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第47話 日常が終わった日

 その日、伊織はいつものように朝の支度をしていた。 「雪翔くん、はいお弁当」 「ありがとうございますっ!」  雪翔はいつものように満面の笑顔で弁当を受け取る。 「今日のごはん、カレーでいいかな?」 「伊織さんのカレー、めちゃくちゃうまいから嬉しいですっ! 大盛りでお願いします!」 「ふふ、はあい。楽しみにしててね?」 「はい、行ってきますっ!」  ちゅ、と口づけをして、雪翔が家を出て行く。伊織は大きな伸びをして、片付けを始めた。  雪翔が家を出てから二時間ほどが経っただろうか。ふと、伊織のスマートフォンに電話がかかってきた。表示には雪翔の母である、百合子の名前。 「はい、もしもし? 百合子叔母さんですか?」 『い、伊織くんっ……!』  百合子の声は震えていた。何かあったのだろうか。 「どうしたんですか、叔母さん?」 『ゆ、雪翔……雪翔がっ……!』  ぞくり、と嫌な感覚がした。知っている、この、日常が壊れる感覚を、覚えている。 『雪翔が、交通事故に遭ってっ……!』  ──ぱきん、と、心が折れる音がした。思い出すのは、孝仁の訃報を聞いたとき。 『孝仁が事故に遭って、即死で……』  あの、世界が変わってしまう瞬間。大切なものがこぼれ落ちていく絶望。 「ぁ……あ……」  雪翔が、いなくなってしまう。伊織の幸せの形をしたひと。何よりも大切な、生きる意味。 「う、そ……」 『病院に運ばれたらしくて……伊織くんも来れそうなら来てほしいの』 「ゆきと、くんは……無事、なんですか……?」 『わからないの、通勤の時に車に跳ねられたらしくて……病院の場所、メッセージで送るわね』  身体ががくがくと震える。怖い、怖い、怖い、怖い。もしかしたら雪翔を失うことになるかもしれない。また、よすががなくなってしまう。 「病院……行かなきゃ……」  伊織はふらふらと歩きながら、震える手で支度を始めた。  病院に着くと、清潔な空気が逆に恐ろしく感じた。 「叔母さん……」 「伊織くん……! 今、手術中なの。私たちも今来たばっかりで……」 「ゆき、と、くん」  怖くてたまらない。雪翔が、雪翔がいなくなるなんて。触れた手術室の扉が冷たい。 「やだ、しんじゃやだ……」  ──たかひと、さん。雪翔くん、連れて行かないで……。  雪翔が、伊織の全てなのに。雪翔と一緒に生きなければ、意味なんてないのに。 「ゆきとくん、ゆきとくんっ……!」  ぼろぼろと涙が零れる。全身が恐怖で包まれて、動くことすらできない。 「……百合子、伊織さんと少し休んできなさい。下にカフェがあっただろう」  雪翔の父──順平が雪翔の肩に手を置く。 「伊織くん、大丈夫だ。うちの雪翔はそんなにやわじゃないし、君を置いていくような人間でもない」 「おじさん……」 「まずは落ち着いて、ごはんを食べなさい。朝から何も食べていないだろう?」  順平の顔は、雪翔にとても似ていて。きっと雪翔が歳を取ったら、こんな顔になるのだろうと思った。 「は、い……」 「伊織くん、行きましょう」  伊織は百合子に連れられながら、ゆっくりと歩き始めた。

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