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5 ローマの雪(6)
最近、急にミサに姿を現すようになった自分の素性は、修道士達や城の使用人から、町の店員、それから住人へと順次流れているようだった。
「きみ達の学校は、このあたり?」
「そうだよ。ここから三十分くらい歩いたところ」
「今日、ちょうど学校で絵を描いたんだ!」
年長らしき少年が、鞄から丸めた画用紙を取りだす。
「見て!」
受け取ったアンドレアは、端が撚れた画用紙を傷つけないように注意しながら広げた。
少年達が校庭でサッカーをしている場面だった。一つ一つの線が鉛筆の単色で丁寧に描かれており、サッカーを楽しむ彼らの歓声が聞こえてきそうな躍動感のある絵だが、どこか複雑な心情も垣間見えてくる。
雪が少しずつ絵に降りかかる。アンドレアは少年に問いかけた。
「きみは、どこ?」
「え?」
少年は意外な質問にどきりとしたようだった。
「きみはこの絵の中にいる?」
アンドレアはまっすぐに彼を見つめた。少年はそんなことを考えもしなかったという顔をして、画用紙の上で視線を躍らせる。
「えーと……。これ、かな?」
迷いながら人差し指で差す。
おずおずと自分を見つけ返す少年へと、アンドレアはほほえんだ。
彼は恐らく、この絵の中にいない。
でも、彼らの仲間に入りたいと思っているのだ。彼はサッカーがあまり得意ではないのだろう。それでも参加したくてたまらない、そんな複雑な心情がこの絵からは伝わってくる。
「見せてくれてありがとう。素直な、いい絵だ」
画用紙を返しながら感想を伝えると、彼の頬が薔薇のように染まり、瞳が明るくなる。
「ね、次はあなたの絵を見せて!」
横から甲高い声がしたかと思うと、波打つ長髪の美少女がアンドレアの腕を引っ張った。
彼らの中では紅一点、今のやりとりを真剣なまなざしを湛えつつ息を呑むように見守っていた子だ。
「まだ描き始めたばかりなんだ。できあがったら、見せてあげる。また来てごらん」
「や! わたしは、今、見たいの!」
地団駄を踏んで愚図る。
「ねえ。あんたらも見たいわよね?」
小柄なのか、少女はこの中で最年少に見えるが、勝気なたちらしく少年達をけしかける。勢いに負けた少年達はウンウンと頷き、真似するように勢いよく「見たい、見たい」と騒ぎたてる。
アンドレアは根負けした。
子供にはよく分からないであろう薄い素描を見せるのも気が引けたが、しかたがないな…と、扉の取っ手に手をかけた。
「つまらないと思うけど…」
言いかけたところで、背後から低く鋭い声がふりかかった。
「ダメだ。聖堂内は立ち入り禁止だぞ」
子供達と一緒になって驚き、ふり仰げば、エドアルドだ。
「子供も同じだ、入ってはならん。もう日が暮れる、お前達は帰れ!」
きつい声と大柄な体躯に震えあがった子供達は、後退りしながらアンドレアに小さく「さよなら」と告げ、「うわあ~」とてんでに叫びながら門へと駆け出した。
アンドレアは呆れてエドアルドを見あげた。
「おとなげないですね。フランケンシュタインの怪物みたいに子供達を怖がらせて、どんな得があるんです?」
悪びれる様子もなくエドアルドが腕を組む。
「子供は嫌いだ。生意気だし、少しでも甘くするとすぐにああやってつけあがる」
つんけんと答える。
「自分の感に素直なだけです」
「何が、素直だ。あの少女の顔を見たか。本気で壁画を見たいなんて思っていたものか。目的はきみ自身だったぞ、どう考えも」
「可愛いではありませんか」
「きみは、子供が好きなのか?」
意外、とでも言いたげに、エドアルドが眉をあげる。
「きみこそ、そんなふうに氷山みたいに冷たい顔をしていて、よく子供が怖がらないな」
失礼な男だ。
「言ってくれますね」
こちらも嫌味たっぷりに返した。
「子供には優しく接しますから。あなたと違って、人間の本質を見抜く天才なんです、彼らは」
「そっちこそ言ってくれるじゃあないか」
怒るかと思いきや、エドアルドはおどけるようにそう返しただけだった。
ふと目の前を掠った雪の花にアンドレアの視線が奪われたとき、樅の木の電飾がパッと点灯した。無数の光の軍勢が、色とりどりの宝石をばらまいたかのように弾け散る。夕方の六時に自動点灯するように設定されていたのだ。
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