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第二話 宮古島

 宿に戻り、食事をして、シャワーを浴びた。旅の疲れもあってうとうとしていると、哲司に起こされた。海に行くぞと言う。   「またか」 「見せたいもんがあるんだよ」    街灯一つない田舎の道を車で走る。夕食で酒を断ったのはそのためだったのかと伊依は思った。  昼間泳いだのとは別のビーチに着いた。足元も見えないほどの暗い道を、哲司に手を引かれて歩いた。  磯のにおいが濃くなって、波の音が近づいてきた。もうすぐだと哲司が言う。  いきなり視界が開けた。闇に慣れた目に、淡い光が飛び込んできた。無限にも近い星が、広い空を満たしていた。  金銀の砂を流したような天の川が、天を高く貫いていた。空を満たすあまたの星が、囁くように瞬いていた。  こっち、と哲司に手を引かれた。波打ち際まで歩いていく。夜空が降ってきたかのように、海が淡く輝いていた。  夜光虫だと哲司が言った。寄せては返す波が青白く発光する。これを見せたかったんだと笑った哲司の横顔が、青白く照らされた。淡く明滅する光が、優しい横顔を照らしていた。   「綺麗だろ」    強く手を握られた。伊依は真っ直ぐに海を見つめる。  きっと、あの星の雫が海に落ちて、夜光虫に姿を変えたのだ。青白く明滅する光の一滴一滴が、幻のように美しかった。伊依は、握られた手を握り返した。  綺麗だと、純粋に思った。この世には生きる価値があるのかもしれないと、勘違いしてしまいそうになるくらいには。  もとより、この世は生きるに値する。哲司が生きているからだ。この男が隣にいたから、伊依にとっての世界は価値を取り戻した。  ずっと、いつ死んでもいいと思っていた。あの男──曽根崎を殺して、自分も死ぬつもりだった。それでも、結局は死に損なった。十五年前の夏の日だ。  あれから、死ぬことができずにいる。この十五年、いつ死んでもよかった。今、この瞬間に死にたいと、ずっと思い続けていた。けれども、結局死ねずにいる。今もまだ、哲司の隣で、命を手放せずにいる。    自分という人間は、こんなにも弱かったろうか。いや、生まれた時からずっと弱かった。弱かったから、父に捨てられた。弱かったから、母に置いて逝かれた。弱かったから祖母に売られて、弱かったから、あの男に犯された。弱かったから、一人で死ぬこともできず、逃げることもできないで、こんなところまで来てしまったのだ。  今も昔も弱いままだ。けれども、昔は何も怖くなかった。恐ろしいものなんて、何もなかった。憎しみだけを原動力に、復讐のためだけに生きていた頃、死は恐ろしいものではなかった。終わりの見えない人生が続いていくことの方が怖かった。  それなのに、なぜだろう。きっと、多くのものを持ちすぎてしまった。あの頃は、何も持っていなかった。父や母や祖母やあの男への怒り、憎しみ、それ以外には。初めから、伊依には何もなかった。  哲司が、伊依の世界に意味を与えた。彼は、愛されることを知っていた。そして、愛することを知っていた。伊依は哲司から、愛されることを教えられ、愛することを教えられた。そしていつの間にか、両手では抱えきれないほどのものを、持つことになってしまった。それらを何一つ捨てることができないから、伊依はまだ、ここにいる。  世界が美しいと知ってしまった。人を愛する喜びを知ってしまった。愛される喜びを知ってしまった。その全てを投げ捨てることなど、どうしてできよう。この男を愛おしいと思う度、世界が美しいと思う度、伊依の決意は揺らいでいく。    翌日、シュノーケリングのツアーに参加した。宮古諸島の北方沖に、巨大な珊瑚礁群がある。八重干瀬と書いて、やびじと読む。八重の干瀬。大まかに八つの珊瑚礁があることから、そう名付けられたらしい。  幸いにして、シュノーケリングの心得はある。足ヒレをつけて海に浮かぶと、昔泳いだ感覚が甦ってきた。  