18 / 22
18.理解者の君
「まさか藍大爺 まで来るなんて。大げさだろ。牢はどこだ? 歩いて行くのか? くたびれそうだな」
田介 は現溺閣 で拘束されてからも気楽に構えていて、言葉数の少ない藍虧玉 を質問攻めにしている。
思いつくまま口を開く田介に彼は答える暇がない。周囲から寡黙だと思われているのはじっくり長考する癖のせいで、返す言葉が鋭いのは長ったらしい返答を凝縮した末である。なぜか丸みを削って棘だけを排出するために、物言いは全て角が立つはめになり、歯に衣着せないと言われてしまう。
「藍、なぜ私の邪魔をした? 何 家を陥れてどうする? どんな恨みがあるんだ?」
などと黙り込んでいる藍虧玉に田介はたたみかけた。
藍虧玉は今、頭の中では何万、何十万と言葉が高速で行き交い駆け抜けているのだが、綺麗な顔をして全く聞いていないようにも見える。それが周囲を顰蹙させるのだが田介だけは、こいつはまた複雑にものを考えているなと忍び笑いをもらした。
藍虧玉も田介が人と違う反応を見せると気づいてからは特に悠長だった。
「考える脳みそがあったのか」
と――
長考の挙げ句にようやくため息を一つ吐き、傍から聞くとやはり攻撃的なこの言葉に田介はちょっと悪戯に眉を上げた。
「私だからいいものを。他人が聞いたら誤解どころじゃすまない」
この清々しいほど綺麗な思案顔をもう少し見ていようかとも思ったが、田介は話しを戻した。
「木箱だよ。カラスを孟春楼に送りつけただろ」
「お前には何も影響はなかった。それなのに邪魔だと?」
「おかげで何索相 を成皿 に守らせる羽目になった」
「誰を、守らせる……?」
何が気に障ったのか。藍虧玉はぴたりと足を止めた。軽く顎を引いて目の端で睨むその目つきは、身の毛のよだつほどの怒りに満ちている。田介はたまらず視線を逸らした。
「死なれたら困る……私を、牢から出してくれる人だからさ」
と慌てて言葉を取り繕うが、それがさらに火に油を注いだようだ。
「私では力不足だと言いたいのか?」
「藍……お前には危ない橋を渡らせたくない」
「取り逃がすのも脱獄させるのも同じ失態だ」
それなら自分が脱獄させる方がよほど良いというのか?
「一応は立場を考えろよ、お前は捕吏だよ」
白鳳軍将を輩出してきた名家、藍家の若様に田介を逃した責任を問えるような人などいない。わざと逃がしたところで所詮力のない武官が迷惑を被るだけだが、藍虧玉だけは清廉でいてほしい。
「何家はお前を守らない。むしろこの事態を責めて当主は何索相を殺すだろう」
「当然、そうするだろうな」
田介はあっさりと頷いた。それをまた、分かっていながらなぜだと藍虧玉の目尻がつり上がっていく。
答えずにいると黙るなと目で催促するので、田介は苦笑いした。
「盗賊団の首領として私が処罰されれば、林灰坡に残してきた気の優しい姉夫婦は盗賊業から手をひけるんだ」
田介と成皿の何よりの願望だった。
林灰坡を出ようと兄弟二人を決意させたのは、守りたい姉夫婦のためである。二年もかかってしまったが、首領が掴まれば盗賊団の統率は失われ、捕吏の目に怯えることもなくなる。
彼らを解放できる日も近い。そう思うと田介はようやく肩の荷がおりるようで力が抜けた。安心していい、罪悪感に心を痛めて泣かなくても良いのだと、言ってやれる。
その日を夢見る田介を側目に、藍虧玉は苦しげな色をさっと瞳に過らせた。
「……藍将軍が来たのは、大げさだといったな」
藍虧玉は田介の腕を強く引きながら、道を寂しげな方へと急いで行く。
星明かりに照らされた暗がりの通り、人の声も遠ざかるほど道を奥へ奥へと足早に進む藍虧玉の険しい顔つきに田介は次第に心がざわつきはじめていた。
「私に、特別な用事があったか?」
尋ねるその声色は普段と変わらず飄々とさせてはみせるが、藍虧玉は見抜いているのだ。強張った口元と目の色に現れる焦燥を隠そうとして、顔を背ける田介に。
「林灰坡で死人がでた」
構わず続ける藍虧玉に田介はいよいよ息を凝らす。
「どうして林灰坡での事件を、藍大爺が追うんだ?」
白鳳軍は城市の治安部隊であって、城市外の事件には関与しないはず。尋ねながらも、田介はその事実をどこか知っているような気もしていたのだ。
嫌な予感が、通りを暗く染める闇色の影のように、田介の心を冷たく蝕んでいく。
「その犯人が、張家の出身だという」
密かに息を呑む田介の声に、藍虧玉は冷静に続けた。
「お前のことだ――、張界 」
ともだちにシェアしよう!

