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6.城市の番犬
三日前――
ほろ酔いの田介 は朝霧に髪をしっとりと濡らし、気持ちの良い虫の音に耳を傾けていた。薄の上を渡る金風が吹き抜けると同時に城門が開き、田介はそれを最も高い城楼の瓦の上から眺め下ろしていた。
鮮やかな門の色に胸打たれ、瓦に列をなすのは壮麗な神獣や仙人の装飾だ。父親に連れられた女の子がぼうっと口をあけて屋根や建物の美しさに見蕩れ、城門を潜ろうとしたその一瞬、目を輝かせたその少女と、田介の酒に酔って潤んだ瞳が交わった。
黒髪をさっぱりとした青空のしたで風に躍らせ、袖を通す衣を雲のように靡かせる青年の姿。凜としてしなやかに、そして風雅に佇む田介を城市の守り神と思い慕ったらしい。興奮気味に頬を染める少女に、田介はなんの意もなしに軽やかな微笑を向けた。
田介に守り神は神々しすぎる。しかしその性質はあながち間違ってもいない。
田介が見ているのは門を潜っていく群衆ではなかった。そこからさらに遠ざかって、まだ人の姿が小さな点としか見えないその地点である。
田介は人影も明瞭としないうちから観察していた。
細身の剣士と体格のいい男の二人組は、遠くから見るほどよく目立つ。城門には兵が立つために怪しいことはできない。あわせていた口裏をもう一度確認しようと思い立たせるのは、この仰々しい城市の門を目にしたときだ。冷静を装いながらもこそこそとやり取りをする二人の姿が、田介には丸見えだった。
「二人は城市に入る時、荷車を引いてなかった。それなのに木札をもって倉庫店から財宝を取り出すと思うか? それに落ち着きなく身体中触ってくれるから、左利きだとすぐにわかったよ」
「城市にはいるとき? 荷車?」
なぜそんな事を知っている? と成皿 の訝しげな目だ。田介は呆れた顔をした。
「城門を行き来する人物は一通り見てる」
成皿はこの二年、田介のことをただうろうろと市内を歩き回って淫蕩に耽っているものとばかり思っていたのだから、すっかり驚いて目を見開いた。
「一通りだって? 出入りする人間を、皆覚えているのか?」
「覚えてるのは怪しい人間だけだがね」
少しは尊敬しなおしたか? と鼻の高い田介だが、
「そういうわけだったのか」
と感心しきりの成皿の矢継ぎ早のせりふに、田介の暖かな胸は途端に冷え切った。
「何 家が怒るのも無理はない。怪しいと分かってるんだから、城内に入らせずに追い払えば良いものを」
田介は「う」、と小さく唸る。言い訳のしようもない。
けれど中に入らせないのは簡単だが、追い出すのは中々手こずる。だからこそ報酬が跳ねるのだが、今回その不備を何索相 に突かれて成皿を人質に取られたわけなので、成皿の言うことは至極正しい。
これ以上会話を広げても怠慢を責められるだけだと分かって、田介は素早く話題を変えた。
「やつらは紅を売る店に潜伏中だ」
「尾行したのか?」
「歩幅と歩き方に特徴があった。町にいればよそ者の風があるし、すぐにわかる」
田介は思い出しながらぼんやりと答えた。
「どうして潜伏してるとわかるんだ?」
「風流のにおいもしない粗野な男二人が、紅を求めるか? それにその店は半月前に閉めてる」
「ほう、」と成皿が少し驚いたようだ。
「頭が下がるよ、いままでどうして兄貴が何家の番犬だと言われているのか不思議だったが、今やっとわかった」
成皿はようやく素直に兄を讃えることができた。田介もなんとか体裁を保つことができたので満足だ。ふんと笑みを浮かべ、成皿の腕を小突く。
「隠した財宝を見つける手段はお前に任せるよ。私が考えていては埒があかない。お前は私より賢い。頼んだよ」
「すぐこれだ。厄介な仕事は俺に押しつけるんだから」
と成皿は田介の得意そうな笑顔に呆れて口を曲げた。
「期待してるんだ」
文句を言いながらも成皿は怒っているわけではないと知っている。励ますように肩を叩くと、成皿も参ったなと苦笑をもらした。頼られるのが嬉しいようで、苦い顔が少しずつ照れくさいものになっていた。
「ひと仕事終えて気が緩んでいるかもしれない」
「なら、行くところは決まってる。見つけ出して接触するのは私の役目だ」
「接点は持つな」
成皿は強めに忠告しながらも、涼しい笑みを浮かべる田介につられて笑っていた。
ひらりと、田介は成皿と軽く拳を重ねて道を別れる。
手はさきほどから袖の中にあった。
銅貨よりも大きく薄い鉄製のものを握っている。花片の形を象った剣の鍔だ。流水と船の繊細な透かしをあしらった大変美しい鍔で、それは林灰坡 を支配する盗賊一家、張 家の象徴だった。
わざわざ盗んだ鉄で鋳造させた鍔を、襲った船や屋敷にまるで縄張りのごとく貼り付けていくので、それが何を意味するのか知らない人はいない。
田介の役目は二人組に接触し、この鍔を彼らの持ち物に忍び込ませることだった。
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