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7 クリスマスの悲報(3)

 短くなった煙草を吸い殻入れへと放ったエドアルドが、不意に胸ポケットから白いものを取りだす。  何かと思えば、折りたたまれた紙だ。先程のパーティーで用意されていたペーパーナフキンだった。  一度それを開き、また畳み始める。長くて骨ばった指先がくるくると器用に動き、何かの形を(かたど)ってゆく、アンドレアは驚きのあまり息を呑んで見守った。 まもなくエドアルドの掌の上に、百合の花が顕れる。可憐な美しさにアンドレアの心は一瞬で奪われてしまった。 「綺麗だ…! 凄いですね。僕は折り紙ができないんです」  感嘆の声をあげると、エドアルドがふっと笑う。 「子供の頃に日曜学校で習ったんだ」  ここは少しばかり自慢げに言う。まるで子供のようで、可愛らしく感じたアンドレアは目を細めた。  白百合は聖母マリアの伝統的なアトリビュートだ。多くの絵画では聖母マリアの純潔の象徴として、雄蕊のない白百合をその手に持たせる。だから教会で子供達に白百合の作り方を教えた教師がいても、おかしくはなかった。 「きみを見ていると胡蝶蘭を連想させられるんだ。だから本当は胡蝶蘭を作りたかったのだが…、あいにく、俺はこれしか折れないのでな」  謙遜しつつも出来映えには満足しているのか、宙にかざして嬉しそうに眺めて見せる。  エドアルドの指先に摘ままれた百合は柔らかなナフキンでできているため、本物の花弁のようにゆるやかにたわみ、夜風に揺れ、夜風に揺れ、ヴェールを被った淑やかな花嫁のようだった。 「美しいです、とても…」  エドアルドがアンドレアの耳の上に挿してくる。  アンドレアは呆気にとられて目を見開いた。 「似合う」  優しい笑顔になる。この男にもこんな穏やかさがあるのか。  心臓が強く脈打ち、くすぐったいほどに胸の内側が(さざなみ)立った。 「あんな偽善者の言うことなんか気に病むな」  続いたエドアルドの口調にはいつもの皮肉がない。一瞬なんのことかと訝ったが、まもなくあの壮年の神父のことだと気づいた。このプレゼントと共に、自分を慰めてくれているのだろう。  気に病んだつもりはない。けれど、己の無力さに歯がゆくなるのはこんなときだ。絵描きなど実に無力な存在だ。それでも精いっぱいに命を削って魂を殺ぎながら描いている。  ただ、己の得意分野で生きていられるのだから、それだけでも感謝しなくてはならないとも思う。些細な感傷に浸るには、自分は恵まれすぎているのだ。 「ありがとう。そうします」  気分を切り替え、アンドレアは話題を変えた。 「バルトロ司祭から、壁画の登場人物の一人をあなたにするようにと言われているんです。よろしいですか」 「えっ?」  動揺を顕著に見せて、エドアルドが奇妙な声を発する。そんなに驚くことだろうかと、アンドレアは小さく首を傾げた。 「宗教画では、寄贈者をモデルにした登場人物を入れるという慣わしがあるんです。あなたも、かまわないですよね」  まさか拒絶されるとは思わず軽く同意を求めたが、エドアルドは露骨に怯んだ顔になる。 「いいや、御免だ。俺はさっきの神父みたいな偽善者じゃないからな。言っておくが、俺は神様なんてこれっぽっちも信じちゃいない。この聖堂の壁画の寄贈だって、ジブリオ家の伝統だからやってるんだ。そんな俺がこの先、何百年ときみの絵の中にいてみろ。『ここに描かれているこの男はアンドレア・サンティの当時のパトロン、男色家のエドアルド・ディ・ジブリオです』なんて、美術の教科書に載るのはまっぴらだ」  思わずくすくすと笑ってしまう。 「あなたは無神論者なのですか?」 「ああ、そうだ。俺の代わりにバルトロを描いてやれ。それこそ絵描きの天使に描いてもらったと言って喜ぶぞ」 「そうですか…。では、訊いてみます。今のところ、バルトロ司祭には嫌われていないようですので」 「彼は誰も嫌わない。懐の深い人だ」 「分かります。かつて工房にいた恩師に雰囲気が似ているんです。年齢も同じくらいで、顔も、少し」  懐かしい恩師を思い出す。

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