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追憶
「ここ、座っていい?」
僕らの始まりは、春成から。
19歳、入学したてで大学周辺のこじゃれた店なんて知らない僕は、昼を学食ですませていた。
コミュ障とかそういう訳ではないけど、人と話すのが何よりも苦手な僕に、まだ友人らしい友人なんているはずがなかった。
他人に話しかけられるのも嫌だったからわざわざ窓際を選んだというのに。
春成は大学に入って初めて僕に話しかけてきた人物だった。
春成の顔を見るなり僕は相当イヤな顔をしたんだろう。春成に「そんなあからさまに嫌がんなくても」と言われたのを覚えてる。
「ね、お隣。いい?」
「どう、ぞ」
正直、気味が悪かった。
何で僕? 当時の春成は見るからにリアルが充実してそうな奴で、暗い僕とは全く対極の存在のはずだろうに。そんな奴が、何で僕に声かけた? ただ辺りが空いてなかった? いや、席はスッカスカだ。どこでも座れる。僕、もしかして気に触るような事した? でもコイツとの対面はこれが初だ。そんな訳、…な、い……よな?
訳がわからなくて混乱していると、春成は「んじゃ遠慮なく!」と僕の目の前にドカッと腰を下ろした。……隣じゃない。
そんな疑問を抱きながらも、昼食を再開する。
「俺、春成ってーの」
「……」
急に名乗りだすソイツ。またしても、は? という感じだった。
……もしかしなくても、僕に話しかけるのが目的でここに座ったのだろうか、コイツ。
ありえない…と自己完結していると更に続く。
「あんな、俺…お前と友達になりたいんよ」
「……はぁ」
「仲良くして」
にっこりと笑いながら右手を差し出す春成、と名乗る男。
満足してくれるんなら……とこの時、右手を差し出した僕は、もしかするとこの時既に春成に、心のどこかが惹かれていたのかも。
それからというもの、春成は昼の時間になると僕の元へと訪れた。こりもせず、毎日、毎日。
僕と話してなにが楽しいんだろう、といささか疑問ではあったものの、昼に春成と過ごすのは、いつしか僕の日課へとなっていった。
そして、冬の一大イベントである、あの日が近づいたある日のこと。
その日も例の如く、僕は春成とすごしていた。だがこの時になると、既に昼だけではなく、ちょっと空いた時間などにも春成とつるむようになっていた。
突然、春成が口を開いた。
「ユキ」
「…なに」
「俺の事、おぼえてない?」
一瞬、何を聞かれているのかと思った。…覚えている? まるで以前、僕と春成がどこかで会っているかのような口ぶりだ。春成を見ると、ふざけている様子はない。
「え……っと、ごめん」
「……去年のさ、今頃? だったかな。このクリスマスツリーの前で俺ら、1回あってるんだよ」
「え」
去年と言えばまだ受験シーズンだ。そんな時期に誰かとこんな所で待ち合わせなんて……。
その時、ふっと蘇る1年前の記憶。
それは確か予備校の帰りで、思い出してみれば、この道を通って帰っていたような気がする。誰かと肩がぶつかって、相手と自分がものをおとした。そのぶつかった相手こそ……
「あ…っ!?」
「あ、思い出してくれた?」
「お、お前…そうならそうと何で早く言わない……!!!」
「いやぁ~? なぁんかさ、ここに入学して? そういやこんなこともあったよな~って思い出してたら、お前の顔が見えたわけよ。…もうなんかさ、運命感じねぇ?」
そんな1件があってから、僕らの仲は急速に縮まっていった。
_____親友以上、恋人未満。
世間は僕らのその時の関係をそう呼ぶのだろう。
だって、自分でもわかっていた。友達と呼ぶにはあまりに距離が近い。それも互いの時にだけ。
正直な所、僕は既にこの時、春成を好きだと自覚してたんだと思う。…そういう意味で。
でも今の居心地のいい関係を壊したくなくて、なにも言えずにいた。行動できないでいた。
そして2年生のクリスマス、それは春成からだった。
「好きだ」
シンプルに一言。
嬉しかった。
僕と、同じ気持ちでいてくれた。
ゆっくりと着実に、僕たちは同じ時を過ごしてきたのだ、と思うと涙が溢れた。
いっぱい、愛し合った。
今までの分を補い合うように。数えきれないくらい、ものすごく。
僕たちは互いしか見えていなかった。互いが必要不可欠な存在となっていた。互いに、痛い位に溺れていた。
『好き』という感情は、いつしか『愛』へと変わっていった。
まるで地獄の底に叩きつけられたかのように。
悲劇はあまりに唐突に、ひょっこりと現れた。
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