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波沙楼風 7.一緒に夕飯を過ごす | 海原津子の小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
波沙楼風
7.一緒に夕飯を過ごす
作者:
海原津子
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7.一緒に夕飯を過ごす
殷賑
(
いんしん
)
な
巷
(
ちまた
)
を足早に抜けようと、大ぶりに左手を振って通行人を掻き分けていく。無精髭を耳元まで生やした体格のいい男で、衣服は汗の染みと泥で小汚い。無粋な見た目だが、顔の作りはそこまで悪くはなかった。 片足に体重を乗せて不安定に歩いて行くのは、踵がないためだ。 「靴を履いてる。どうしてわかる」 ズズッ――と
藍虧玉
(
ランコイユイ
)
が向かいで麺をすすり、
田介
(
ティエンチエ
)
の推測に冷たく口をはさむ。 田介はすっかり食べきった自分の器を端へ寄せてふんと笑った。 「片方だけ靴が小さい。怪我をしているだけならサイズを変える必要はない。踵がないから、サイズを小さくしたようだ」 「なぜ小さい事を知っている?」 「計ったからに決まってるだろ」 不敵に笑う田介を藍虧玉は睨み付け、箸をためらいがちに下ろした。 「……計る? どうやって」 まさか声をかけて靴を脱いでくれと、人の目も気にせず懇願でもしたというのか? ――田介ならやりかねない。 よそ行きの顔と声で品良く「その靴の……」と、注意をひいて男の自慢を引き出し「どうりで目をひくわけだ。あなたは審美眼があって流行にもさといんですね、是非この私にもご指導のほどを……」などと口車に乗せれば容易いだろう…… と藍虧玉はどうやら思っているらしいと、田介は涼しげな彼の顔を心の中でせせら笑っていた。 「子どもに酒を持たせて靴にかけてもらったんだ。男が持ったときに片方が小さかったし、踵がないのもそのとき確認した」 三日前に一度見たきりだったが、体臭の独特さもあってどれほど広い城市であろうと探しだせないはずがない。ところがこの男はひどく貧乏性で、たんまりと盗んだ財宝には一切手をつけず、受け取ったはずの報酬すらしまい込んで派手に遊ぶということをしなかった。大方、散財するならこのあたりだろうと決め込んでいた田介は、そのため彼らを見つけ出すのに時間がかかり、空はもうすぐ日が暮れようとしていた。 藍虧玉が向かいの席に腰を下ろしたのは、男のもう一人の仲間を店の中に見つけ、白湯をゆっくり楽しんでいたときだった。そして藍虧玉の夕食が並べられると、人馬の蹴立てた土煙の向こうからあの踵のない男がぼんやりと現れたのだった。 藍虧玉はようやく麺を食べ終わり、熱い汁物を一息に飲み干した。 口を離すと唐突に、「懐――」と、田介を睨む。 田介は彼の冷たい一瞥でその言葉の意味をすぐさま理解した。 ニコッと目を細め、藍虧玉の顔を覗き込むように身を乗り出す。 「……
成皿
(
チョンミン
)
が持ってる」 「なんのことか、分かるんだな」 鋭い光を走らせた瞳が田介の目の中を逆に食い込むように覗き込んだ。田介は覆い被さるような身体を思わず起こしていた。 ――まずいな、神経戦を挑まれて勝った試しはない。 じりじりと逃げ道を塞がれて、気づくとやつの手の内で転がされている。なのだから、藍虧玉が昔からちょっと苦手なのだ。 今の若旦那にはあまり逆らわない方がいい。怒らせるのは悪手だ。なんとか穏便にこの場から逃げられれば上々だろう。 田介は焦りながらも胸元をぺたぺたと触って大げさに主張した。 「ほら、よくみろよ、なにもないだろ? なんなら触ってみたって良い」 ほら、と藍虧玉の手を掴む。 「上からだけじゃなくて服の中まで確認しろよ、触れって、濡れ衣だってわかるから」 藍虧玉は押されると弱い。案の定、田介が藍虧玉の手を胸元まで近づけたとき、彼は顔を背けて鬱陶しそうに手を振り払った。 「弟はお前が持っていると」 穿つような目が田介の顔色と汗の一雫さえ見逃さない。田介は心の中まで読まれているようで落ち着かなかった。 「藍虧玉、正直に言えよ、ここに来たってことは、私を疑ってるってことだろう?」 「財布をだせ」 骨張った指がトン、と卓の真ん中を強く指さす。 ついにその名前が口に出されて、田介はさすがに財布の隠し所に無意識に手が伸びた。やはり、ばれている。 あくせくと言い訳を重ねてなんとかこの話題を終わらせようと心血を注いだが、冷ややかな顔色を変えない藍虧玉についに苦し紛れに呟いた。 「……なあ、若、取引をしよう。踵のないあの男、あいつが自分の仲間を見つけるまでに、若がその仲間をあてたら財布を返す。ここの飯代も、若の分も払ってやるよ。けどあてられなかったら、むしろ私に謝罪すべきだ」 「お前が飯代を? 払わせてやる」 藍虧玉がたっぷりと湯気をたちのぼらせる餡かけを一さじ掬い取った。寡黙で声も滅多に荒げない男が、大きな口を開けて美味しそうに掻き込んで食べている。それを田介は腹の虫を轟かせながら眺めているが、藍虧玉もじっと田介から目を逸らさず食べ続けた。 段々とそれに腹を立て、田介はチッ、なんだよ、と荒々しく箸を放る。 「私を見ながら食べるなよ、ほしくなるだろ」 藍虧玉はフッと軽く鼻で笑った。皿の中のものはみなすっかり平らげていた。 「渋柿色の衣を着た、細身の男だ」 藍虧玉が席を立って言い放つと同時だった。その背後では踵のない男が足を引きずりながら賑わう客の中から一人の男を見つけ出していた。真っ直ぐ歩いて行くのは、剣を帯び、俯き加減で麺を啜る、渋柿色の衣の男だった。 「どうしてわかったんだ!」驚く田介の額を藍虧玉は強く指先で弾いた。 「目だ」 すっと身を翻して立ち去ろうとした藍虧玉が徐に立ち止まる。薄い唇に笑みを浮かべてさらりと言った。 「良い飯だった」 「次は謝罪させる」 田介は隠し持っていた財布を投げやりに差し出した。 給仕が早速代金を請求しに来たので、田介は泣く泣く懐の内側から銭を取り出し、そして衣を一枚剥いでその下からもとりだし、靴を脱いで縫い付けていた糸を引きちぎる。さらには帯を解いてその内側からも。段々と肌を露出させていく田介が下穿きに手をかけたとき、ようやく藍虧玉が呆れた顔で戻ってきて、田介の手を引き掴んだ。 「……こんなところで脱ぐな、恥じらいはないのか?」 さっさと服を着直せと、顔を覆った藍虧玉が突き飛ばす。 給仕も給仕で突然脱ぎ始めた田介に唖然とするばかりだった。 取引には勝ったというのに結局藍虧玉が全て持つことになり、田介は「待て、銭はある」と慌てて支払う意思は見せながらも衣服を整えてご満悦である。 「……次は弟も連れてこい」 藍虧玉はすっかり呆れ果てて力なく呟いた。 成皿がこの男のことを、田介に対しては甚だ忍耐強く、そして甘いと評価しているのは常々こういう光景を見ているからである。
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海原津子
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