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12.困ったときは成皿に
「お前は私に何を求める」
藍虧玉 の顔はすぐに几帳面で面白みのないものに戻っていて、田介 は机の上で不遜に膝を組みながら藍虧玉の積極的な申し出に少しためらっていた。
「もちろん、決まってる。弟だけは何があっても守ること」
もしかしてこちらの要求を引き出そうとして仕組んだのではないかとさえ思われた。それが藍虧玉にとって利益のあるものかどうかはさて置き。藍虧玉はそういう少々複雑で面倒な手続きを好むところがあるようだ。
そして藍虧玉は同時に、やはり田介の望むことといったら弟の他にないのだと呆れてもいた。
「わかった」
意地が悪いことに、藍虧玉は安直な田介の答えに念を押して聞き返すことはしない。本当にそんなものでいいのか? とでも優しさをかければ田介も思いとどまるのだが。しかし田介は藍虧玉のその「わかった」というたった一言から、彼が何か拍子抜けしたようだと気づく。
「藍、一応、聞くけど……」
逆に何を言わせるつもりだったのか。それを確かめようとした田介は突然、言葉を遮られていた。
窓際に用意していた盃を口に含み、唇を潤わせた藍虧玉が半分ほど喉に流し込むと、その残りを田介の口元に押しつけたのだ。
ほとんど強引に持ち上げられた顔を慈しむように支えられながら、田介は口の中へとそそがれるそれを仕方なく受け入れる。
舌の上に広がる葡萄酒の豊かな香りと、思いがけず藍虧玉の体温に頬を包まれ、あえかな酔い心地が一瞬、肌を掠めていた。
雫の一滴さえ残さず舐め取った田介は唇の端を拭って「飲んだよ」と藍虧玉の袖に手を絡めて舌を出す。
「どうして私と取引をする?」
「お前がばかだから」
盃一つで真っ赤になって酔ってしまう藍虧玉の首筋はのぼせている。身体中に走る血脈の騒がしさにぼうっと物憂げに目を伏せて、彼自身、大胆なことをしたと思っているのだ。
田介は盃を弄びながら藍虧玉の言葉に沈思するところがあって、中々心の中が晴れずにいた。気持ちや感情を内にとどめておくことなど苦手な田介は我慢できず、ふらっと前後に揺れている藍虧玉を気にせず「なあ、」とその腕を掴む。
「成皿 に一度聞いてみてもいいか?」
「だめだ。盃は交わした」
「お前が押しつけたんだろ」
ドン――、と途端、田介の脇に足を置き、じろりと憂鬱そうな眼差しに睨まれて田介は焦る。
「どんな顔だよ」
怒っている訳ではなさそうだ。けれど行動は荒っぽい。やはり飲むと多少思い切りが良くなるらしい。それも腰に手をかけて剣を抜こうとするように見えるので、田介は今更成皿の気持ちが痛いほどわかってしまった。
「私に勝てないだろ」
呆れつついう。
田介が剣術を教わったのは藍家の当主で、その息子である藍虧玉よりも筋が良いと言われてきたが、別に喧嘩をするつもりもない。
田介が対処を考えていたとき、廊下から軽快な足音が近づいてきたかと思うと、少しの躊躇いもなく部屋の扉が開いた。
「藍の若旦那、礼をいうよ」
疲労困憊な成皿が息を吐きつつ藍虧玉の背後から立ち現れて、最低限機嫌を繕って言葉を続けようとしたところ、背を向けたまま動かない藍虧玉に不審に思った。
「……なにをしてる?」
指でもはさんだか? 立ったまま寝てるのか? そう思って近づいた成皿は、机の上でにらみ合う田介に気づいて一瞬呆気にとられた。
が、次の瞬間、
「――まずいか?」
成皿の脳裏にはまず一番に危うい出来事が駆け巡り、そして次にとにかく危険な状況が過っていた。ぎょっとして飛び上がるほど驚く成皿がその脳裏で何か忙しく想像を働かせているらしいと勘づいた田介は、藍虧玉越しに軽やかに微笑んだ。
「まずいって、何がだ? いってみろ成皿」
「いや、なんでもないよ。もしかしたら屋敷が壊れるかも知れないって思っただけだ」
迂闊なことを口走ってしどろもどろに目を泳がせる成皿が慌てて両手を振る。
「二人とも……もし可能なら冷静に」
「私は冷静だとも」
「どこがだよ、どうして藍の若は机に脚を? 兄貴が挑発したのか?」
「挑発なんてするはずないだろ、この堅物に何をいっても無駄だよ」
「そういう物言いをするから藍の若の腹がわからなくなるんだ」
田介は声を張り上げ、成皿も負けじと言い返す。藍虧玉をはさんでもののやり取りをする二人の間で、藍虧玉はうるさそうにぼそりと呟いた。
「……何しに来た?」
成皿は首を赤くした藍虧玉に気づくと唖然と田介を睨んだ。
「一人はどう見たって酔っ払ってる。まさか飲ませたのか?」
「飲ませるはずがないだろ。勝手に飲んだんだよ」
「要件がないなら……」
とさらに、藍虧玉は傍の柱に寄りかかりながら首元を扇いでいう。
「あるに決まってるだろ、じゃなきゃ来ない。あ、ちょっと!」
と、成皿が廊下へ顔を覗かせ、たまたま通りかかった使用人を呼び止める。
「水を持ってきてくれ」
空になった水差しを渡して急かすように行かせた。
それから使用人が戻ってくるまで、成皿は二人を椅子に座らせて場を整えるのに忙しかった。
藍虧玉が水を飲んで少し落ち着いたのを見計らい、咳払いをして語り出す。
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