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6 光の裏側(4)

 ジャーナリストのトニー・プローディーは、約束の二時きっかりにやってきた。それだけでもイタリア人には珍しい几帳面な性格が察せられた。  エドアルドが応接間に足を踏み入れると、プローディーは立ちあがって手を差しだし、細い銀縁眼鏡の奥から親しみやすい視線を投げかけてくる。中肉中背で年は三十代の半ばだろうか。大きな丸い目が印象的な真面目そうな男である。  エドアルドは出された手をとり、握手を交わした。 「プローディーです。お忙しいところ会ってくださり、ありがとうございます、ジブリオ殿」 「いいえ。固い挨拶は抜きにして、まあ、おかけ下さい」  プローディーが再びソファへと腰をおろす。  黒い短髪を無造作に分け、短い髭を顎に生やしている。薄いグレーの綿シャツに焦げ茶の質素なカジュアルスーツ、そして、履き古された橙色のシューズ。身なりにはあまり気を使わない性格のようだ。一方で表情は柔和である。確かに医師よりはジャーナリストの方が性にあっていそうな男であった。 「何か、新種の薬物についてのお話と伺っていますが」  エドアルドは正面に腰掛けて、ルカからあらかじめ耳にしていた要件を早々に切り出した。そこでロレンツォがカプチーノを持って入ってきた。 「ええ。不躾とは思いましたが、ジブリオ家の情報網が凄いと聞いたものですから、是非、お力を借りたいと思いまして。最近――そうですね、ここ一年半ばかりですが、ローマで出回り始めた『ミツバチと蜂蜜(アピ・エ・ミエレ)』と呼ばれる薬物について何かご存知でしたら、ぜひ伺いたいと思いまして」  エドアルドは首を振った。麻薬にしては甘ったるいコードネームだが耳にした覚えがない。 「いいえ。無いですな。それはどのような作用のある薬なんですか?」  真面目そうな顔ににわかに影を差したプローディーが続ける。 「まだ詳しいところまでは解明されていないのです。ただ、非常に粗悪品であることだけは間違いない。…半年ほど前になりますか、ローマで開業している友人の医師からある患者を紹介されたのが始まりでした。非常に危ういというか――――特異な使い方をされる薬物で、症状を発症させるものと、抑えるものと、二種類を使い分けるのです。そういう意味では麻薬とは呼びにくいかもしれませんが――――一方に中毒性があるのは確かです。倦怠感、うつ、激しい頭痛、震えなど。もう一方は、それとは真逆の覚醒作用、躁状態、鎮痛などをもたらします。ネガとポジのように、使い方によっては他者のコントロールを可能にするような、洗脳にも使えそうな薬物で――――さらに悪いことに、使用を繰り返すうちに後者の薬の効きが次第に弱くなるという特徴があります。そうなれば、患者は惨憺たる状態に陥るわけです」 「そんな魔法みたいな薬が実在するんですか?」  エドアルドは首を傾げた。 「実際に私は中毒患者を目にしました」  エドアルドはロレンツォを見た。ロレンツォが首を振る。彼も知らないということだ。ただ、今の話を聞いた彼からルカへと直ちに話が伝わり、すぐに彼ら諜報部が調べ始めるのは間違いない。  プローディーが続ける。 「似たような症状の患者の話を聞いては会いに出かけておりますが、範囲はローマ近郊か、せいぜい南部に限られています。ローマで取材しているうちに、気になる線が見えてきたのです。この薬のバイヤーがコジモ・ファミリーに通じている者達ばかりで、その薬を使って彼らが荒稼ぎをしていると。最近、彼らはややこしいことになっているでしょう? 何かしら、関係があるのかと…」  コジモ・ファミリー。  けったいな薬物を出回らせているにはうってつけのマフィアである。エドアルドは、さもあらん、という仕草で片手を宙に挙げてみせた。 「ええ。いかにも奴らが手を出しそうな代物ですな。まったくけしからんです」 「私は、これを早いうちに根絶やしにしたいと考えています」  深刻な顔のままプローディーが即座に宣言する。エドアルドはその情熱に燃えた視線の直撃に遭い、喉元にこみあがる冷笑をこらえた。 「どうやってですか?」 「それは、分かりません…。警察も動くとは言っていますが、この国の警察はあてにならないですからね。ただ、私はジャーナリストとして、この薬物の正体と出回らせている輩を紙面で暴きたててやろうと思っています」  両手を固く握り締めて告白する。信念は崇高だが、いかにも怖いもの知らずのジャーナリズムそのものだった。

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