エメラルドグリーンといって差し支えない、透き通った浅い海が、数キロにわたって広がっている。日本のグレートバリアリーフと呼ばれているのも頷ける美しさだった。  リーフの向こうの深い海は、紺碧に輝いている。東京のものとは違う、直線的な強い日差しが、海の青を深くする。   「なんかさ、人魚姫って感じじゃない?」    色とりどりの鮮やかな熱帯魚と戯れて、哲司のテンションは上がっている。わざわざシュノーケルを外して、興奮気味に声を張った。   「人魚姫。ディズニーの方の」 「プリンセスに憧れる歳でもねぇだろう」 「じゃあ、竜宮城みたいってのは?」 「浦島太郎か」 「や、どっちかっつーと乙姫様がいい」 「結局姫様じゃねぇか」    哲司がはしゃぐのも分からなくはない。伊依は哲司と違って、可愛いものだとか小さいものが好きというわけではないが、それでも、海の中にも楽園はあるらしいと思わされた。  赤や青の宝石のような小魚が、群れを成して泳いでいる。サンゴの陰やイソギンチャクの間を、自由に踊るように泳ぐ。そこが彼らの城だと言わんばかりに。水中は音がくぐもっていて聞こえないが、耳を澄ませば音楽が聞こえてきそうだった。  リーフの終端は、唐突に現れる。いきなり珊瑚礁が途切れて、垂直の崖のように落ち込んでいる。深い海が足元に広がって見えた。底なしの青が、果てしなく続いていた。死の香りに吸い込まれそうになった。それは、熱帯魚の歌よりも甘美だった。  振り返れば、哲司が呼んでいるのが見える。そろそろ上がる時間だと、手招きで教えている。海の底にもう一度目をやってから、伊依は船に戻った。  半日に及ぶシュノーケリングはさすがに疲れた。宿に帰り、すぐに寝たかったのに、哲司に求められた。もういいと言うのに、二度も交わった。散々高められ、恥ずかしいことを言わされて、ほとんど気絶するように眠った。  伊依が寝て、哲司もすぐに寝落ちたのだろう。二人とも素っ裸のまま、手足を絡ませた状態で朝を迎えた。    まだ疲労が回復しない。歳を取ったものだと思う。こんなに長く生きる予定ではなかったのに。おじさんと呼ばれる年齢まで生きているなんて、昔の自分が知れば嗤うだろう。  今日はのんびり過ごすことにした。島を一周ドライブする。運転は交代でと言ったのに、何だかんだ哲司がずっとハンドルを握っている。  宮古諸島というと、八つの島から成っている。そのうち、多良間島と水納島は、海を隔てた西方に位置している。大神島は宮古島の近くにあるが、陸路では繋がっていない。先に述べた伊良部島、下地島、そして池間島と来間島は、宮古島から橋で結ばれており、陸路で移動できる。  宮古島で一番有名なビーチである与那覇前浜から、来間大橋を渡って来間島を回り、宮古島の最東端である東平安名崎──ひがしへんなざきと読む──へと向かった。国内でも珍しい、登れる灯台があった。九十七段の螺旋階段をぐるぐる上っていき、小さな扉を開けると、雄大な太平洋と迫力ある東シナ海を一望できた。  こうなれば西平安名崎も見ようという話になり、海岸沿いを北上した。ざわめくサトウキビ畑と、ハイビスカスの花畑を車窓に眺めて、片側一車線の道路を飛ばした。西平安名崎には灯台はなかった。  池間大橋から池間島へと渡り、外周道路を回った。白い灯台が見えたので近くまで行ってみたが、こちらの灯台は上れなかった。最後は宮古島に戻って、海中公園という天然の水族館へと立ち寄った。  水深四メートルの海底に作られた観察施設から、アクリルガラス越しに海の中の様子を見ることができる施設で、かなり気軽に、熱帯魚や海の生物と触れ合うことができるというものだった。  ガラス越しに差し込む淡い光が水に揺れる。薄暗く静かな空間で、ぼんやりしているとすぐに時間が溶けた。いつまでもここにいたいなんて、詮ないことを考えた。  しかし、この世に楽園など存在しないのだ。

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