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自覚②
抗議しようとして開いた唇の隙間から、輝の舌が潜り込んできた。舌先が絡みとられそうになり、引っ込めると、もっと深く唇を押し当てられて逃げられなくなる。結局舌同士が絡み合い、水音が鼓膜を満たす。
蓮斗も、アリステラも誰かとこういった接触をしたことがなかった。経験がないせいか、息の吸い方すらわからない状況だ。
「んっ、ふぅ」
「鼻で息をしてごらん」
言われた通りにしようとするけれど、そんな余裕もなく、トントンと輝の胸を叩く。そうすると応えるように唇を離してくれる。酸素が脳を巡り、クラクラしていた頭が鮮明になった。今度こそ文句を言ってやろうと蓮斗が輝を睨む。
「こ、このっ、嘘つ、んっ」
「蓮斗ともっとキスしたい」
またキスで言葉を遮られる。口内の隅々を舐められ、舌先で上顎を刺激されると、自分のものとは思えない甘い声が漏れる。至近距離で感じる輝の柔らかな香りや息遣いに翻弄されて、少しずつ多幸感が心を包み込んでくれた。
「可愛い舌を見せてごらん」
「~~変態っ」
悪態つきながらも舌を微かに出してみせる。愛おしそうに目元を細め、輝が舌先に吸いついてきた。初めての刺激に背筋がゾクゾクする。そのまままた、求め合うように口内を弄り合う。唾液が顎先へと垂れて、それを輝が拭うように舌で舐め取ってくれる。
ようやく唇が離れると、お互いの間を銀糸が繋ぐ。羞恥心で顔が燃えるように熱い蓮斗は、激しく動く心音を押さえるように荒く深呼吸をする。
「ばかっ!アホっ!突然こんなことして、どうなるかわかってんの!?」
とりあえず思いつく悪口を口に出す。そうしていないと頭がパンクしてしまいそうだった。輝の胸を叩いて、離れるように促すも一向に動いてくれない。それに焦れてもう一度文句を言おうとした蓮斗は、輝の表情を見て動きを止めた。
愛おしさの中に、少しの切なさを含んだような……。その顔から目が離せない。
「……どうしたわけ」
「君を見ていると、傍にずっと寄り添って支えてあげたいって思ってしまうんだ。どうしてこんなにも気持ちが湧き上がってくるのだろうね」
目の前にいるのは輝のはずなのに、蓮斗はシリルが立っているような心地になった。まさかそんなはずはない。でもそう感じてしまうのは、やはり輝の前世がシリルだからなのかもしれない。
「……変なの。僕は輝が思っているよりも丈夫にできているのにさ」
どんな返事をしていいのかわからず、いつものように突き放すような言い方をしてしまう。輝は蓮斗の返しを受けて、微かに口元に笑みを浮かべた。その表情を見て安堵する。
シリルはアリステラに対して後悔の念を募らせているのかもしれない。幼い頃は共に遊び、共に学び、いつだって一緒だった。デビュタントを終え、成人を迎えてからは突き放されることの方が多かったけれど、シリルとアリステラの間には切っても切れない縁がある。そう信じていた。
だから、シリルの思いが輝の中に残っているのかもしれない。蓮斗へ優しくしたいと感じることも、拒否してもかまおうとしてくるのも、すべてそれが原因だとしたら納得できる。
「輝は僕のことが好きなの?」
「それは……」
「やっぱり言わなくてもいいや。僕もあんたの傍に居たいって気持ちは同じだから。それだけで今は充分」
答えようとした輝の口元を両手で覆いながら伝える。今だけは素直に気持ちを伝えなければならない。そう感じた蓮斗は、手を離すと目一杯の笑みを浮かべてみせる。輝の気持ちが、シリルの感情に引っ張られたものであったとしてもかまわない。どんな形であれ、それを受け入れたいし、蓮斗の気持ちが変わることもないからだ。
「それに、僕って最高に魅力的でしょう。だから、輝の気持ちなんて聞かなくてもわかっちゃうんだよね」
「っ、あはは、そうだね。君は本当に最高に素敵な人だよ」
輝が蓮斗の頬を両手で包み込み、再びキスをしてくれる。触れるだけの簡単なもの。でも、その些細な触れ合いをできることが、蓮斗にとっては物凄く嬉しかった。
二人だけしかいない秘密の空間で存在を確かめ合う。アリステラのときには経験できなかった幸せな時間だ。この時間をずっと大切にしたい。誰にも邪魔させたりなどしない。
少しずつ蓮斗の気持ちは変化してきている。目標を掲げる平穏な暮らしの中に、大切な人の存在が刻み込まれていっているからだ。
(ずっと、こうしていたい……)
輝の腕の中に包まれながら思う。与えられるものすべてを宝箱にしまい込み、大切にしていきたい。そんな心持ちだ。それがどれだけ難しいことなのかを、蓮斗は自覚している。
志乃からの攻撃はこれからも続いていくだろう。もしかしたら本当に危険な目に合う日も来るかもしれない。それでもかまわない。なんたって蓮斗には前世の存在であるアリステラがついている。新たな香波蓮斗へと生まれ変わった今ならきっと、なにが起きても乗り越えていけるだろう。
「お腹が減ってきたからそろそろ帰りたいんだけど」
「それなら一緒にカフェに行こうか。奢るよ」
「本当!約束だからね」
「もちろんだよ」
ご機嫌な蓮斗は輝の手を自ら繋いで、階段下から離れる。休日の校舎には人も居らず、まるで世界に二人きりのような気さえする。
カフェのメニューを思い浮かべながら、食べたい物を妄想してみた。もちろん手は繋いだまま。二人は笑みを浮かべ合いながら廊下を進んでいく。
(きっと大丈夫)
根拠のない大丈夫を心の中で繰り返す。進む先には平穏が待っていると信じていたいから。その大丈夫は、アリステラのときから変わらない蓮斗の口癖だった。
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