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10.下手人

 田介(ティエンチエ)はふぅんとつまらない。 「康意(カンイー)吾吠(ウーフェイ)は誰かに依頼されたな」  財宝だとそそのかして指示を出した人間がいる。でなければカラスなど盗むはずがない。  報酬を散財しなかったのもおそらくまだ受け取っていないためだろう。ただ働きは避けたいだろうから、この埋め合わせをしようと二人は城市にしばらくとどまるはずだ。  それに田介が彼らを探しだすのに手間取ったわけもようやくわかった。成皿(チョンミン)が財宝の隠し場所を案内させていたためだ。  田介はそれと知ると急に気が抜けた。腕が鈍ったと思い、ひっそりと落ち込んでいたのを成皿に気づかれるわけにはいかなかった。  それより厄介なのは(ホー)家の方か。  成皿のためにも二人の首を持って行かなければならないが、夜が明けてしまえば期限はあと二日。  田介は憂鬱にこめかみを押さえた。 「二人に盗みをさせる算段を立てていたって?」  田介はうっかり聞き逃してしまった言葉を思い出していた。  成皿が拘っていたのは自分たちにそっくりな身代わりの二人組を用意することだった。それがまさか、彼らに盗みを働かせるつもりだったとは思わない。  すると成皿の穏やかな顔立ちが引きしまった。 「そう。俺たちの代わりに奴らに盗みをさせる」 「あいつらが盗んだ財宝を使って。そう言っていたな?」  成皿は力強く頷いた。 「最初はそのつもりだった。だが、カラスじゃ役目を果たせない。他の方法に変える。やりようはいくらでもあるからな」  成皿はハキハキと言いながらも気が重くなるようだった。 「未だに盗難の騒ぎがないっていうことは、賊に偽物を盗ませて、本物はどこかにしまってあるんだ。おそらく康意も吾吠もそう思って城にとどまるつもりだろうから、奴らより先にそれを持ち出そう」 「そして見つけたものを私たちが隠す。あえて二人に財宝の在処を教えて盗ませるわけだな?」  成皿は少し苦い顔をして笑った。 「そうだよ、兄貴」  さて、と成皿は膝を打って立ち上がる。 「とりあえず明日、(ラン)の若旦那のところへ行こう。倉庫の確認をさせるんだ」  すでに夜は更けて、月だけが煌々と輝いている。成皿は話しが一区切りついたところで大きなあくびをした。  田介は「そうだな」と片頬に笑みを乗せ、蝋燭を優しく吹き消す。  煙が一筋、ゆらゆらと風に押し流されていった。その白い筋を指に絡ませながら、田介は思う。 「どうしてわざわざ、偽物を盗ませた? どうしてカラスを木箱に詰め込んだと思う?」  盗難の被害を訴えず、財宝もわざわざ偽物を用意した。盗まれる事を知っていたのだ。それなのにわざわざ盗ませた理由はなんだ? それに報酬も支払わず禍根を残すやり方も気に入らない。  その小さな疑問が口の端に漏れていた。成皿が困った顔で頭を振る。 「……兄貴、今はすまないが、計画に集中してくれ。康意と吾吠が首だけになる前に計画をすすめないと、全て無駄になる。俺の指と目も……」  田介はざらりとした胸の潮騒を感じつつも、成皿の不安そうな顔をみると微笑んだ。 「お前の身体に、そんな真似はさせない」  田介は寝台に潜り込んだ成皿からゆっくりと視線を離す。  疑問は尽きない。  いかにもわざとらしい手口だ。  カラスの木箱はまるで獲物がかかるのを待っているようではないか?   酒楼で接触してきたあの役人のことが、今更不気味に思えてならなかった。  剣を、確かに触られた。  まさか、見ていたわけではないだろうな、  この剣の、鍔を―― ――――――――  虓台城(こうだいじょう)の城市、妓楼といえば繁華な東に軒を並べ、妍を競う三人の美女が夜々を月下のもと飾りたて、花のように咲き乱れていた。  烏夜(ウーイエ)朱冠(チューコワン)海燕(ハイイェン)、それぞれ夢沈楼(むちんろう)孟春楼(もうしゅんろう)清河楼(せいがろう)の極上の妓女であり、その一つ、夢沈楼は何家の息がかかった楼台だ。  その夢沈楼の烏夜の寝室から一つの木箱が見つかった。  赤い鶏冠と赤い羽根の鶏が生きたまま何十匹と押し込められた木箱である。けたたましい鳴き声に気づいた別の妓女が発見したものだった。  下手人として捉えられたのは、康意と吾吠という二人の賊だ。 ―――――――― 「冗談じゃない」  見ると、成皿の目は強い落胆の色に沈んでいる。額の汗を拭いながら強張った顔は、怒りとも悔しさともとれない恐ろしさに歪んでいる。  検分しているのは藍虧玉(ランコイユイ)だ。  日が昇り、藍家へ向かっていた早朝のことで、妓楼が騒がしいというので通りすがりにちらっとだけ様子を見に行くことになった。  一連の出来事を噂話からそれとなく把握して田介が先を急ごうとしたところ、飛び込んできた声に足を止める。  下手人を捕らえたのは藍虧玉だという。 「……おい、まさか、藍の若旦那、わざとってことはないだろうな?」  成皿の呆気にとられた声が耳元に近かった。  その藍虧玉は鋭い視線を一瞥兄弟にくべたきり妓楼へ入っていったのだから、成皿は裏切りだと思ったようだ。  暢気な田介にかわって焦りを滲ませる成皿に、田介はやはり暢気だった。 「まずいな、康意と吾吠はもう牢か? 首をとりにいくのがさらに面倒になった……藍の嫌がらせより、何家から私への嫌がらせな気がしてならないけどね」 「……俺の指と目が、そんなに欲しいかな?」 「いらないだろ」  にべもなく言い放ち、田介は息を吐く。  藍虧玉をどうすべきかと田介も一瞬過ったが、成皿はすでに道を戻りつつ田介に指を振った。 「倉庫に行ってくる。兄貴は藍の若に言い聞かせてくれよ」  白んでいた空が明るくなりはじめ、人混みは通りにあふれかえるばかりになっていた。それを役人が蹴散らしながら道を空けていく。成皿はその騒々しさの中、まだ静けさに包まれた邸店へ駆け出していった。  朝靄の中に消えていく成皿を見送っていた田介はさっと裾を翻し、烏夜の行方を問う甲高い声を背に、その騒然とした気配にのまれるように藍家へ向かった。

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