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7 クリスマスの悲報(2)
アンドレアは視線を落とし、過去の画家への侮蔑が交じった叱責を聞いていた。屈辱を通り越して諦めに似た虚しさがこみあがった。
別に珍しい事ではない。この神父の考えはあの頃の教会の教えそのものだ。
ルネサンス時代の画家は教会からこのように見くだされ、偏見を受け、罪人とみなされながら教会のために宗教画を描いていた。
その作品の多くは実のところ、教会からの直接の依頼ではなかった。ルネサンスの自由闊達な空気の中で同じように教会から罪ありとされた裕福な実業家達が、己の罪を少しでも軽くしたいために画家に宗教画を描かせて教会に寄贈したものが、今に伝えられているのだ。
そういうパトロンがいたからこそ、現在もなお傑作といわれる夥しい数の作品を画家達は制作することができた。
神父の激しい叱責に若い修道士は口をつぐんだままだった。その様子は、人を罪に定めて口を封じてきた教会の有り様、そのものであった。
「僕は失礼いたします。用事を思い出しましたので」
話題が落ち着いたのを見計らって、アンドレアはその場をひきあげた。
名残惜しそうに「ではまた…」などと挨拶をする若い修道士に一礼を返して戸口に向かう。そんなアンドレアの背中へと、例の神父の声が鋭く追いかける。
「女のような形 をしおって。人を惑わす気か、サタンの手先が」
憎悪に満ちた響きをふりきり、外へ出た。
夜の暗闇には湿った空気が戦 いでいる。さほど寒さを感じさせない風がアンドレアの長い髪を揺らした。
トリノの刺すような冷たい冬風と違い、南部のそれは穏やかで心地がいい。今の神父などよりはよほど優しくアンドレアに救いをもたらす気がした。懺悔ならばこの風に向かってしたいと思う。
聖堂の正面を通って奥に回った。
国道が走る表通りとは反対側の、月明かりが聖堂の側面に隠れ、修道院の窓から漏れる照明もクリスマスツリーの電飾も届かない場所だった。
暗いしじまの中で、聖堂の壁にもたれてぼんやりと暗い空を見あげる。
クリスマスツリーの代わりに瞬くのは夜に広がる星だ。
子供の頃は星がもっと近かった。星のほうから親しげに手を差し伸べてくるかのようだった。
しかし成長して背が伸びるにつれ、近くなるはずの星はなぜかだんだん遠くなった。この感覚は思い興す度にアンドレアを不安にさせる。色々と世の物事が分かるにつれて、何か大切な物を道に落としてきてしまったような気がするのだ。それはもう戻って拾うことはできない。
タバコを咥えて火を点けた。
空へ吐き出した煙はゆらゆらと気儘な軌道を辿って、星が消えたかと思うと瞬きながらまた現れる。
「きみの用事とは、喫煙のことか」
からかいとも皮肉ともとれるような声がした。
アンドレアはさほど驚きもせずに声のほうへと顔だけを向けた。エドアルドだ。なぜか、彼ならこういうときに現れるような予感がしていた。
アンドレアが咥えているタバコをエドアルドが奪い取って吸う。こういう傲岸不遜な態度が実に板についている男だ。それでもやはりアンドレアは憎めない。
(間接キスだ)
なんだか心が落ち着かなくなる。
「きみがオステアに来てどのくらいが経つかな」
「もうすぐ四ヶ月です」
「そんな、か。ローマの冬はどうだ。トリノとはだいぶ違うだろ?」
「ええ。南部の冬は本当に暖かなのですね。噂には聞いていましたけど」
それか、もしかしたら暖かく感じるのはこの男のせいかもしれない。胸の中に小さな火が灯ったように、そう思う。
「トリノは雪が多いのか」
「それほどでもありません。でも、工房のある町は山麓ですから時々積もります。なんだか――――珍しく、ホームシックにかかってしまいます」
感情が何かにこすれてひりつくようだ。
なんともいえず心許ない感じがする。
それはもう先程の神父の罵言のせいでもクリスマスの情緒のせいでもない。この男が気になり始めているからだ。妻子がいながらアメリカに愛人を持つこの男に、惹かれ始めている、そのせいだ。
エドアルドはライオンのように冷徹で高慢でありながら、救いがたいほどに繊細で、そのために自ら傷ついてしまう。そんな不器用さがある。一方でプローディーのような人間を放っておけない人の好さや、それに伴う絶大な頼もしさがあって、アンドレアは反感とは別に心惹かれていた。
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