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第13話 自覚した、その直後
……あれ。
あ、また俺、途中で意識飛んでた。
全身が気怠い熱を孕んで重い。
奥が、じんわりと温かい気がした。
あいつまた中で出しやがったな……。
身動きをしようとして、自分の身体が身動きの取れないことに気がつく。
宵は俺の腰と頭を囲うように抱きすくめていた。
体温の塊にぴったりと張り付かれ、包み込まれるようにして宵の胸の中に収まっている。
すぐ近くにあるその顔を盗み見る。
いつも綺麗に整えられている髪が枕の上で少し乱れている。
綺麗に閉じた目と長い睫毛。
男のくせに、俺より白い肌。
規則的に静かな寝息を吐き出している唇は、ほんの少しだけ開いてる。
いつもあんなに意地悪に笑って、俺を翻弄して、何を考えているのか分からない男の完全な無防備。
俺を盾にするために正妃にしたくせに。
あの宴の席で、あんなに嬉しそうに俺の舞を見てたくせに。
心臓の奥が、なんだか変な熱を持ってとくん、と跳ねた。
……俺、まだお酒残ってんのかな。
絶対そうだ。
まだ頭の芯がふわふわしてる。
言い訳みたいに心の中でそう呟くと、俺はそっとその静かな寝顔に向けて身体を寄せた。
宵の少し開いた唇に、自分の唇を、音も立てずに小さく重ねる。
ただ触れるだけの、お酒のせいにするための、言い訳のキス。
唇を離すと、俺は宵の胸元に再び顔を埋め、今度こそ心地よい体温に包まれながら、ゆっくりと目を閉じた。
*
窓から漏れる朝日で目が覚める。
「……ん、」
身体を動かそうとして、遮るものが何もないことに気づく。
驚いて跳ね起きると、ついさっきまで俺を苦しいくらいに抱きすくめていたはずの熱の塊は、どこにもなかった。
隣のシーツに手を触れてみても、もうすっかり冷え切っている。
あいつ、もう仕事行ったんかな。
一人残されただだっ広いベッドの上で、俺は呆然と天井を見上げた。
それから、頭がはっきりとしてくるにつれて、昨夜自分が犯した数々の大失態が、濁流のように脳内に蘇ってくる。
挿れてほしいだの、気持ちいいだの。
挙句の果てには自分から寝顔にキスまでした。
うわぁ……何やってんだ俺は。
全部酒のせいだ。そう、全部アルコールのせい。
酒に酔ってたなら忘れてくれてよかったのに……。
いくら言い訳をしても、胸の奥がなんだかモヤモヤとして落ち着かない。
自分の中の奇妙な熱を誤魔化すように、俺はベッドを抜け出した。
「……ちょっと外の空気吸って、頭冷やそ」
シーツを引っ剥がしてとりあえず昨日脱ぎ捨てた服を羽織ったところで、静かなノックの音がした。
「朝食をお持ちいたしました」
タイミング良く入ってきた使用人が、手際よくテーブルに豪奢な朝食を並べていく。
安全が保証された温かいスープを口に運ぶと、お酒で渇いていた身体にじんわりと染み渡っていく。
食事を終え、淹れてもらったお茶を飲み干しても、まだ頭の芯が少しぽやんとして重い。
俺はクローゼットから緩い普段着を選んで袖を通した。
髪もろくに整えないまま、鏡の前の自分に小さく息を吐き出す。
部屋を出ようとすると、扉の前に控えていた使用人がすかさず一歩前に出た。
「どちらへ行かれるのですか? お供を──」
「あー、いい。ちょっとそこ、庭の空気を吸いたいだけだから。すぐ戻る」
本来ならぞろぞろと護衛がつくのがここのルールなんだろうけど。
困惑する使用人を入宮したてで庭の構造を少し歩いて覚えたい、とそれっぽい理屈で言いくるめ、なかば強引に一人で庭園へと脱出した。
昼間の庭園は、昨夜のギラギラした篝火の雰囲気とは一転して、穏やかな光に満ちている。
ゆらゆら泳ぐ鯉。
風に揺れる花。
肌を撫でる風が、薄着の生地を通して心地よく身体の熱を冷ましてくれた。
「あー……やっぱりここ、落ち着く……」
ぽそりと呟いてみる。
静かになればなるほど、頭の中はあの喰えない国王の顔でいっぱいになっていった。
お飾りの正妃。実家を救うための、ただのビジネス。
それだけのはずなのに、昨夜の俺は、あんなに必死に宵の体温を求めてしまった。
あんな風に激しく抱かれて、流されて、挙句の果てには自分からキスまでして。
……好きじゃない。
別に、好きとかそういうんじゃない。
心の中でいくら言い訳を並べても、胸の奥のモヤモヤは少しも消えてくれない。
そもそも、宵は男の俺のところへわざわざ来ているけれど、あいつには他にも十九人、いや、新入りを合わせて二十人もの美しい妃たちがいるのだ。
あいつは、他の女たちのところでも、あんな風に余裕のない顔をして腰を振っているんだろうか。
あんなに甘い声で名前を呼んで、貪るみたいにキスをして、身体を重ねているんだろうか。
男の俺には、あいつの子どもを産むことは絶対にできない。
宵はそれで俺を正妃にしてる。
もし、他の妃に子どもができたら、俺の立場はどうなる?
