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6 光の裏側(7)
「相手には見当がついたのですか?」
「いいえ。アンドレアは誰にやられたのかを絶対に話しませんでした。だから警察に被害届けも出せずにいたんです。しかし、彼は当時、ほとんど工房内で過ごしていましたし、工房に部外者が立ち入ることはきわめて難しいのです。ああいうところは非常に閉鎖的な空間なんですよ。盗作などを警戒してか分かりませんが、侵入者にはとても厳しいのです。それに、普段は男ばかりで生活しているでしょう? ですから、アンドレアにああいうことをしたのは工房内部の連中だと私は思っていました。だからこそ、彼も打ち明けにくいのだろうと。――――案の定でしたよ。折よく、当時工房へ新任で来たマエストロが異変に気付いて、アンドレアを助けてくれたのです」
「それはサンティも命拾いしましたな。彼に無体を働いた連中は、まだ工房にいるのでしょうか」
「そのマエストロが追放したらしいです。その証拠に、アンドレアが病院に運び込まれることはなくなりました。――――今のアンドレアは以前の彼とは違います、ジブリオ殿。実力からいっても工房ではもうそれこそマエストロになっても良い存在だ。その気になれば、彼自身が誰だって追い出すことができるのではないでしょうか? もっとも彼は、そんなことを絶対にしそうにない性格ですけれども。…・・・昔の話です、ジブリオ殿。やはりこれは。私からお話できてよかった。こんな過去はもうアンドレアも思い出したくないでしょうからね」
語るだけ語って気持ちが着いたのか、プローディーの表情は穏やかさを取り戻してゆく。
「ところであなたはサンティのことをファースト・ネームで呼ぶのですね、プローディーさん」
ソファの背もたれに片肘を置き、頬杖をついてエドアルドは訊ねた。
「彼とはずいぶん親しかったのですか?」
プローディーは一瞬、何を問われているのか理解できないようだった。きょとんとした顔でエドアルドを眺めた後で、謙遜まじりに苦笑する。
「ただの医師と患者の関係ですよ。親しいというほどではありません。しかし、あの頃の彼はまだ十代で恐ろしい孤独の中にいたわけです。工房のいうのは激しい競争社会らしく、友達と呼べる仲間もいなかったようですし、逆に彼の才能を妬む仲間には不足していなかったわけです。私は、可哀想な子だとずっと思っていました。ですのでせめて病院に運ばれてきたときくらいは、できるだけ親身になってやりたいと私なりに気にかけていたのです。そうしたら、彼の方からも色々と話してくれましてね。もちろん、絵のことばかりですよ、彼は絵のこととなると実に活き活きと話すのです。ラファエロは自分の姓と同じだから親しみを感じるとか、ボッティチェリは突出した画家で一番尊敬しているとか――――彼が肌身離さず持っていた小さな画集を見せてくれながら、そんなことを話してくれました」
「…俺には、ボッティチェリは嫌いだとか言ったのに」
「は?」
「いいえ。こちらの話」
エドアルドはひらと手を振った。プローディーは真面目な顔で続ける。
「私は一度アンドレアに、工房を出て絵の仕事はできないものかと訊いたことがあるのです。彼をあのままあそこに居させることが良いとは、どうしても思えませんでしたので。そうしたらやはり壁画のことを口にしましてね。結局、その道に進んだのですね」
「ほう。それはなかなか面白いエピソードですな」
このプローディーという男は、少なからずアンドレアの人生に足跡を残しているのだ。
「彼にお会いになりませんか?」
エドアルドは切り出した。
当然、プローディーのほうもそのつもりでいるのだろうと思っていたが、彼はまるで思いつきもしなかったという顔をする。
「そうか、彼はここにいるのか…!」
その反応が面白くて、エドアルドは目を細めた。
「だから先程から彼の話をしているのではないですか」
「それは、そうなのですが。なんだか、実感がわかなくて…。会えるものなら会いたいです、本当に。しかし、なんだか緊張してしまいます」
エドアルドがいざなうように立ちあがると、プローディーも立ちあがる。エドアルドがドアに向かう間に彼も立ち上がり、茶の鞄の取っ手を神経質そうに握り直した。
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