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第49話 境目で
「ん……?」
目を開けると、そこは白い霧に覆われている世界だった。
「ここ、は……?」
自分が何をしていたのか思い出せないし、ここがどこかもわからない。
雪翔は一歩踏み出して、白い世界を歩き出した。
「なんなんだ、ここ……」
寒さなどは一切感じない。だが、温かさも感じない。建造物も、人も、何もない。
ふと、目の前に川があった。雪翔はその川に向かって歩き出して──。
「何をしているっ!」
誰かに、強く引っ張られた。
「うえっ!?」
誰かは雪翔を地面に叩きつける。見ると、男は怒りを滲ませていた。だが、男に見覚えはない。
「あの川を渡ったら手遅れになるんだぞ!」
「は、え……? どういう……」
男は雪翔の胸ぐらを掴んだ。
「伊織を独りにする気か……!?」
そう言われて──最愛の人を、思い出した。
伊織。誰よりも大切な、雪翔の恋人。綺麗で、可愛くて、寂しがり屋で、甘えん坊で、雪翔の生きる意味。
「伊織さんっ……!」
そうだ、伊織のところに帰らなければ。こんなところにいてはいけない。直感で、そう思った。
「俺、戻らなきゃ……!」
「待て。一発殴らせろ」
「へ? ごふっ!?」
男の容赦ない一撃を頬に食らう。どうしてこの男は会ったこともないのに、雪翔に怒っているのだろう。
「伊織を、泣かせるな」
「は……?」
「俺と同じ間違いをするな。あいつは寂しがり屋で、独りで生きることなんてできない」
「あんた、一体……」
「俺は──あいつに何もしてやれなかった。何も残してやれなかった。ひとりぼっちに、させてしまった……」
まさか。まさか、目の前の男は。
「あんた……」
「……俺のことなんてどうでもいい。お前はそれより、一刻も早く戻れ。ずっとここにいたら戻れなくなるぞ」
「えっ、やべ……!」
雪翔は元いた道を走り出す。先ほどまでなかったのに、行き先に光が見える。あそこにいけばきっと、伊織の元へ戻れるはずだ。
「……伊織を、頼んだ」
雪翔は一瞬だけ振り返って、伊織のかつての夫に向かって笑った。
「……わかってますよ、たかひとさん」
走る、走る、走る、走る。
ただひたすら、伊織のために。
まだ、結婚の約束すら叶えていないのだ。帰れたら、伊織にプロポーズをしよう。
指輪を買う金はまだ貯まっていないが、それは許してくれるだろうか。
「伊織さん……!」
こんなところで死ねない。まだ、伊織ともっと生きたい。
笑って、泣いて、支え合って。どこにでもいる、夫婦のように。
雪翔は、光に向かって手を伸ばして──自分の生きるべき世界に、足を踏み入れた。
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