あいつは、その子どもを抱いて、その母親である妃を優しく抱きしめるのだろうか。
そう想像した瞬間、胸の奥が突然きゅう、と痛んだ。
……待て。なんだよ、この不愉快な気持ち。
あれ、これ、俺、もしかして──。
認めたくない最悪な答えに、ようやく辿り着きそうになった、その時だった。
「正妃様」
その声に慌てて振り返ると小柄で胸を広く開けたあどけない顔の女性が立っている。
綺麗な黒髪は艶々で長くて、真っ赤な簪が良く似合っていた。
「えーと……」
「昨日はきちんとご挨拶をさせて頂く時間もございませんでしたものね。私、宵様の妃の“琳”と申します」
「あ、えと、はい……」
「そんなに緊張なさらないで。女の園は大変でございましょう? よろしければ、あちらの木陰で少しお話しませんか?」
琳は小首を傾げ、物腰柔らかい笑みを浮かべた。
昨日、あんなにぎらついた視線を向けてきた妃たちの中に、こんなに穏やかで可愛らしい子いたっけな。
昨夜は妃たちの顔なんてろくに見ていなかったし、お酒のせいで記憶も曖昧だ。
この宮に来て以来、俺はまともに会話をした相手といえば、業務連絡しかしない使用人と、宵の二人だけだった。
常に緊張の糸を張っていたせいで、彼女のどこかほっとさせるようなあどけない雰囲気に、俺はつい毒気を抜かれてしまった。
「あ、いや……、はい……じゃあ、少しだけ」
断るタイミングを逃したまま、促されるように近くの茂みに囲まれた木陰へと並んで歩く。
琳は、鈴を転がすような声でコロコロと笑いながら、二十人いる妃たちの間がどれだけドロドロしているか、序列争いがどれほど過酷で大変なものかを、どこか他人事のように楽しげに話してくれた。
その屈託のない様子に、なんだか少し彼女に情をかけてしまっている自分に気づく。
あぁ、この子もきっと、このおぞましい伏魔殿に無理やり連れてこられて、必死に生き抜こうとしているだけなんだな、と。
いい子だな、この子。
素直で、小さくて、愛らしくて。
それと同時に、胸の奥がまた少しチクチクと痛み出す。
宵も、やっぱりこういう小さくて可愛い子が好きなんだろうか。
男の俺なんかより、こういう素直な女の子を相手にしている時の方が、あいつも国王としての重圧を忘れられるんじゃないだろうか、なんて。
そんな、認めたくない寂しさを誤魔化すように、俺が小さく苦笑いを浮かべた。
「なんか、大変、なんだね……」
「──そう。そんな風に、呑気に私に情をかけてくださるなんてね」
一瞬前まで可愛らしく響いていた琳の声から、すべての温度が消え失せる。
——え?
直感的に、背筋に冷たいものが走る。
琳のあどけない顔が、肉食獣が獲物を追い詰めたときのような昏い悦びの笑顔へと一変していた。
彼女の胸元から、むせるような濃密な化粧の匂いが一気に立ち上った気がした。
「可哀想な正妃様。男の身で、国王様と同じ白を纏って隣に並ぶなんて、どれほど生きた心地がしなかったことか……でも、ご安心くださいませ。そのお役目も、今日で終わりです」
「……はぇ?」
ドン、と小柄な体躯からは想像もつかない、強い力で胸元を突き飛ばされる。
背の高い茂みの奥へと俺の身体がもつれ込んだ。
生い茂る葉が肌を擦り、地面の土の匂いが鼻腔を突く。
体勢を崩した俺の上に、自ら飛び込んできた。
「な、んの真似──」
「ふふ、なんの真似、ですって?」
引き剥がそうとするよりも早く、琳の細い腕が俺の首に絡みつく。
次の瞬間、彼女の艶やかな唇が、俺の口元へと強引に押し付けられた。
真っ赤な口紅の、べっとりとした不快な油っぽい感触が唇に張り付く。
「ふっ…?!……っ」
え、何?なに?俺これ何されてんの?
え?
琳は俺の唇や首筋に自分のつけていた赤をこれでもかと擦り付け、マーキングするようにめちゃくちゃに汚していく。
「ま、って、なに……離れ……っ」
その小さな身体を強引に引き剥がし、俺が自分の口元を手の甲で拭ったときには、もうすべてが手遅れだった。
琳は地面に激しく転がり込むと、自ら着物の襟元を引き裂いて白い肌を剥き出しにして自分の長い黒髪をめちゃくちゃに掻き乱した。
そして、涙を流しながら、張り裂けんばかりの悲鳴を庭園中に響かせる。
「キャァァァァァァァッ!! 誰か、誰か来てっ!! 正妃様が、正妃様が私を──っ!!」
——あ、くそ、これ、嵌められた。
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