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第37話 取り戻したもの
「はい、もしもし。……ええ、元気ですよ。代わりましょうか?」
ある日、雪翔がリビングで電話をしていた。敬語を使っているから雪翔の両親ではなさそうだ。
「もう、意地張らないでください。代わりますから。……伊織さん、伊織さんこっち来てください」
「? 誰と電話してるの?」
「信幸おじさんです。ほら、話してあげてください」
「え……」
信幸というのは、伊織の父の名前だ。孝仁と駆け落ちをしてから、もう八年も会っていない。
「おじさん、俺に伊織さんの様子を聞きに電話してきてたんですよ」
「で、でも……」
伊織が就活で失敗して専業主夫になると言ったら、両親は大反対した。孝仁と別れろとも言われた。それで大喧嘩をして、家を飛び出したのだ。
「………………」
「伊織さん、大丈夫ですよ。俺も傍にいますから」
震える手でスマートフォンを受け取る。雪翔がそっと肩を抱いてくれた。
「も……もしもし」
『……伊織か?』
「お父さん……」
父の声は変わっていなかった。少し震えている気がする。
『……体調はどうだ、風邪なんか引いてないか?』
「大丈夫、です……」
『…………そう、か…………』
何を話せばいいのだろう。家族を捨てた伊織が、今更。
『……もっと、私たちを頼って欲しかった』
「え……」
『雪翔君に全部聞いた。……困っている時くらい、親を頼りなさい』
「だ、だって僕……お父さんたちに反対して飛び出したのに……」
『……それでも、お前は私の可愛い息子なんだ。助けてと言ってくれれば、何だってする』
じわりと涙が浮かぶ。伊織のことを、そんな風に思ってくれていたなんて。
『今は雪翔くんと一緒に暮らしているんだろう?』
「はい……仕事もしてます……家事代行を……大変だけど、楽しくて……」
『そうか、お前は昔から家事は得意だったからな……』
「お父さん……僕……ごめんなさい、本当に……」
『雪翔君から様子は聞いていた。お前が雪翔君のところからいなくなった時、私たちのところまで探しに来たんだ』
「え……」
『雪翔君を心配させるようなことをするんじゃない。家出癖はお前の悪いところだぞ』
「っ、は、い……!」
ぽろぽろと涙が零れる。雪翔が伊織を強く抱き締めてくれた。
『今度家に帰ってきなさい。雪翔君と一緒に。母さんも心配している』
「お母さんは……元気ですか……?」
『歳のせいで腰をよく痛めてるよ。たまにお前の顔が見たいとぼやいている』
「……じゃあ、次の日曜日に帰ります」
『雪翔君に代わってくれるか』
「雪翔くん、お父さんが代わってって」
雪翔にスマートフォンを渡すと、彼は伊織の頭を撫でながらそれを受け取った。
「はい、はい……。おじさんも伊織さんも頑固すぎるんですよ。もうちょっと話をしてください。……ええ、伊織さんのことは俺が幸せにするんで。はい、じゃあ次の日曜にお邪魔します、はい、また」
電話が終わると、雪翔は指で涙を拭ってくれた。
「ありがとう……雪翔くん……」
「これで親公認の仲ですね、へへ、日曜日にお義父さんって言ったらおじさんに怒られるかな」
「どうだろう……びっくりはするかもね……」
「あ、手土産何持っていきます?」
「ふたりとも餡子好きだから……どら焼きとか?」
「いいですね、春風堂のやつ買っていきましょ!」
実家に帰ったら沢山話をしよう。これまでのこと、そしてこれからの、雪翔と一緒に歩く人生のこと。
伊織は涙の後が残る頬を緩ませて、穏やかに微笑んだ。
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