20 / 33
4 苦しさに抱きあう(3)
アメリカの灼けた大地の匂いがするヘヴィなサウンドとガナーの切ない歌声に始まった曲は次第に厚みを帯び、やがてクライマックスへと盛りあがってゆく。
歌詞はガナーとの出会いを髣髴とさせる。
あの時の彼は、ブルックリン・ブリッジ近くの川沿いの道を、土砂降りの雨の中で傘もささずに歩いていた。毅然と前に顔をあげて歩いている様子は孤独で、気高く、だからこそどこか、痛々しかった。
雪になりそうな十一月の冷たい雨。早朝五時の少し前という時間も手伝って、エドアルドは見すごすことができなかったのだ。
呼び止めて「乗ていけ」と告げたら、ライオンに似た目でこちらを睨み、返事もせずにエドアルドのロールス・ロイスの助手席に乗り込んできたのだ。彼は十七歳だった。
「そんなに何度も見るなよ。恥ずかしくなるだろ」
何度かリピートしていると、ベッドから呆れ声をかけられる。頬を紅潮させたガナーが仰ぐような視線を送っていた。
「何度も同じことを繰り返すのは、サルと同じでハシタナイことだっていうぜ」
「卑猥だな。誰から教わった?」
「死んだばあちゃんだよ」
ガナーはベッドから起きだし、エドアルドとおそろいのベージュのガウンを裸体に着込んで、横に座る。
一つ一つの動作に痛みが伴うようで、気息がところどころ不規則に止まり、表情が歪んだ。
「乱暴にしてしまったな。すまない」
エドアルドはガナーの腰を腕でそっと支え、謝った。さすがに少し、反省した。ガナーが気丈に答える。
「大丈夫! オレは頑丈なんだ、ガキのころからさ。それだけが取り柄でね」
心配するエドアルドを気遣う健気な返事に、余計に胸が痛んでしまう。
「そんなことはない、ガナー。お前は、他にもたくさんいいものをもって生まれてきているじゃないか」
なのに、彼はいつもこんなふうに自嘲して、自分を卑下してしまう。聞いているこっちが切なくなるくらいに。
彼の肩を抱いた。エドアルドよりは細いが、連夜のライブに堪えうる鍛えられた体だ。
「オレも夢中だったから。ごめん」
ガナーがエドアルドの腕や胸元、首筋の血がにじんでいる爪跡を指先でそっと辿る。長くて繊細な指先だった。
「嬉しいさ。これでまた数日は、お前の存在を体で感じていられる」
キスを交わした。
エドアルドが再度ビデオを再生しようとすると、ガナーがその手を止める。
「いい加減、やめてくれよ。ほんと、恥ずかしいからさ」
「見たいんだ。出会った時のお前を思い出すから」
再生ボタンを押した。音楽が流れ出す。たまらない、というふうにガナーがタバコを口に咥え、ジッポで火をつける。音楽にあわせて紫煙が揺らぐようだった。
「お前は詩を作るのが巧いな」
「そりゃ、下手だったら商売になりませんからね。死に物狂いで書いてるからだよ」
深く吸い込み、天井に向けて吐き出す。
「出会ったころのお前はこんなだったな。この歌の主人公みたいにさ。尖っていた」
ガナーがフッと鼻から息を吐く。
「ケンカばっかしてたよなあ。人を殺さないですんだの、奇跡だ」
それから、何をか思い出したのか、クククッと笑う。
「バンドの奴らとかに教えるとさ、みんな決まって言うんだ。今のお前からは想像もつかねぇなって。おめーらの想像力が足りねんだよって、わざとバカにしてやんだけどさ」
ガナーは当時不良少年グループに属していて、大人達が苦労して積みあげた安全な街を荒らしていた。ガナー自身は記憶もない幼い頃にボストンにある乳児院の前に置き去りにされた孤児だった。
「体張って、やりあって…バカだったよなあ。他にすることがなかったなんて」
「凍ったブルックリン・ブリッジをハーレーですっ飛ばしたりな。パトカーに追われながら、ヘルメットも被らずに。聞いたときはひやひやしたぞ」
「逃げきりました」
ガナーが誇らしげに答える。
「怖いもの知らずだったんだ、あの頃は」
そして、絹糸のような金髪をゆっくりとかきあげる。
「そんな時にあんたが言ってくれたんだ。歌で生きろって。くだらない毎日を送っていたオレに…。生き方を変えて正解だった――――恩は、一生忘れないよ、エド」
「まさか恩のために抱かれてるんじゃないだろうな」
わざとおどけてみせると、
「まさか!」
ガナーは飛びあがって、エドアルドを真顔で見つめてくる。
ペリドットに似た緑の双眸が、熱く、激しく、泣きそうに濡れながら揺れていた。
(分かっているさ、ガナー。お前がどのくらい、俺を愛してくれているのかくらい、充分に…)
互いの髪をめちゃくちゃにしながら舌を絡ませあった。
タイムリミットは間近だ。
十二時の鐘が鳴る。
魔法がとける時間は、もうまもなくだ。
ともだちにシェアしよう!

