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第28話 赦し

「──伊織、伊織」  懐かしい声がする。ずっと自分を守ってくれていた、いなくなってしまった人の声。  目を開けると、そこには孝仁がいた。生前と変わらない、優しい笑顔で。 「孝仁、さん……」  会いたかった。きっと昔の伊織なら抱きついて泣いていた。けれど。 「伊織、ごめんな。お前のことひとりぼっちにして」 「……ううん、ひとりじゃない。ひとりじゃ、ないよ。雪翔くんが、いるから……」  もう、伊織は雪翔のものだ。だから孝仁には触れられないし、甘えない。 「……俺、ひとつ後悔してたことあるんだ」 「……え?」 「お前が、就活で病んでた時──働かなくていいって言ったこと。お前はずっと、自分は金が稼げない人間だ、って思うようになっただろ」 「……違う、孝仁さんのせいじゃないよ」  毎日嫌いな電車に乗って身体を触られて、面接でも厳しい言葉を投げられて。きっとあのままだったら、伊織は心が壊れていた。 「いや、きっともっといい方法があったはずなんだ。……大卒だからって仕事にこだわる必要だってなかった。お前に合った仕事を一緒に探すのが、あの時の俺がやるべきことだったんだ」 「孝仁さん……」  伊織のことを、そんなに考えてくれていたなんて。孝仁との思い出が走馬灯のように流れる。もう新しく作ることはできない、彼との愛しい記憶たち。 「……伊織、今、幸せか?」 「幸せだよ、すごく、すごく。世界で一番」  雪翔が拾って、救いあげてくれた人生。一度は離れることを選んだけど、やっぱり離れることなんてできなかった。 「雪翔くんがね、泣いてでも行かないでって言ってくれたんだ。僕、それが本当に、どうしようもなく嬉しくて……」  子どもで、大人で、優しくて、たまに意地悪で、甘えん坊で、甘やかしたがりの雪翔が、何よりも、孝仁よりも愛おしい。 「雪翔くんのために、頑張って生きようって……そう、思ったんだ」 「……そうか、そうか……」  孝仁はふっと笑って、優しく伊織の頭を撫でた。 「伊織、俺と結婚してくれてありがとう。何も残せなくて悪かった。……でも、お前のことは本当に愛してた。それは、信じてくれるか?」 「信じるよ。……僕こそありがとう、孝仁さん」  愛は確かにあった。それだけは、決して変えようのない事実。 「……僕、雪翔くんのところに戻らなくちゃ」  でも、伊織が選んだのは雪翔だ。これからは、愛の全てを雪翔に捧げる。 「さよなら、孝仁さん。……愛してたよ」 「……ああ。さよなら、伊織」  そして、伊織は愛していた人と決別して。  太陽のような温かい光に向かって、歩き出した。

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