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第26話 涙
家を出てから一週間が経った。伊織は毎日知らない男に抱かれて夜を過ごしていた。
求められるままに足を開けば汚い男たちは上機嫌に伊織を抱いた。
もう、この身体は穢れている。雪翔に触れられる資格などない。だから、伊織は自分の価値を確かめるように男たちに抱かれ続けた。
その日は雨だった。傘を持ってない伊織は雨に打たれながら、ふらふらと街を歩く。
──雪翔くん、ごはん、ちゃんと食べてるかな……お昼も、どうしてるんだろう……。
ずぶ濡れの身体を抱き締めながら考えるのは、雪翔のことばかり。
『伊織さんっ!』
あの、太陽のような微笑みを思い出す度に胸が痛くなる。帰りたい、帰りたい。今すぐ抱き締めて、優しくキスをして欲しかった。
「…………あ、れ?」
行くあてもなく彷徨っていたはずなのに、気がつけば見慣れた街並みが見えた。伊織はいつの間にか、雪翔の家の前まで戻っていた。
「……馬鹿だなあ、僕……」
もう、帰る資格なんてないのに。本当に馬鹿で、愚かで、どうしようもない。
早く立ち去ろうと歩き出すと、目の前に傘を持った雪翔がいた。
「……! 伊織さんっ……!」
「っ……!」
伊織は一目散に走って逃げ出した。だがすぐに雪翔に追いつかれて、後ろから抱き締められる。
「伊織さん、待って、行かないで!」
「やだっ……離して!」
「あんな置き手紙だけで俺が納得すると思いますか!?」
「もう僕は君の隣にいちゃいけないんだ!」
「そんなの誰が決めたんですか!」
「……っ、僕は、身体売ったんだ! 知らない人に何回も抱かれたんだよ! もう君の知ってる僕じゃないんだ!」
これできっと、雪翔は伊織を嫌いになってくれる。軽蔑してくれる。
「なんで……何でそんなことしたんですか!」
「僕じゃ駄目だったんだよっ!」
悲鳴のように叫ぶ。どんなに好きでも、この恋は許されない。
「君よりずっと年上のくせに仕事もしてなくて世間知らずで、何も出来ないお荷物なんだよ! 君には姫野くんみたいな、若くて綺麗な人がお似合いなんだ!」
「お似合いってなんですか、なんで伊織さんが俺の好きな人決めるんですか!」
「僕はっ……君に嫌われたくて、他の人に抱かれたんだ! もう僕に構わないでくれ! 嫌いになってくれ、お願いだから……!」
幸せだった。ふたりで食事をして、一緒に眠って、笑いあって。でも、それは許されないことだったのだ。太陽のような雪翔の隣にいていいのは、自分のような枯れた人間ではない。
伊織は雪翔の手を振りほどいて逃げようとした。だが、ぎゅうと強く抱き締められて逃げられない。
「……行かせて、よ。もう、君の隣にいたくない……」
「……やだ」
ぐす、と鼻をすする音。雪翔の瞳には涙が滲んでいた。
「やだ、やだぁっ……! 伊織さん、行っちゃやだあっ……!」
「雪翔、くん?」
「好きなんです……伊織さんじゃないと嫌なんですっ……なんでもしますから、行かないでぇっ……!」
雪翔は子どものようにわんわんと泣き喚く。伊織なんかのために、伊織のためだけに、泣いてくれている。
「……なんで、そんなに僕のこと好きなの…………?」
「伊織さんが、伊織さんだからですよっ……!」
嗚咽を漏らす彼の頬に、そっと触れる。泣いている子どもを置き去りにするなんて、できなかった。
「……おうち、帰ろうか」
「っ、ひっ、伊織さんも一緒じゃなきゃやです……!」
「一緒に帰る。帰るよ。だからもう泣かないで」
「っ、ぅっ、うぅ〜……っ!」
──ああ、結局僕は、雪翔くんに甘いんだよなあ。
雪翔が伊織を抱き締める。伊織はそれを抱き締め返して、ひと筋の涙を零した。
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