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第12話 忘れられない人
雪翔と付き合ってから一ヶ月。伊織は雪翔と一緒に、街中を歩いていた。
「それで、伊織さんの弁当食べたらめっちゃ元気出て。午後からの仕事も頑張れたんですよ」
「ふふ、そっか。よかった。一番お気に入りのおかずってある?」
「うーん……やっぱ卵焼きですかね! 甘いのが最高です!」
「なら明日のお弁当には大きめの入れるね?」
ふたりで歩いていると、ふと背の高い男性とすれ違う。黒くて短い髪、大きな背中。
「たかひと、さん……?」
そんなわけはない。でも、一瞬もしかしたらと思ってしまった。すれ違った男性を追いかけて、伊織は道を戻ろうとする。
「孝仁さんっ……!」
「伊織さん!?」
雪翔が伊織の手を掴む。男の姿はもう人混みに紛れてしまった。
「あ……」
「伊織さん、どうしたんですか急に……」
「ご、ごめん……」
最低だ。今は雪翔と付き合っているのに、孝仁の幻影を追うなんて。
「た、孝仁さんに、似てる人がいて……思わず……」
雪翔は伊織を愛してくれているのに。もう、孝仁はいないのに。
「ごめ、ごめんなさいっ……」
全身から血の気が引く。顔を真っ青にして頭を下げると、雪翔は伊織を優しく抱き締めた。
「……いいんですよ。とりあえず落ち着いて、どこか座りましょう?」
雪翔は怒る様子もなく、伊織を抱き締めて歩き出した。
「……落ち着きましたか?」
「……うん、ごめん……」
公園のベンチに座って、自分の手を握り締める。本当に、雪翔に不義理なことをしてしまった。
「雪翔くんと一緒にいるのに、孝仁さんのこと考えるなんて……本当に駄目だね……」
デート中に他の男のことを考えられるなんて、不快以外の何物でもないだろう。
「……伊織さん」
雪翔はあやすように、伊織の背中を撫でる。
「伊織さん、無理にたかひとさんのこと忘れる必要なんてないんですよ。亡くなってまだ日も浅いんですから」
「でも……僕が雪翔くんの立場だったら、絶対に嫌だ……。雪翔くんが他の人のこと好きなんて、絶対……」
「……その言葉だけで、俺はもう充分です」
雪翔は上機嫌で、伊織の額にキスをひとつ落とした。
「いつか、孝仁さんより俺の方が大好きって思ってもらえるように頑張ります。だから伊織さんは、ゆっくり傷と向き合ってください」
「……その、今も、雪翔くんのこと、好き、だよ……?」
「……伊織さん、口にキスしていいですか」
「え、ええっ!? 駄目だよ、ここ公園! 外だよ!」
「キスしたら気分も落ち着くと思うんで。ね、いいでしょ? 誰も見てませんから」
「わ、んっ……!」
ぐいぐいと迫ってくる雪翔に、根負けする形で唇を奪われる。粘膜が触れているだけ。それだけなのに、ひどく心が安心した。
「ね? 落ち着くでしょ?」
「……もう、雪翔くん……」
雪翔は太陽のように満面の笑みを浮かべて、伊織を優しく包み込んだ。
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