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第19話 貴方のことが大切だから
「伊織さん、はぐれないように手繋ぎましょう」
雪翔は伊織と出かける時、いつも彼の手を繋ぐ。
「うん!」
伊織はそれをひどく嬉しそうにしてくれる。それが、どうしようもない幸せだった。
今日は伊織が電車に乗る練習をしようという話だった。
雪翔が隣で守っていれば、きっと痴漢に遭うこともない。伊織が理不尽な他人の欲望のせいで行動を制限されるのが嫌だったのだ。
電車の中で牽制の意味も込めて伊織の腰を抱いていた結果、伊織は痴漢に遭わずに済んだ。
そして今、ふたりは新宿に足を伸ばしていた。
「雪翔くん、守ってくれてありがとう」
「いえ、これくらい。彼氏として当然ですよ」
繋いだ手の温もりがあたたかい。伊織が隣で笑ってくれる。それだけで雪翔はどうしようもなく幸せなのだ。
「どこ行こうか?」
きゅっと手を握り返されて、雪翔はとあることに気づいた。
──あ、伊織さん、ちょっと手荒れてる。
毎日家事をしているのだから当然だろう。伊織の手は乾燥しきっていた。
確か新宿なら、ハンドクリームの専門店があったはずだ。
「伊織さん、俺行きたいところあるんですけど」
「うん、どこ?」
「ちょっと待ってくださいね。えーと……こっちです」
スマートフォンで店を検索して、伊織の手を引いて歩き出す。幸い店はすぐ傍にあった。
店に入ると、若い女性や男性がハンドクリームやボディソープを見て楽しんでいる。
「わ、ここなんのお店?」
「あ、あった。伊織さん、これ」
雪翔は店頭に並んでいるハンドクリームの試供品を手に取って、伊織に渡した。
「これ、なあに? クリーム?」
「ハンドクリームです。伊織さん、いつも家事頑張ってくれてるから必要かなって」
「ハンドクリーム! 確かに最近、手が荒れてたんだよね。ちょうどいいし買おうかな」
伊織はハンドクリームの蓋を開けて香りを嗅ぐ。
「わあ、すっごくいい匂い! お値段、は……」
伊織は値札を見てぴしりと固まった。そして、そっとサンプルを棚に戻す。
「…………や、やっぱり、いいや……」
「え、いいんですか?」
「その、僕には分不相応なお値段というか……」
「なんだ、値段なら気にしないでください。俺が買うんで。どの香りがいいか選んでくださいよ」
元々伊織に金を出させる気なんてなかった。雪翔は次のハンドクリームを伊織に手渡す。
「ええっ、でも!」
「伊織さんは俺の家事を代わりにやってくれたから手のケアが必要なんです。よってこれは必要経費。俺が出します」
彼氏として、これくらいは当然だ。雪翔が微笑むと、伊織はふたつめのクリームの香りを嗅いだ。
「……これも、いい匂いする……どっちにしよう……」
「じゃ、こっち俺ので、こっち伊織さんので。使いたくなったらいつでも言ってください」
「え、ええっ!?」
雪翔はふたつのハンドクリームをかごに入れる。伊織はあわあわと慌てて、ハンドクリームを戻そうとした。
「そんな、駄目だよ雪翔くん!」
「俺もハンドクリーム欲しかったんで。ね、いいでしょ?」
雪翔は微笑んでレジへ向かう。伊織は慌ててたまま、雪翔の後をついていった。
店を出てハンドクリームを取り出す。
「はい、伊織さん手出して」
自分の分のハンドクリームを手に出して、伊織の手に塗っていった。ふわりといい香りがして、気分が落ち着いてくる。
「雪翔くん……僕のこと、甘やかしすぎだよ……」
伊織は恥ずかしそうに言葉を紡ぐ。大人の色気があるのにどこか初心なところも、伊織の魅力のひとつだ。
「好きな人甘やかすの当然じゃないですか?」
「で、でも……僕、雪翔くんに何もできてないのに……」
「伊織さん」
雪翔はしっかりと伊織の手を握って、真っ直ぐに見つめた。
伊織が何もできていないなんて、そんなことはない。伊織は自分を過小評価しすぎだ。
「毎日すげえうまいメシ作ってくれて、弁当も持たせてくれてますよね」
「う、うん……」
「伊織さんが干してくれた布団で、俺は毎日気持ちよく眠れてます。それだけじゃない、伊織さんは俺のこと、めちゃくちゃ好きでいてくれますよね?」
「それは……そうだけど……」
「伊織さんがたくさんの愛をくれるから、俺はそれを返してるだけなんです。だから、何もしてないなんて言わないでください」
ちゅ、とあやすように額に口づける。伊織はおずおずと、雪翔の背中に腕を回した。
「雪翔くん、かっこよすぎる……ずるい……」
「へへ、そりゃ好きな人の前ではかっこつけますって」
雪翔は自分の幸せの形をした人を抱き締めて、心の底からの笑みを向けた。
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