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6 光の裏側(1)
十二月に入ってまもないころ、マッティオ・コジモが暗殺に重用していると噂されている腕利きのスナイパー、ブリオスキがローマの外港チヴィタヴェッキア湾の貨物倉庫内で、死体となって見つかった。遺体は額の中心を一発で打ち抜かれて即死だったという。
マッティオ・コジモは、数か月前に死亡のニュースが流れたマッシモ・コジモの弟である。当のマッシモ・コジモはローマを根城とする一大マフィア、コジモ・ファミリーの頭領であった。
「やってくれたな」
諜報部のルカが持ってきた不穏なニュースに、エドアルドは手にしていたフェッテ・ビスコッターテを皿に戻し、悔しさを声に滲ませた。彼は朝食の最中だったのである。
「一刻も早くお耳に入れなければと。お食事中に失礼かとは思いましたが」
「むろん、かまわん」
少し遅れてロレンツォが早足で入室する。数社の新聞を手にしていた。
「載っているか?」
「今は、まだ。しかし時間の問題でしょうな。今回は警察が動いていますので」
マッティオの手の者で、額の中央を一発で射ぬかれた死体はこれが初めてではなかった。
先週もマッティオの部下の同様の死体がマッティオ宅の庭で見つかっていたのである。しかし、その事件の存在は警察には知らされず、コジモ・ファミリーによって内密に処理され、ルカ達の懸命な捜査によってようやくエドアルドの耳にもたらされた。
「とりあえずコジモ関連株を売りに出せ」
ルカは「はっ」と即答して踵を返し、即座に行動に移すために退室した。今ならば、損失は最小限にとどめていられる。しかし今後の株式の動向は楽観できない。
ロレンツォが口を開く。
「機関投資家であるジブリオ財団が売りにだしたとなれば、個人投資家もあとを追うでしょう。奴らにはいい薬になります」
「コジモの恨みをまともに買うけどな」
それはそれで頭の痛い話だった。
「ブリオスキは今のイタリアで最も恐れられていた殺し屋でした」
苦虫を噛み潰したような顔でロレンツォが言葉を継ぐ。
「殺ったのは養子の手の者だろうか」
「おそらく。他の組織に表立った動きはありませんので、そうとしか考えられません。いったいどんな凄腕の用心棒を雇ったのでしょうな、マッシモの養子は」
「相当の技量の持ち主だ」
そんな殺し屋がローマ近郊にいると思うと、いい気分ではなかった。
「ところで、エドアルド様」
重く声を落とし、普段にも増して深刻な顔つきでロレンツォが続けた。
「マッシモの手下のゴロツキどもから、気になるリークがありました。マッシモ死亡の件ですが、あれもやはり他殺の可能性が濃厚です。しかも、どうやらマッシモと養子とは同衾の仲だったようで、夜中、養子と一緒のときにベッドの中で死んだという噂が」
驚きのあまりエドアルドはしばらく口が利けなかった。しかしやがて頬に含み笑いを浮かべると、悪辣に喉を鳴らす。
「へーえ…。まさに『フィレンツェの悪徳』だな。よくある話だ」
フィレンツェの悪徳。
遠いルネサンスの時代、フランス人がイタリアの男色文化を揶揄して付けた隠語だった。
「まあ、俺もひとのことを笑えた義理じゃないが。マッシモがタダで養子など迎えるわけがないと思っていたが、つまりマッシモは、ナニの最中に養子によって本物の天国にイかされちまったってわけか。幸せな奴だな」
ロレンツォがあからさまに辟易した顔をする。
「冗談をおっしゃっている場合ではございません、エドアルド様。どんな理由かは知る由もありませんが、まあ、そう考えるのが妥当でしょう。万が一にもその養子がマッシモを殺したのだとすれば、マッティオがマッシモの養子の命を狙うのは、兄のあだ討ちと見えなくもない構図になります」
エドアルドは冷笑をこらえきれなかった。
「あだ討ち? マッティオ・コジモがそんなにしおらしいものか。いい機会を得たろう、奴は。これでコジモ・ファミリーの頭領 になるのに、邪魔者を二人いっぺんに始末できるのだからな」
しかし、養子を狙った刺客 は殺された。とんだ当て外れが起きたというわけだ。
「どんな男なのだろう、マッシモの養子というのは」
急に興味がわいて、エドアルドは呟いた。
「正直、ルカも手を焼いておりまして、正確な正体が掴みかねております。ただ、本名かは分かりませんが、周囲からはアレックスとよばれています」
「アレックス? イタリアには珍しい。あだ名か?」
「おそらくは。アレックスに関しては写真一つ出てきません。徹底した暗殺とマスコミ対策なのでしょう。そういえば、パパ・マッシモもそうでしたな。奴の写真が世に出たのは三年前、ファミリーの首領になってから十年近く経ってからでしたから。アレックスもそれに倣ったのでしょう。チンピラどもの話では、養子は目が覚めるような美形だそうです」
そう聞くとますます気になってくる。
「ほお、それはまた。一度拝みたいものだ」
「悪いご冗談を」
「いつ、マッシモの養子になったんだろう?」
「それについてはゴロツキどもからかなり正確な情報を得ています。十年前、彼が十五歳の時です。それまでは、マクシミリアン島で売春をさせられていた、と。あの島でマッシモと出会い、彼の目に留まって気に入られたようです」
エドアルドは絶句した。
(マクシミリアン島――――)
世界でも有数の富裕層のみが入島を許される地中海の孤島である。
そこでは非合法な小児売春が行われ、実のところエドアルドにも招待カードが何度か送られてきたことがある。返事をしなかったため、その趣味はないと判断されたのか最近ではめっきり音沙汰がないが…。
あの島で売春をさせられている少年少女は十五歳になると用済みになり、始末される。そんななんとも気の滅入る噂付きだった。
胸糞が悪くなったエドアルドに対し、ロレンツォが事務的に続ける。
「マッシモは、アレックスに地位も財産も全てを継がせると公言していたそうです。コジモ財団の系列グループも含めれば、それはもう、たいへんな資産でしょう」
エドアルドは食卓に頬杖をついた。
「よほど気に入ったのだな、そのアレックスとやらを。そりゃ、弟のマッティオにしたら面白くないだろう。それにしても、アレックスはとんだ命拾いをしたものだ」
「ええ。本当に。なのになぜ、ああも拙速に養父であるマッシモを殺したのでしょう? 待っていればいずれ全てが自分のものになるのに……直近で金が欲しかったのか、あるいは必要に迫られたか――――どう考えても、自分の身が危うくなるだけでしょうに」
「さあなあ。好き好んで人を殺す奴の考えなど、我々には想像もつかんのだろう」
エドアルドはうんざりして目を閉じ、片方の掌を天井へと向けた。
「とにかく、マッティオは我々の忠告を聞かずに養子の命を狙って、結果、最悪な事態をひきおこしてくれているわけです。我々としては、距離をとりながら引き続き探りを入れます」
ロレンツォが言葉を結ぶ。
「ああ、頼んだ」
エドアルドも内心穏やかではいられない。
今のところ、コジモ・ファミリーに対しては一投資家でしかないエドアルドも、物騒な用心棒を連れた養子がローマ近郊のどこかで人知れず潜伏しているというのは、不安要素でしかなかった。
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