26 / 34

第26話 涙

 家を出てから一週間が経った。伊織は毎日知らない男に抱かれて夜を過ごしていた。  求められるままに足を開けば汚い男たちは上機嫌に伊織を抱いた。  もう、この身体は穢れている。雪翔に触れられる資格などない。だから、伊織は自分の価値を確かめるように男たちに抱かれ続けた。  その日は雨だった。傘を持ってない伊織は雨に打たれながら、ふらふらと街を歩く。  ──雪翔くん、ごはん、ちゃんと食べてるかな……お昼も、どうしてるんだろう……。  ずぶ濡れの身体を抱き締めながら考えるのは、雪翔のことばかり。 『伊織さんっ!』  あの、太陽のような微笑みを思い出す度に胸が痛くなる。帰りたい、帰りたい。今すぐ抱き締めて、優しくキスをして欲しかった。 「…………あ、れ?」  行くあてもなく彷徨っていたはずなのに、気がつけば見慣れた街並みが見えた。伊織はいつの間にか、雪翔の家の前まで戻っていた。 「……馬鹿だなあ、僕……」  もう、帰る資格なんてないのに。本当に馬鹿で、愚かで、どうしようもない。  早く立ち去ろうと歩き出すと、目の前に傘を持った雪翔がいた。 「……! 伊織さんっ……!」 「っ……!」  伊織は一目散に走って逃げ出した。だがすぐに雪翔に追いつかれて、後ろから抱き締められる。 「伊織さん、待って、行かないで!」 「やだっ……離して!」 「あんな置き手紙だけで俺が納得すると思いますか!?」 「もう僕は君の隣にいちゃいけないんだ!」 「そんなの誰が決めたんですか!」 「……っ、僕は、身体売ったんだ! 知らない人に何回も抱かれたんだよ! もう君の知ってる僕じゃないんだ!」  これできっと、雪翔は伊織を嫌いになってくれる。軽蔑してくれる。 「なんで……何でそんなことしたんですか!」 「僕じゃ駄目だったんだよっ!」  悲鳴のように叫ぶ。どんなに好きでも、この恋は許されない。 「君よりずっと年上のくせに仕事もしてなくて世間知らずで、何も出来ないお荷物なんだよ! 君には姫野くんみたいな、若くて綺麗な人がお似合いなんだ!」 「お似合いってなんですか、なんで伊織さんが俺の好きな人決めるんですか!」 「僕はっ……君に嫌われたくて、他の人に抱かれたんだ! もう僕に構わないでくれ! 嫌いになってくれ、お願いだから……!」  幸せだった。ふたりで食事をして、一緒に眠って、笑いあって。でも、それは許されないことだったのだ。太陽のような雪翔の隣にいていいのは、自分のような枯れた人間ではない。  伊織は雪翔の手を振りほどいて逃げようとした。だが、ぎゅうと強く抱き締められて逃げられない。 「……行かせて、よ。もう、君の隣にいたくない……」 「……やだ」  ぐす、と鼻をすする音。雪翔の瞳には涙が滲んでいた。 「やだ、やだぁっ……! 伊織さん、行っちゃやだあっ……!」 「雪翔、くん?」 「好きなんです……伊織さんじゃないと嫌なんですっ……なんでもしますから、行かないでぇっ……!」  雪翔は子どものようにわんわんと泣き喚く。伊織なんかのために、伊織のためだけに、泣いてくれている。 「……なんで、そんなに僕のこと好きなの…………?」 「伊織さんが、伊織さんだからですよっ……!」  嗚咽を漏らす彼の頬に、そっと触れる。泣いている子どもを置き去りにするなんて、できなかった。 「……おうち、帰ろうか」 「っ、ひっ、伊織さんも一緒じゃなきゃやです……!」 「一緒に帰る。帰るよ。だからもう泣かないで」 「っ、ぅっ、うぅ〜……っ!」  ──ああ、結局僕は、雪翔くんに甘いんだよなあ。  雪翔が伊織を抱き締める。伊織はそれを抱き締め返して、ひと筋の涙を零した。

ともだちにシェアしよう!