと思ったけど、やめちゃった。だってオレ、今は関係者でもなんでもないしさ」 「おまえは関係者だろ」  現役の同業者じゃないと楽屋に挨拶にきてはいけないというルールはない。 「どんな顔で挨拶に行けばいいのか、わからなかった」  どんな場所だろうが、そこに相応しいキャラを演じて器用に立ち回る。それが、千夏の知るこれまでの宮部真白だった。  休業中、そこまで気分が沈んでいたということだろうか。  返す言葉を探しているうちに、ただでさえ近かった顔がさらに近づいてきて、唇の先が軽く触れあった。 「キスシーン、あったね。ねぇ、あれ、オレにもしてくれない?」  真白とキスをしたのはこれがはじめてではない。  初舞台の時に、緊張しなくなるおまじないだとか言って、一方的にキスされた。  あれが千夏にとってのファーストキスで、そしてあれ以来、真白とキスをしたことはない。 「……ここは舞台の上じゃない」 「稽古場だと思ってさ」  細い指先で、下唇をゆっくりとなぞられる。 「あなたに見捨てられたら、わたしにはなにもなくなってしまう」  相手役の女優の台詞だった。  劇中の演出と同じように、頭を掻き抱かれ、髪に指を差し込まれる。  同じ台詞、同じ仕草。――なのに、役者が違うと、こうも伝わり方が違うものなのか。  完全に演技モードに入っている真白に引きずられるかたちで、千夏も気づけば、役と同じ気持ちになっていた。  大千秋楽を終えたのは二週間前で、そろそろ役の感覚が抜けてきた頃かと思っていたのに、本番の時以上の胸の高鳴りを感じる。  久しぶりに、真白の演技を目の当たりにしたせいだ。  両頬を掴んで唇を奪った時にはもう、ためらいはなくなっていた。  そのまま台本通り芝居を続けたいぐらいの気持ちになったが、素に戻った様子の真白がむすっとしていることに気づいて、千夏も我に返る。 「……悪い」  あわてて、細い顎から手を離す。 「毎公演、あの女優さん相手にこんな情熱的なキスしてたの?」 「それが芝居だからな」 「プライベートであの人とキスしたことは?」 「おまえには関係ないだろ」  芝居とプライベートが別物であることは、真白だってよくわかっているはずだ。  あの女優とは特になにもないが、わざわざ説明するようなことでもない。 「……ほらやっぱり、オレはチカちゃんの関係者でもなんでもないじゃん」 「それとこれは話が別だろ」 「もし、チカちゃんに恋人がいるなら、諦めておとなしく帰るから、教えてよ」 「……恋人はいない」  千夏はもうすぐ二十五歳になるところだった。  いい年して恋人がいないと堂々と宣言するのもどうかと思い、複雑な面持ちになる。 「セフレは?」 「……っ、いるわけないだろ」  千夏の中ではいまだに子役の時の印象が強い真白の口からそんな俗っぽい単語が出てきたことに、ささやかな衝撃を受ける。 「じゃあ、今はセックスの相手、いないんだ?」  腰に乗り上げてきたところまでは許せたが、股間をさり気なく撫でられて、あわてて払いのける。 「やめろ、バカ」 「オレ相手じゃその気にならない?」 「そうだな。当たり前だ」 「さっきはあんなに情熱的なキスをしてくれたのに?」 「芝居に決まってるだろ」 「芝居でもないのにオレとキスするのは嫌?」  顎を撫でられて、再び唇が触れあう。  すぐに、突き放せばよかった。  でも、突き放したらきっと傷ついた顔をするんだろうな、と思ったら、身動きできなくなっていた。  慣れたような仕草で誘ってきたくせに、口づけは思いのほか拙くて、必死に大人の真似事をしているような感じだった。  それがやけに、皮膚の下の感覚を刺激してくる。 「……嫌じゃないから、困ってんだろ」  はじめて会ったのは、真白がまだ十歳だった時だ。  自分の役者人生になによりも影響を及ぼした特別な相手だけど、真白への感情は、尊敬と憧れと友情が交じり合ったようなもので、恋愛対象として見たことは、一度もない。  男だからどうだとか、それ以前の問題で、ある種の聖域のような存在だったのだ。  なのに、触れたところから熱が生まれるたび、芝居とは関係のない、人としての欲が疼いてしまいそうになる。  それが自分でも理解できなくて、ある意味おそろしかった。 「……ねぇ、大人が子供とセックスするのは犯罪だけど、オレ、もう十八歳になったから、チカちゃんがオレを抱いても罪にはならないよね?」  首に腕を回されてぎゅっと抱きつかれながら、耳元で囁かれる。 「……そうだな」  条例的には、一応そういうことになっていたはずだ。 「チカちゃんを勃たせることができたら、最後までしてくれる?」 「…………しない」 「なんで?」 「そういうのは、好きな相手とやれ」 「じゃあチカちゃんは、本気で好きになった相手としかそういうことしたことないの?」 「…………そうだな」 「嘘つき」  さすがに演技が下手すぎたらしく、速攻で非難される。 「……だいたいな、男同士だと、いろいろ準備がいるんだろ? この家にはコンドームすらないぞ。