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8.食後を過ごす
「細身の方は康意 、踵がない方は吾吠 。百骨丘 を住処にする小悪党で、奮鳥 奔馬 で通っている」
店を出て少し歩いたところで、藍虧玉 が徐に口を開いていった。
百骨丘とは長林豊草の緑が美しい丘であり、かつて栄えた百 氏の所以によって通称百骨丘とよばれていた。名の通り、百氏の骨が百ほど堆く積み上がった丘という意味である。百氏百族の血が大地に染みつき、その色は黒々として消えることはなく、雨は血の色を伴って降るという。今では誰も、その地が風致に富んだ相応しい名前があったことなど覚えている人はいなかった。
「良い名前だな」
奮鳥奔馬――奮鳥はいい。しかし奔馬とは。
田介 はしみじみと言う。
足の速い馬とは他に、逃げ走る馬という意味もある。賊にとっては何より掴まらず逃げることが肝心なので、奔馬というのは中々いい二つ名だと田介は思った。
名前を味わっている最中にも田介はじろりと藍虧玉を睨み付けていた。
藍虧玉はその視線に気づいていない。
しくじったな、と田介は思っていた。
田介は財布を回収しにきた藍虧玉に気をとられ、康意と吾吠の情報をもらう約束をしていたことをうっかり忘れていた。つまり藍虧玉は康意の特徴を最初から細かに知っていたということだ。吾吠の仲間をあてろと言い出したのは田介だが、全く勝ち目のない取引を藍虧玉に挑んでいたことになる。そのことに気づいて、田介は藍虧玉の涼しげな顔を睨んでいた。
どうりであの自信だ。
「目でばれただと?」
田介は苦く笑う。藍虧玉を見つめて少しも目を逸らさず、餡かけを残すつもりなら頂いてしまおうと計略を巡らせていたのだから、康意を目で追ったつもりはなかった。
「はぐらかし下手」。などと田介に思われているのも知らず、藍虧玉は続けた。
「最近は付近の村をいくつか襲ったようだが、大した経歴ではない」
田介は「うん」と一つ頷く。
「正真正銘の小悪党だな。しかし、才能に溢れたやつらだ。城市には三日前に来たばかりなのに、倉庫に宝があるとしっている。そして偽の木札もすぐさま用意できるなんて」
おまけに潜伏場所と盗んだ財宝の隠し場所まで用意しているとは、信じられないほどの手際の良さではないか。彼らが田介と成皿のように二年も前から入念に下調べをしていたのなら話しはべつだが。
百骨丘に引っ込んでいるような山賊が、城市の勝手を分かっているとも思えない。
「商品を盗まれたんだから、大騒ぎになっていてもおかしくはないはずだがね」
田介の思案顔に藍虧玉が静かに答えた。
「まだ誰からも訴えはない」
「気づいていないのか?」
邸店の前で見かけたのは二日前だ。それなのに未だに、誰も盗まれたことに気づいていないというのはどういうことか。田介は目を丸くした。
「相当の間抜けか、倉庫番ももしかしたら怪しいな」
「標的を変えるか?」
取り乱した顔にすぐさま笑みを浮かべて田介は頭を振った。
「このまま続ける。康意と吾吠が依頼を受けたんだったら、ここには長居しないだろ。この機会を逃すとまたいつ巡り会えるか分からない。成皿もこれ以上は日を伸ばしたくないと言うし、張家の鍔も康意に仕込んでいるから、どのみち進めるしかない」
「仕込んだ? いつ」
藍虧玉が戸惑いを隠しつつ肩越しに問いかけた。田介は赤い提灯の間を吹き抜けていく秋風に目を細め、ぼんやりと答える。
「吾吠をまっていたらしい。気がそぞろで助かった」
田介はただ串を投げただけだ。
それが番頭へ向かって歩いていた客の手首を掠めた。突然「痛っ!」と大声をあげ、手に持っていた袋をひっくり落とそうとしたので、田介はすかさず鍔を投げ入れた。その客のすぐ傍にたまたま座っていたのが、康意だったのだ。
袋が落ち、散らばった銭の中でも一際大きくて目立つ美しい鍔に目がいったようだ。彼は手伝ってやるふりをしてついにさっと袖の中に隠してしまったのだから、田介は幸運だった。
「欲に目が眩んで警戒を怠るとは、なんて情けない山賊だろうか」
哀れみを向ける田介の目だ。藍虧玉はそれを横目に見て、はっ、と鼻で笑った。
「お前ほどではないだろうな」
酒屋の屋根に澄んだ青い月が架かっている。藍虧玉と別れた田介は少し回り道をして帰路についた。
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