9 / 34
第9話 告白
雪翔の家で暮らすようになって、半年。
「よいしょ、っと……」
伊織は畳んだバスタオルを持って脱衣所へ向かう。雪翔の家の家事にもだいぶ慣れてきた。
ひとつ困ることとすれば、雪翔に恋心のような感情を抱いてしまっていること。
──僕は、おじさんだから。それに、孝仁さんが亡くなったばっかりで雪翔くんを好きになるなんて不義理だ……。
自分にそう言い聞かせても、どうしようもなく雪翔に惹かれていく。ふとした仕草で彼が『男』なのだと思うと、胸が高鳴った。そして、自分に向けられる、あの太陽のような笑顔──。
『伊織さん!』
──駄目、駄目。立場をわきまえろ!
伊織はぶんぶんと首を振って、脱衣所のドアを開けた。
「あっ」
「ひゃっ!?」
そこには、上半身に何もまとっていない雪翔がいた。鍛えられた身体に、胸が壊れるのではと思うくらい心臓が高鳴った。
「ご、ごめんっ! バスタオル置こうと思って……!」
「いや、大丈夫ですよ」
見てはいけないと思うのに目が離せない。触れてみたい。抱き締められてみたい──。
「……伊織さん?」
「な、なに?」
「俺の身体、どっか変ですか? すげえ見てるから……」
「ち、違うよっ! 男らしくてかっこいいなあって、ちょっとドキドキしただけでっ……ごめんっ!」
脱衣所を出ていこうとすると、雪翔がとん、とドアに手をついた。まるで、獲物を逃がさない捕食者のように。
「待って、伊織さん」
「な、なに……?」
「伊織さん、俺にドキドキしてくれるんですか?」
その表情はひどく真剣で、瞳には思慕の情が宿っていて。伊織は石になったようにその場から動けなくなった。
「そ、その……」
「伊織さんは、まだ旦那さん亡くしたばっかりだから……我慢しようって思ってました。けど、俺のこと意識してくれてるんですね?」
雪翔の手が肩に触れる。大きくて、温かい男の手。
「雪翔くん、駄目、何かの間違いで……」
「間違いじゃないです。俺は十八年前からずっと、伊織さんだけが好きです」
その、想いを。素直に受け取ることができたらどれだけよかっただろう。
でも伊織はもう三十歳の大人で。雪翔のような若者は、眩しすぎて。
「伊織さんのことはマジで好きです。好きだから、伊織さんのこと大事にしたいんです。旦那さんのこと忘れられないなら、俺の気持ちなんか気にしないでください。でも、もし俺を好きでいてくれるなら、俺の手を取ってくれませんか」
真っ直ぐな、汚れのない言葉。そんなもの、受け取れるわけがない。だって伊織は──。
「……僕は、何も持ってないよ。お金も、仕事もなにもなくて、年下の君に甘えてばっかりの駄目なおじさんだよ。そんなやつに好きなんて言われても、君は困るでしょ? だから、駄目だよ……」
雪翔のことを本当に思っているなら、身を引くのが正解だ。こんな取り柄のない年上の男の人生に、雪翔を付き合わせるわけにはいかない。
いかない、のに。
「好きだなんて言われたら、僕は……弱いから、それに縋りたくなるんだ……」
伊織は、どこまでも愚かで。
情けなくて仕方がない。伊織は結局人に甘えてばかりだ。こんな人間、雪翔に相応しくない。
「伊織さん、何を持ってるとか、何ができるとか、そういうことじゃないんです」
雪翔は伊織の手を握って、真っ直ぐに見つめた。
「伊織さんは、俺の事好きなんですか?そうだったら俺は嬉しいです」
どうしてこんなに真摯に向き合ってくれるのだろう。そんな風に言われたら、伊織はずるいからそれを求めてしまう。
「……好きだよ」
零れたのは、決して許されない想い。
「君が、太陽みたいに眩しくて、素敵な男の人で……傍にいたいって、思っちゃったんだ……」
あんなに小さかった男の子は、伊織よりずっと立派な大人の男になっていた。
好きだ、好きだ。どうしようもなく、雪翔が好きだった。
でも、まだ大人としての理性は残っていて、雪翔の手を握り返すことができない。
「駄目だよ雪翔くん、僕、本当に何も出来ない駄目駄目なおじさんなんだ……」
「伊織さんはずっと素敵なお兄さんですよ。あの夏に俺にサイダー奢ってくれた、きらきらで綺麗で、優しい伊織さんのままです。俺はそんな伊織さんを好きになったんです」
優しく、身体を包み込まれる。雪翔の体温は子どものように高くて、触れただけで胸が満たされた。
「年下の子に手出したら……僕……犯罪者になっちゃう……」
「伊織さん、俺成人してますから。そこらへんは大丈夫です」
「でも、僕、本当につまらないおじさんだよ。もし雪翔くんに嫌われたら、飽きられたら……」
「そんなこと絶対ないですって。言ったでしょ、十八年ずっと好きだったって」
雪翔は言い聞かせるように、伊織の頬に触れた。
「伊織さん、好きです。伊織さんが俺を好きでいてくれたら、それだけで充分です」
「雪翔、くん……」
その笑顔は、太陽のように眩しくて。
手が、後頭部に触れる。食べられる、と思った瞬間、唇が触れた。
「ん、んんっ……」
貪るような口づけ。若々しい欲望を押しつけられて、背徳感に頭がくらりと揺れた。
腰を抱かれて、引き寄せられる。伊織は縋るように、雪翔の胸に触れた。
「は、んっ……」
「っ……」
口づけが深くなっていく。何度も角度を変えて、食らうようにお互いを求めた。
雪翔が、自分を求めている。それがどうしようもなく嬉しくて、伊織はひと筋涙をこぼした。
「伊織さん……」
「ゆきと、くん……」
「やっと、捕まえた」
男はようやく宝を見つけたように、安堵の息を漏らして。
この太陽になら、焦がされたって構わない。
伊織は自分が堕ちる音を聞きながら、そっと雪翔に身体を預けた。
ともだちにシェアしよう!