ちょっといったん冷静になって……」 「コンドームなら持ってきた。ローションも。準備の仕方なら知ってる」  断るための口実は、あっさりと跳ね返された。 「……一応確認するけど、経験はないんだよな?」  いろいろ心配になってきた。 「ないよ。動画見て勉強してきただけ。あっ、じゃあさ、今からアナニーに初挑戦するから、見ててくれない? ほら、怪我しないように……」 「そういうことなら……」  なにが『そういうことなら』だ。自分でもわけがわからなくなってきた。 「バイブも持ってきたんだ。見て」  ソファの端に置いてあったリュックを引き寄せて、真白が荷物の中身をごそごそあさる。  細長い箱の中から、新品と思われるバイブが出てきた。  シリコン素材に包まれた真っ黒なそれは、形は一見美容器具にも見えるが、けっこうなサイズがある。  本気でこれを尻に突っ込む気だろうか。  信じられない、としか思えなくて、千夏は眉根を寄せる。 「おまえは……男が好きというより、アナルセックスに興味があるって感じか?」 「うん、まぁ……。気持ちいいんでしょ? 男性向け風俗でも、女性のキャストさんがそういうことしてくれる店もあるみたいだし」  一応千夏も、それぐらいの知識ならある。  今はネットで簡単にそういうエロ動画が見られる時代だし、なにかの弾みで真白がそういうことに興味を持ったとしてもおかしくはない、とは思う。  好奇心旺盛な年頃だ。そういうこともあるだろう。 「……やめといた方がいいと思うぞ」  個人の性癖にあれこれ口出しするような無神経な大人になりたくはないが、できればこいつには、まっとうな人生を送ってほしい。  あくまでも個人的な祈りのようなものだが、道を踏み外してほしくはなかった。 「でもオレ、女の子相手に勃たないし」  じゃあやっぱり、男相手の方が向いているのか。  よく、わからない。どこまで踏み込んでいいのかも。 「男相手なら勃つのか?」 「チカちゃんに首絞められて勃ちそうになったことはあるよ」 「語弊のある言い方はやめろ」  真白が最後に出演したミュージカルで、そういうシーンがあったという話だ。  あくまでも演技なので、実際にはそんなに強く絞めてはいない。  それに、加虐されて興奮する性癖となると、ますます話が厄介になる。 「ごめん。言い方変えるね。チカちゃんにのしかかられて興奮しちゃった」 「……どっちにしろ最悪だ」  千夏は、笑いながらいろんな人間を騙して次々と殺していくという最低の悪人の役だった。  しかし最後に、無邪気に自分を慕ってきた少年を殺したところで目が覚めて、己の罪深さをようやく自覚する。  その少年役が真白だった。  客席からはあまり見えていなかっただろうが、息を引き取る直前、真白がふっと、すべてを赦すように微笑む顔が印象的で、毎公演、演じるたびにたまらない気持ちになって、気づいたら涙を流していた。  公演が終わっても、しばらくあの死ぬ間際の顔が毎晩夢に出てくるくらい、強烈な思い出だった。  だから、そんな時に性的興奮を催していたと今さら告白されても困る。 「……気持ち悪いなら、他の人に頼むよ。ごめんね、嫌な思いさせて」  捨てられるのを覚悟した子供みたいな顔だった。  ここで突き放したら、どうなるだろう。想像してみる。  本気で、他の男に頼むつもりだろうか。そいつは安全なのか? 利用されて、ひどい扱いを受ける可能性だってあるんじゃないのか?   おまえはそれでもいいのか?  難しい顔で黙り込む千夏に、真白はしばらく黙って返事を待っていたが、やがて焦れたのか、頬にちゅっとキスをしてくる。 「チカちゃん、お願い」  シンプルな言葉なのに、真白のその言葉には、抗いがたい、謎の魔力のようなものがこもっていた。  もう一度、口にキスをしてみたくなった。  試しに背中に腕を回してみたら、細い身体はすっぽりと腕の中におさまった。  それでいて、昔とは違う成長した身体つきになっているのが伝わってきて、興味がわいた。  抱き返されたのが嬉しかったのか、今度は全身で、ぎゅっとしがみつかれる。  少し、熱いぐらいに感じられる体温。  懐かしい匂い。  頬に触れてくるやわらかな髪の感触。  それらはすべて心地よく、元々は自分の一部だったんじゃないかと錯覚するぐらい、しっくりと馴染んだ。 「……帰る時間、遅くなってもいいのか?」 「ん……」  肩口で、わずかに頷く気配がある。  緊張している気配も一緒に伝わってきて、千夏は笑う。 「おまえって案外、器用なんだか不器用なんだかわかんないよな」  知り合ってもう八年になるが、いまだに底が知れない。  すべてを暴いてやりたくなるような、すべてを暴かれそうでおそろしくなるような、不思議な感覚に襲われながら、今度は千夏の方から口づけていた。

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