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第6話 奪った男
伊織と暮らすようになって数ヶ月。雪翔はコンビニに行ったついでに、自分の分のコーヒーと伊織の分のカフェオレを買ってきた。
「伊織さん、これ、カフェオレどうぞ」
「え、いいの? ありがとう!」
伊織はふうふうとカフェオレを冷ましてから、幸せそうにそれを飲む。
「んん……おいしい……!」
その笑顔を見ているだけで、心が満たされる。好きな人とこうして穏やかな時が過ごせるなんて、幸せにも程がある。
「雪翔くんはコーヒー?」
「はい、ブラックです」
「ふふ、昔はサイダーとかジュースばっかり飲んでたのに、いつの間にかに大人だねえ」
「……伊織さんは俺のこと、子ども扱いしすぎです」
雪翔はもう二十三歳だ。伊織に抱っこをされていた小さな子どもではない。それなのに、伊織は雪翔を男として見てくれなかった。それがひどく不満だ。
「……孝仁さんも、コーヒー好きだったな…………」
ふと、伊織の目に寂しさが宿る。『たかひと』というのは、亡くなった伊織の夫だ。
伊織が結婚して駆け落ちしたと聞いた時、雪翔の心は絶望に苛まれた。この世の全てを信じられなくなり、髪を短く切ったのを覚えている。
「日曜日の朝は、孝仁さんがコーヒーをいれてくれて……豆から挽くんだ。その仕草が好きで、ずっと見ていたかった……」
もういない誰かを愛おしむ顔。伊織にそんな顔をさせる男が、憎くてしょうがなかった。
「……たかひとさんと付き合ったのは、どんなきっかけだったんですか?」
だが、その憎しみを隠して雪翔は笑う。傷ついている伊織を手篭めにするような真似はしたくない。
「大学で、授業が一緒でね。……僕、色んな人にその、声をかけられることはあったんだけど……みんな、なんて言うかな、嫌なことばかり言ってきたから……」
「嫌なこと?」
「『一発ヤらせろ』とか『愛人にさせてやる』とか……急に身体を触ってきた人もいたな」
「っ……」
伊織は魅力的だ。男の欲を煽る美しさを持っている。だからと言って、そんな最低な言葉を投げるなんて。その時に伊織を救えなかった自分が許せない。
「でも、孝仁さんだけは、真正面から『好きです』って言ってくれたんだ。僕が変な人に付き纏われた時も助けてくれて……本当に、ヒーローみたいだった」
伊織の瞳は懐かしむような、愛おしむような色をまとっていた。『好き』だなんて、そんなの。
「……俺も、言ったのに」
『おれいおりにいちゃんすきだもん!』
初めて伊織に会った時、確かにそう言った。プロポーズの約束だってした。なのに、なのに。
「え、ごめん、なんて言ったの?」
「あ、いや、素敵な人だったんですねって」
胸の内から溢れる強欲と憎しみと嫉妬を抑えて伊織に微笑む。どんなに願ったって、大学時代の伊織を助けて結婚したのは『たかひと』だ。
無力な子どもだった自分では、きっと助けられなかった。
「孝仁さんは、背が大きくてね。抱き締めてくれると、僕をすっぽり包んじゃって、それが、好きで……」
伊織の声にだんだんと嗚咽が混じる。一生を共にすると誓った人を失う悲しみは、雪翔には想像ができない。
「……伊織さん」
雪翔はゆっくりと、伊織の手を握った。まだ、告白はできない。でも、自分の隣に来てくれた人を、もう諦めるつもりもない。
「悲しかったら、いつでも俺に話してください。いくらでも話聞きますから」
「……いい、の?」
「ダメなわけないです。伊織さんはまだ傷ついてるんですから、俺に甘えてください」
「……雪翔くんは、優しいなあ…… 」
はらはらと零れる綺麗な涙をそっと拭う。愛することはできない。今は、まだ。
雪翔は自分の仄暗い感情を隠しながら、伊織の手を優しく包み込んだ。
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