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6 光の裏側(8)

 玄関前の広間を抜けて外に出ると、太陽は夕刻にもかかわらず、かえって力いっぱいに銅色の光線を大地に注ぎかけている。  通常エドアルドは教会へ行くのに表通りを選ばず、アイアン製の通用門を用いている。プローディーにもその道を案内した。これから城に滞在する彼がアンドレアに会いに行ったりミサに参加するときに、便利だからである。  プローディーは時々振り返っては斜陽の中で黄金色に光るオステア城の雄姿に感嘆の言葉を投げかけている。 「歴史を感じさせる城だなあ! よほどしっかりと建てられているのでしょうね。それに、なんて巨大なんだ!」  城は庭園を含めて全体を三メートルの高さを超える城壁に囲まれており、城壁の厚さは最大で一メートルを超える。確かにこの城はジブリオ家と修道院、そして周辺住民を数々の戦火から守り通してきた、まさに『牙城』であった。  人生にもう少しの自由があればと思うエドアルドにとって、この城は重荷でしかないが、多くの人間には尊崇の対象であり、守るべきものであると考えられていることを痛感するのは、こういう時だ。  夕刻の聖堂内には鎮静とした空気が沈んでいた。  内陣正面に組まれた三段目の足場に、アンドレアの背中を覆う見事な黒髪が見える。壁に向かって座って作業しているようだった。  『キリストの磔刑』は素描通りの絵がうっすらとできあがっている。先日見た時には色付けがなされていなかったが、今は巨大な絵の一部分がほんのりと彩色されていた。  作業に集中しているのだろう。靴音を立ててエドアルドとプローディーが聖堂に入ってきたことにも、アンドレアは無関心だった。本当に飄々とした男だ。実際、彼は本当は天使か妖精じゃないかと疑いたくなる時が、エドアルドにはある。 「アンドレア! お客様だ!」  梯子の下から鋭く叫んだ。アンドレアはピクリと頭をあげると、おもむろに振り向く。  板の上から身を乗り出してこちらに視線を落とし、エドアルドに視線を留めた後でプローディーに目を向けた。それから、驚いたように目を瞠る。 「…今、下ります」  身軽に立ちあがって足場の上を歩き、長い梯子を降りてくる。いずれも機敏な動作で、彼の肉体はほっそりした見た目よりもかなりな筋肉に覆われているあろうことが伺えた。 「お久しぶりです、トニー」  アンドレアはプローディ―の前に来ると、親しげに声をかける。 「あんなに高いところを、よくそうスタスタと歩けるね!」  プローディーは素っ頓狂な声をあげた。数年ぶりの再会の第一声がこれかと、エドアルドは笑いがこみ上げた。  プローディーは良くも悪くも率直過ぎる。この調子で猪突猛進的にコジモ・ファミリーに体当たりしたところで、命は三日と持つまい。今後プローディーの取材にはジブリオ家から護衛を付けるが必要があると、エドアルドは頭の中で適任者を何人か思い浮かべた。 「慣れているので」  アンドレアがおかしそうに目許を和ませる。 (へえ……)  こんな明るい笑顔は初めて見る。驚いたエドアルドの視線はそんなアンドレアに釘付けになった。 「元気だったかい?」  握手を交わしながら、プローディーが気さくに問いかける。 「はい。最近、少し頭痛がしますけど」 「頭痛? それは良くない。医者には診てもらってるのかい?」 「よく効く頭痛薬を修道院からもらっています。今のところ、それで大丈夫です。ちょっと疲れがたまっているのかもしれませんね」 「睡眠はしっかりとってね」 「はい」  アンドレアは明るく答える。だが確かに、彼はここへ来たときよりも少し痩せたのではないかと、エドアルドはつと不安になる。 「こちらには、どんな御用でいらしたのです?」 「取材だ。なんとしばらくこちらに滞在させていただくことになったんだよ。親切なご当主に、本当に感謝だ!」  目を丸くしたアンドレアがエドアルドへと視線を向けてくる。エドアルドは肯定の意味を込めて一つ頷いた。アンドレアも頷き返す。 「そうですか。それは嬉しいです」 「今夜の食事は彼と一緒に摂るつもりなんだ。きみもどうだ?」  エドアルドの誘いにアンドレアは首を横に振る。即答だった。 「僕のことはおかまいなく――――またお会いできますね、トニー」  再度握手を交わす。軽く会釈して、仕事の続きをするために梯子をのぼっていく。なんともそっけない態度だった。 「アンドレアらしいなぁ!」  城へ戻っていく道すがら、プローディーが感情を絞り出すように嘆息する。 「彼らしい、とは?」 「夕食に出てこないことですよ。アンドレアは孤高の天才なのです、昔からね」  沈みゆく太陽が長く影を伸ばす地面を見つめながら、プローディーは自分自身に語りかけるような口調で続ける。 「彼を見ていて気付いたことがあるんです。天才というのは、自ら孤独を好むのだと」  エドアルドは、紺に染まってゆく空に浮かぶ針金のような三日月に気付いた。  梯子を一人のぼっていくアンドレアの姿が重なる。  端然として、凛々しく、美しい。手の届かない胡蝶蘭(ファレノプシス)。  まるで氷でできている花のようで、アンドレアと出会ったばかりのころは疎ましく感じたそんな印象も、エドアルドの中でいつのまにか甘いものに変わりつつある。  事実、アンドレアの怜悧な魅力は危険だった。どうしても心を惹きつけられずにはいられない。ガナーに対して義理を欠くこの感情を、エドアルドはもう否定できなくなっていた。

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