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第50話 あの時の約束

 伊織はずっと、眠る雪翔を見続けていた。手術は無事に終わった。医者はいつ目覚めてもおかしくないと言っていたのに、雪翔が起きる気配がない。 「雪翔くん……起きてよ……」  何度声をかけても、身体に触れても、あの優しい瞳が見られない。 「ゆきとくん……」  そっと手を握ると、雪翔のまぶたがぴくりと動いた。 「っ、雪翔くん!?」 「ん……」  ゆっくり、百年の眠りから目覚めたように、雪翔が目を開ける。彼は伊織を捉えると、穏やかに微笑んだ。 「伊織さ……うわ、痛っ……」 「っ、ぅ、ゆきと、くっ……!」  伊織はぼろぼろと涙を零して雪翔に抱きついた。よかった、彼が生きている。ちゃんと、呼吸をしている。 「伊織さん……すみません、俺何が起きてるかわかってなくて……通勤途中だったと思うんですけど」 「車にひかれて死にかけてたんだよぉっ……! ほんと、に、生きた心地しなかったんだからっ……!」 「えーっと……心配かけて、ごめんなさい……」 「雪翔くんがいなくなったら、僕、生きる意味なくなっちゃうっ……! なんで孝仁さんも雪翔くんも僕のこと置いていこうとするのぉっ……!」 「……すみません、本当に……。絶対に置いていかないから、安心してください」  雪翔は優しく伊織の頭を撫でる。絶対、なんて言うのなら。 「……なら、ここでプロポーズして……」 「へ?」 「僕のこと、看取ってくれるって約束して……。一生傍にいるって誓ってよ……」  伊織は雪翔の手に縋って、ひとつ口づけを落とした。 「それとも……小さい時の約束、もう忘れちゃった……?」 『いおりにいちゃん、おれとけっこんして!』  小さな少年とした、子ども同士の約束。大人になったらまたプロポーズしてほしいと。  伊織は、情けなくそれにしがみつく。 「……忘れてません。忘れるわけがない。俺はずっと、あの約束のために生きてきたんです」  雪翔は伊織の手を取って、まっすぐに見つめた。あの時と同じ、純粋な瞳。 「伊織さん、俺と結婚してください。俺がずっと傍にいて、おじいちゃんになった貴方を看取るって約束します」 「……ほんとうに? うそ、つかない?」 「つきません。貴方を置いていきません。これからは、伊織さんのお婿さんにさせてくれませんか?」 「……いいよ、じゃあ、僕も、雪翔くんのお婿さんね」  どちらからともなく、唇が触れる。ずっと望んでいた、幸せのかたち。 「本当は、指輪買う金が貯まってからしたかったんですけどね……」 「いいよ、いつか一緒に買いに行こう。それよりもお婿さん、ぎゅーってして?」 「……それ、すげえグッときます……」  雪翔に再び抱き締められて、顔中に口づけが落ちる。  伊織はようやく戻ってきた幸せと、新しく手に入れた幸せに涙しながら、満面の笑みを浮かべた。

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